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Gio  作者: 卯月木目丸
第一章 ギオゼッタ
7/12

6 冷やした紅茶はいかが

「ギオさんは、何したいんだろうねぇ」

「アイネさんも、わからないのですか?」

 時はお日様がきらきらと輝く昼下がり、ギオゼッタがアトリエの床に穴を開け金属の明かりを放り込んでいた時である。

 アイネは彼女の勤める喫茶のカウンターでゆったりとお喋りを楽しんでいた。ここの温かい紅茶は特に美味しい、付き添うビスケットも程よい。彼女は久しぶりに心が休まる様な思いを感じていた。

「私だっていっつも置いてけぼりだもの!」

 新しい紅茶をポットに入れてリリンはアイネの隣に座り愚痴を聞く。

「言ってる事はわからないし、やってる事もわからないし!」

「でも、錬金術師ってそんなものでは? アイネさんは、ギオゼッタ様と何故一緒にいるのですか?」

 がしゅがしゅとアイネはビスケットを口に放り込む。他の客もいるのだが、誰も自分の安らかな世界に入り込み彼女から飛び出る愚痴なんて気にしてはいないようだ。新しいのを持ってきましょうかと他の給仕がリリンの目を見て尋ねるが、彼女は首を振った。

「…だって、ギオさんに着いて行けば…教えてもらえると思ったんだもん」

 彼女の目にはほんのちょっぴりだが水たまりができていた。すぐそこに辛い事が潜んでいるのだろうと察したリリンはとりあえず話題を切り替え、彼女をなだめ様と背中を摩った。そうアイネはいくら旅人と言えどまだ若く小さいのだ。

 だが、彼女はその眼で話を続けた。

「……いなくなった人はもう何があっても帰ってこないなんて……嫌だもん」

 彼女はあの時の質問を思い出していた。

 雲が千切れその果てに成った物は雲と呼べるのか、それがどんな意味を持っているのかを歩く中彼女は必死に考えていた。そしてそれが人間の魂の事ではないか…なんて考えももう何度も浮いては弾け浮いては弾けていた思案の一つであった。

「それは…悪い事、聞いてしまったのでしょうか」

「ううん…良いの、逃げたいわけじゃないから」

 むしろ、向き合えばその答えは彼がきっと教えてくれる、そんな気がする。

「あっそうです…ギオゼッタ様は訳あってとおっしゃっていましたが、どんな訳なのでしょうね」

「…そう言えば、ギオさん私にもギオゼッタまでしか教えてくれてない…」

「アイネさんにもなのですか。でも、ギオゼッタって…」

 からんとベルが鳴る、新しい客が来たのだろうか。新鮮な空気が入り込んで、ちょっと寒いような気もしたが、温かな紅茶がそれを歓迎している。

「どったの、リリンちゃん」

「いえ…ギオゼッタって…名字な気がしません?」

「え」








「まさか、昼になっても帰ってこないとはな」

 ギオゼッタは適当にあった食材を使って料理をしていた。どうせ誰も見ていないからと錬金術を使って料理をしていたのだが、そんなことは大したことではない。

 茹でた野菜と肉類…合うのは水か珈琲か紅茶か。彼は思案を次々に出しては議論を繰り広げていた。温かな紅茶の持つ苦味は野菜とマッチングするだろうか…それなら珈琲が元から持つ成分だって野菜の邪魔をするではないか…なら水はどうだ、茹でた野菜の熱量を邪魔するだろうが。果てない議論の果てにあったのは飲み物なんてほっておけという投げやりな結論であった。

「ったく、僕の料理が禍々しいだと? 学府ではそれなりに人気だったんだぞ」

 芋を磨り潰し丸めあげ形を作る。そしてそれが崩れないように油で揚げ固めてしまう。適当だがデンプン質を取るのに芋というのはこれほど効率良きものなのか。

 盛り付けられた料理を広いテーブルで彼はグチグチ言いながら食べる。飲み物が欲しくなったので結局それぞれを一杯ずつ用意して次々に呑んで見る事にしたのだが、いかんせん三杯は多くどれかが最後に残ってしまうことぐらいは目に見えていた。

「ほぅら、芋のすり身をただ揚げただけでも十分美味いじゃないか…それとも僕が何でも食べるからか」

 とにかく彼はよく喋りよく食べた。食べるそばから口を開く事によりエネルギーを消費しているのではないかと思えるぐらいであった。そして彼はどの野菜もどの肉も変わらずに平らげていった、ギオゼッタはリリンの残された人生を想定してみせたが、それにしたって有り物全てを無くすつもりなのかと言った具合に平らげていった。

 残されたのは、紅茶であった。それも長々と喋りながら食べていたせいか、冷めている。が、そんなことどうでもいい、冷えた紅茶は美味いのだ、彼は一息に飲み干して食後の茶を終えた。

 気づけば陽もほんのりと沈みかけんとしているような時刻であった。まだ暗くはならないだろうが、まさかこんな時間まで帰って来やしないとは彼も正直思ってもみていない。一人でも良く喋るせいかそうとは思えないが。

 暇を持て余した彼は屋敷にあるありとあらゆる本を読み潰した。それでもそれほどに時間はかかりはしなかった。陽はまだ大して変わらぬ場所でようようとやっている。その彼の隣には冷やした紅茶のポットが用意されており、彼の黙々とした読書をさらに加速させているのであった。

「…良くもまぁガス管を町中に通せたものだな…」

 そしてついには何の関係もない愚痴を吐き始めるのだった。これでも左程時間は経っていない、しかし彼はせっかちなのかもはや眠たそうな顔をしているではないか。

 そこに勢いよく表の扉が開かれた音が響いた。これにはよもや眠ろうとしていたギオゼッタの眼も開き、彼をそこへと歩かせた。

 リリンであった。息を切らしながら肩を揺らし、焦った眼でギオゼッタを見つけるとすぐさまに駆け寄って来る。

「アイネさんが、アイネさんが」

「落ち着け」

「…連れてかれました!」

 彼が内心一瞬でも「知るか」と思ったのは内緒だ。

 事は彼が愚痴を言いながらコーヒーをカップになみなみと注いでいたぐらいの時間へ遡る。








「名字かぁ、言われるとそうかもだけど…どっちもじゃない?」

「そうでしょうか…それじゃ、私は仕事がありますので戻りますね」

 リリンはそう言うと空っぽになったティーポットをトレイに乗せて奥へ戻っていく。アイネはする事もなくなったので、お店の外まで見通せる一番良い席へひょいと移りそこから見知らぬ街のうつろいを眺めていた。

 ここでは時間を知る手段がないが、きっとまだそんなに経ってないだろう。そう思い込みながら用意されていたビスケットをひょいと口へ放り込む。焼きたてではないが冷めてはいない、紅茶は今カップに残されちょっぴり冷えてしまっているがほんのりといった具合に温もりは残っているらしかった。

 随分飲んだんだなぁ、彼女が持って行ったポットの事を思い出してアイネは少し身を震わす。そういえばここらへんは元居たあの街よりもちょっと寒い気はする。

 …まぁそんな事はまったくと言っていいほどなかったが、彼女はそう思い込んだ。

 腹のあたりがきゅぅとして、また小さく身が震えた。

 そんな弱りこけた彼女にふぃっと後悔がちょっくら顔を見せる。

 おやおや随分遠くへ来たんだね。誰かに言われた気がした、おそらく自分だ。まっすぐの道だけじゃなかった、記憶には残らなかったけど小さい丘やちょっとした山ぐらいは越えてきた。ギオさんも隣にいた。

 でも、誘われただけでアイネはギオゼッタの事を何も知らない。

 初めの頃はちょっぴり誘拐を疑った。でも、黙々と道を歩き続けるその背中に対して、なんでかそんな考えは無くなって…今はそんな事を言ってくるような人がいるなら、否定してやりたいぐらいに思える。

 気づけば、彼女はトイレを借りていた。裏口が近い、そしてそれがキィと音を立てて開く。

「…あっ、やっべ」

 何処かで聞いたことのある声だった。覚えちゃいないけど、最近この街で聞いた事のある声だ。

「見られたからには仕方ないな、ほらっ」

 そこから彼女の意識はぷっつり途切れた。意識も、思考も、何を考えていたかも…残ってはいなかった。

 で、今そこにはギオゼッタが立っている。

 裏口を乱暴に開けた彼は二三鼻を鳴らす。

「ふん、薬品を使ったような匂いだな。意識を奪ったのだろうから、目撃されたくないはずだ。裏道と木箱…または麻袋…さて、どうかな」

 なんてまた奇妙な事を抜かしてホムンクルスであるリリンまで置いてけぼりにして、裏口から外へ戻る。ぎょろりと見られたくない目であたりを一望するとすぐに近くの路地へ身を運んだ。

 服を擦り靴をぶつけ、後を追うリリンは服を汚さぬようにぴょんぴょんと可愛らしく跳ねながら追放されないようにと必死に追いかける。リリンもこの人がよくわからないという事をそろそろ理解したであろう。



「クラウ、これで全員か?」

「エイヴァン、良いのかよ。こんな実験にこーんな呼んじまって」

「良いんだ。証人は多い方がいい」

 かちり、時計が丁度良い時刻を告げる。

 机の上に置かれているのは綺麗な石コロ、いつか誰かの鞄に入っていたモノとよく似ていたら何倍もこちらの方が綺麗である。

「クラウ、閉めろ。僕は始める」

 クラウと呼ばれた青年は大きな扉をもう出れぬようにと言わんばかりにがっちりと閉め、部屋に入っていた十数名を逃げれなくする。

 どろりとした薬品、金、数々の器具…それらが石と共に並べられたった一人の青年が理解を超えたような真似かのようにそれらを混ぜ熱し分解し光らせた。見守りレポートをがりがりと書き進めていく数多の青年の中、クラウと呼ばれた青年だけはゴーグルを下ろし、神に祈るかのように何かを呟いて目を閉じた。

「…この極限実験の先に何があるか、君らはわかるか」

 青年は手を止めずに尋ねた。

「真理…なんだろ、エイヴァン」

 誰かが答えた。

 頷く事もせずに青年はにかりと口元に歪な笑顔を浮かべる。

 ぽちゃりと何かが泡立ったような音を響かせた。瞬間、ピタリとレポートを進める筆の音は止まり、ある青年は冷や汗すら落とそうとしていた。

「それだけじゃない」

 全ての工程を終え、全ての終わりとなったそれが見た事もない光で閉ざされた部屋を埋め、聞いた事もない音を彼らの意識へ直に響く。

 そんな中、青年はその歪な笑みを崩すことなく、その未知と化した存在を掴み掲げる。

「僕は…自然に…神に、等しくなる」

「エイヴァン!」

 クラウと呼ばれた青年が吠えた。

 その瞬間、光と音で全てが覆われ世界が終わったかに等しい感覚を覚えた意識は彼らの意識を完璧に奪った。意識と未知の混濁、叫び声のようになったその音は頭の内側から頭蓋骨に反響し、極限と化した閃光は視覚を護ろうとする全てを貫いて見えていたはずの輪郭を全て破壊していく。そして全てが感じられなくなった瞬間、青年らの意識は消えた。

 たった一人を除いて。






「ここらだ」

 ギオゼッタは路地を抜け倉庫のような場所が密集している場所へたどり着いた。開いている場所からは積まれた木箱や麻袋が見えており、彼は舗装されていない土がむき出しの地面をしげしげと見る。

 アイネは見た目通り小さくて軽い、だが木箱や麻袋に入れたなら担いでわざわざ体感重くして運んだのだろう。足跡の新旧なぞわからないが、ここまでそんな事をして逃げてきたような奴が入った場所の扉をぶっきらぼうに開けているだろうか。閉まっている扉に向けて歩き出した彼は一つ一つ中を見ていく。

 リリンはその間ずっと全ての倉庫が見える場所で見張りを頼まれた。

「……いない……いない……いない……」

 一つごとにノックしては心の臓まで止まったかのように停止し呼吸一つ聞き逃さないようにしているらしい、どうもそこのところまで人間じみた度胸ではないらしい。やはり仕草をとっても犬か狼、そんなイメージを与える彼の背中が今ぴたりと一つのレンガ倉庫前で止まり、完全に息を止め自らを自然と同じくしているようだった。その姿は犬や狼とは程遠く、むしろ蜘蛛を思わせるただただ狩る事しか脳にないような目を虚空に向け、耳を木の戸にひっそりとつけていた。

「…いるな、行くぞ」

 手招きされ出来もしない忍び足でそそくさとリリンが近づくと、ギオゼッタはゆったりとドアを開け、気付かぬうちに壁に張り付いている虫かのように確実に侵入を果たしていく。

 そしてリリンが死に物狂いで静寂を縫い中に何かが詰められた木箱に寄り添った時には、完全に彼女の目の内から彼の姿は消え、代わりに麻袋から顔を出して眠っているアイネとそれを見てどうも呑気に話し合っている二人の男が見えた。間違いなくアイツらだ、リリンはそう判断すると居ても立ってもいられず木箱の影から飛び出していたのだ。

「えーと、大人しくしてください!」

 一度は言ってみたい台詞だ。だが、何に対して大人しくすればいいのか相手に伝わってない時にこの台詞を吐いてみるのは避けてみるべきだろう。

 男たちはしばらく困惑してから、リリンに口を向けた。

「……あれだよな、これは…見られちまったからにはしょうがないって奴だよな」

「まぁ、そうなるよな」

 うむ、そうなる。リリンや男たちの視線からは完全に逸れていたが、彼は頷いた。そしてもう面倒くさいので物陰から音も立てずしたりと御両名の間に柔らかな砂埃を立てて降り立つとぶっつりと話題の糸を切るように問いかけた。

「苦い紅茶は、好きか?」

 今度は眼鏡をかけた細いと言えば細い男の登場だ、登場の仕方は中々に不気味であったがいやはや何がおこっているのだろうか。男たちはまたまた困惑しながら、返事を考える。

「…俺は甘い紅茶の方が好きだな」

「あっつくて苦い紅茶とか、飲む奴の舌がおかしいんだ」

 ついでにされてしまった置き去りの女給仕はあの人は何を言っているんだろうと思いながら彼の背中を見守る。そして彼はぢゃりっと靴の裏に着いた細かな砂を鳴らし脚を捻る。

「是非とも冷やしたダージリンを飲むと良い、違う生き方が見つかると良いな」

 彼は靴の裏であの日と同じように擦ったのだ。

 爆発的に分解された床が彼を瞬間押し出すほどの量を有する空気となり、彼は放たれた矢先のようにもう一本の細くも立派な旅をしてきた脚を男らの片割れに突き刺した…いや、飛び放った。刺さりはしなかったもののめりこみ男は口から透明な液と嗚咽を吐き背へふわりと浮きながら倒れる。

 勿論、分解された床は大きな穴を開け誰かが見たらきっとたちどころに噂となることであろう。そんな事を気にする旅の錬金術師など、ここには一人もいないのだが。

「さぁ、君も冷やした紅茶はいかがかな」

 それは見紛うことなく脅迫だった。その笑顔と親切さをほんのちょっぴりも持たない優しそうな言葉に残された運のいい男は投降し、無事に小さな彼女は彼の手中に戻る事となった。すぐさま体に人の矢を撃ち込まれた男は片割れによって運ばれ、きっと大事にはならなかったであろう。

 時も流れベッドに寝かされていたアイネも夕餉までには目覚め、朦朧とした記憶の点と点をリリンへの質問で埋めようとしたのだが、先だってギオゼッタからリリンへ禁句令が出されていたためにそれが線となることはなかった。

 改めて彼女は認識する。錬金術師とは変人なのだと、しかも頭でっかちではなく…彼が特異なだけであるのかもしれないが、その気になれば人であろうと躊躇いなく手に掛けるのではないかと。






 その夜、彼女は尋ねた。

 あと自分はどれほど生きていられるのかを。

 彼は答えた。生きていたいのかと。

 本当は知っていた、生きている事の方が間違いだという事を。

 彼は答えた。その先にある真理と、託された生命であるという事だけ。

 誰も許しはしない、彼と彼女は約束した。

 それを拒むことは、もう無い。

 冬です、でも暖房や閉め切った部屋でトレーニングをすると体が外気や室温に反して無駄に温まってしまう時があります。やはりそういう時にはアイスティーで落ち着かせてもらおうのが、個人的には一番です。まぁ寒いときにはあったかい紅茶で白い息を吐くのですがね、結局春夏秋冬問わず、どっちも飲んでます。

 さぁ、リリン編も終わりが見えてきました。それでは、またお会いしましょう。卯月木目丸でした、また次章。

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