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Gio  作者: 卯月木目丸
第一章 ギオゼッタ
5/12

4 日陰を歩けよ、進めや少女

 空が赤い。少しばかり時間の調整を間違ってしまっただろうか、宿が空いていなければまぁあの日のように何処か路地裏に…とはもういかないのだろう。残念な事に隣にいる少女を土肌の上に寝かせる訳にはいかない。大急ぎで彼は宿へ入り込み空き部屋を探した。

 もう陽が暮れようとしている。たどり着いた街はあの街よりも格段に静かで落ち着いている、まだ見て回ったわけではなかったが随分と広いような気もする。何日歩いたかは数えていなかったが、脚は特別疲れてはいない。アイネはようやくとれた部屋に入り込むとベッドに向かって体を飛ばしていた。

 どうやらこの街は旅の風来人ではなく普通の発展を得て成長した街なのだろう、ギオゼッタは荷物を置き体を楽にしながら一つしかない窓から見える屋根の群れを見てそう考える。

「アイネ、食事にはまだ時間がある。休むか見て回るか…」

「私は疲れちゃった!」

「じゃあ僕は行ってくる」

「えぇ…」

 こうやってアイネを部屋に置き去りギオゼッタは適当に街をぶらつく。

 しかしこの街で、不思議の尻尾を掴んでしまったのは彼ではなく、部屋で気持ちよくころころとしていた彼女なのだ。

 そのまんまに柔らかな毛布の上でころころとしている、たまに触れてしまう冷たく白い壁もひんやりといった具合で気持ちが良かった。

 久しぶりの寝具…枕すら久方ぶり…目を閉じて寝ているだけでいつの間にか意識が飛んでしまいそうになる。このまま眠りに落ちてしまったら彼は起こしてくれるだろうか、そんな不安と眠気だけの部屋に何処からか声が飛び込んだ。

「だから…本当にこの街で合ってるのか? 間違いだって…」

「いいやいいや、聞いた話では確かにココさ」

 男性が二人で何かを話しているようだ。その声は壁の向こうか、それとも開けっ放しにされていた窓が吸い込んだのか…わかりはしないがそれは静寂に溶け込みそうであった彼女の耳へ確実に届いていた。

「しっかし、錬金術なんてよくもわからねぇモノで小金稼ぎなんてよく思いつくよなぁ」

「こらっ! わからねぇから、わかる奴にちょいちょいと売れるのさ」

「んー、そういうもんかい?」

 最近よく聞くようになった単語が聞こえる。もはや静寂と一緒くたになろうとしていた彼女の意識がちくりと刺激され、すってんてんの頭が会話の内容を必死に覚えようとし始める。

 毛布のふかふかが邪魔なのはわかっていたが、離すつもりもない。ふわふわと男たちの会話に耳を澄ませると内容は少しずつ本題へと移っていった。

「ホムンクルスってんだろ? ホントウにいるのかいね」

「あたりまえだ、あの本読むのに何日かけたと思ってる!」

「本って…あの教促本だろぅ? あっ悪かった悪かったって」

 一人の男がそう言い始めると何かがぶつかったのか壁がおんと小さく揺れた。大方動いた男のどちらかのどこかが壁にでもぶつかったのだろうが、それはアイネに伝わってはこない。

 何故なら彼女はそこでぽっくり眠りに呑まれてしまったからだ。





「ほら、食事らしい」

 眉間に鋭い痛みを感じて彼女は起きた。

 彼は直接的な方法を取る(くせ)というか(へき)があるようだ。どうも納得のいかない寝起きの頭で立ち上がると手も差し伸べてくれない恩人の背中を追いかけて部屋を出た。どうやら彼の方で特にめぼしい事は無かったようだ。食事中もその話をしてくれたが、綺麗な公園があったことや喉が渇いたから店で手伝いらしい女給に紅茶をいただいた事そしてこの街が物流の中継点という位置に存在しそれに特化してきたことで成長してきた街らしいこと…と話すと彼からの会話はぷっつり途切れてすぐに名前も分からぬ魚介類にフォークを入れ始めた。

 料理は温かであったがこのままでは全てが冷め切ってしまうのは誰から見ても明白である。そこで彼女は自分の記憶からしたらつい先ほど聞いていた……盗み聞いていた事を口に出してみた。

 錬金術やホムンクルスという言葉に彼は興味を出したようで、アイネは少し調子に乗ってしまったのだろうか、それを掘り下げてみようと考えた…そしてそれは面白い方へ転がるのだ。

「えーと、えーとね」

 彼女が自分のネタを出し尽くして言葉に詰まった瞬間に向かいで一品たいらげたギオゼッタが目を怪しく光らせて口を開く。

「…まずホムンクルスというのは、軽い人体錬成みたいなものだぞ。たどり着き方はまちまちだがどれも行きつくのは人ならぬ小さな小間使い程度だ。それもそうだ、人体錬成なんて夢見事にそんなことで到達できるようなら今やそこらじゅうでおこなわれているだろうさ。で、そんな小さな者を見つけ錬金術師に売り払うだって? 僕は僕以外を知らないが、誰でも作れそうなものだけどな」

 今度は彼女が皿をつつく番となったようだ。

「人体錬成と根本から違うのは…新しいモノを生み出すかどうかだろうな、人体錬成を試みるものは大体『誰か』を創ろうとする。でもホムンクルスはホムンクルスを創ろうとする、明確な違いだな。虚弱な道を歩んだホムンクルスはフラスコを出ると息を止めると言うし、まず人体錬成ならフラスコは使わない」

 彼は気付いていた。今自分が饒舌に喋っている内容に、明らかに昔の事をしゃべっているような気分が混じっていることに。違和感の塊である自分の話を断ち切るために彼はこうオチをつけた。

「…君が人体錬成のヒントとでも思っているなら、それは不正解だ」

 新たな料理へフォークを入れ、話は終わった。アイネはもうなんだか泣きたい気分であった、でもここで泣いたら目の前の変人候補は呆れるかそのまま飯をつつくだろうと思うともっと寂しくなった。

 可哀想だ、誰か慰めれぬものだろうか…彼女はこのままフラスコにでもなんでも引きこもっていたいと感じるほどに冷たい色に染まりかけている。

「ぅぅ…さもしいよぉ…」

 この街にいるホムンクルスを話題にした事をその当の本人に謝罪したい気分であったが、そんな事をいったらまた変な熱を注いでしまうとぐっとこらえた。が、まだあちらの薪は鎮まってはいないようだった。

「……この街に居るって言ったんだな?」

「…そうだよぉ…謝らないとぉ」

 寂しい喋り方をする彼女を彼は真顔で見つめた。

 そして鼻をすんすんと鳴らすと、その真顔がしかめっ面に変わり、そして嫌そうな顔をする。どうも気になるがハートブレイクに帰していたアイネは恐る恐るその顔を確かめてまた食事に戻ろうとする。

「…ホムンクルスは、匂いがするんだ。僕にはわかるらしい、造られた匂いって言うのか…あぁクソ!」

 目を丸くしながらまぁるいミートボールを口へ運びながらアイネは再燃しようとしているらしい目の前のギオゼッタを見る。他の客もまぁ騒がしいので特に目立ちはしなかったが彼女にはとんでもない印象を与えてしまった事だろう、彼は気にしていないが。

「何処でだ…そうだな…あの女給だな!?」

 そうしてどうやらこの恵まれた才能の塊は、何処の誰かも知らないホムンクルスをその街にやってきた夜に見つけ出すまでに至ったようだ。

 それもそうだろう、彼は実に早熟した錬金術師であり、禁忌に土足で踏み入る事を容易に許された存在なのであるから。






 夜が明けるよりも早く、彼は目覚めた。彼女を置きざる事は出来なかったがまだ薄暗い時間に彼は街に繰り出す。

 そしておそらく彼が昨日一杯貰った喫茶店の前にやって来る。勿論、こんな時刻に女給が都合よくいたりはしない、鍵も開いていないのだが彼はそこで鼻をクンクンと動かした。アイネはそれをまるで犬のようだと思ったが、これに関しては彼は犬よりも自信を持っているらしく、すぐさまに目を見開き動き出した。

 つまりアイネはどうにかついて言ってはいるものの実質置いてけぼりにされているのである。

 それどころか今の彼は他人の領域にまで土足で入りかねない勢いだ。これを止めるのも自分の役割…だとは思いたくもない彼女はなんとかぎりぎりの距離感を持って彼を追従しているわけだ。

 ギオゼッタは喫茶店を離れ商店街でまた二三鼻を動かし走り出す、そのままであればまさに犬なのであるが、その勢いに満ちた両の眼は狼と言った方が良いぐらいにはギラギラとしていた。

 そして彼は町はずれの屋敷にたどり着いてしまった。

 明かりは無く、どうやら寝静まっているようだ。そして彼は何の躊躇も無しに立派なドアを鳴らす。傍で慌てるアイネには目もくれず、町のはずれだから他の誰の迷惑にはならんと言いたげな顔をして鳴らし続ける彼の行動は数分後に報われることとなる。

 つまり寝ている家主を叩き起こしたのだ。

 小さなランプを持って彼を見据える少女、その少女こそがギオゼッタの言ってた女給であり…ホムンクルスなのだろう。そうアイネは思った。

「主人はいないのか」

「…失礼とは、思わないのですか」

「その様子だと、いないな。先立たれてからどれほど経っている……まぁ良い、どうせ寝てはいなかっただろ」

 失礼すぎて心臓が止まりそうな思いをアイネはしているだろう。錬金術師は端から端までこんなとんでもない行動を即座にしでかすような奴ではないと思いたかったが、彼女のその自信は今にも崩壊してしまいそうだった。

 女給の眼はまだ鋭かったが、ギオゼッタの眼は鋭いというより厳しいものだった。

「……何のことでしょう…」

「睡眠なんて必要ないんだろう? それで…十年は無いな…むしろ、残りはどれぐらいだ」

「……錬金術師の方でしょう? その…言いたい事はわかります…ですが」

「僕が知りたいのはお前の主の死因だ」

「ぇ?」

 口を出す気もなかったアイネが妙な声を出した。正直にこの人は何を考えているんだろうという感情が露呈した声であった。

 その後に「失礼するぞ」と心にもないであろうことを吐いてギオゼッタは侵入する。女給はそれを止める事はせず、むしろ案内するかのように彼の先を歩いていた。

 暗く広い廊下であった、しかし二人は息も切らすことなく淡々と早歩きのように進み続け、アイネは着いて行きながら聞きたい事もあったので、息は切れ切れであった。

 この時点まででは彼はとんでもない人間であり、物語は考えうる最高の速度で進んでいる事であろう。それはアイネにとっても同じ、しかしギオゼッタにとっては当然の順番で進んでいるようでありむしろこれ以上遅かったのであればギオゼッタは全てを置きざって終わらせようとしたかもしれない。

 いつ彼が主である錬金術師の死を確信したのか、その問いもきっと彼にしかわからないような答えが返ってくるのだろう。

「アイツと会話するまで…いや、ドアが開くまでは確信してなかったさ。でもな、錬金術師がドアを叩けば、錬金術師が出てくる…ホムンクルスを街で働かせてるような奴なら尚更だ」

 ほら、どうであろう。彼はネジが外れているどころか、おかしな装置が一つや二つ…いいや、数えきれないほど接続されているに違いない。アイネはそう確信してみせた。

「で、でもなんで…なんでギオさんはこの事に対してそんなにムキなの…?」

 彼は一切速度を変えずに答える。

「さぁな、でもおそらくこれは僕自身何か思うところがあるんだろう。そういうのが強く反応してるんだ」

 記憶を失っている事を知らなければ何を言っているのかほとほと理解しかねる返答であった。つまりアイネは理解していないがもう置いて行くしかない。そのまま誰か…もしかしたら…そう、その誰かに向けて彼は話し続ける。女給は聴いているのかわからなかったが、聞かれても良いと言ったように彼は話す。

「完璧なホムンクルス…存在するかは知らないが不完全な人間…どっちが上か…そういう問題だ。つまりな」

 見えやしないが、彼はニヤリと笑う。

「人体錬成に限りなく近い錬成であるはずなんだ、彼女そのものが。なら、それを行った人間が…」

 廊下へと薄く白い光がベールのように差し込み始める。夜が明けた…随分と街を歩き回っていたのだろう。今はさらに走っているようなものなのだから彼らのスタミナには驚きを隠せない。

 さらにこれからまた何かを調べてやろうともいわんばかりの元気をむき出しにして朝食を抜き飛び出しているのだからさらに異常と言えよう。

 そして彼は会話をシメた。

「真理をほんの僅かでも見れないはずなんて無いんだよ」

 この物語はギオゼッタが最初から世界最高峰の腕を持ってしまっているせいでハイスピードな進行をします。これには作者も困る程度には障害を及ぼす効果があるとすでに発覚しています。僕らはどちらかと言うとアイネの視点がぴったりになりますね。

 まぁ彼が休息に物語を終わらせようと、僕が追い付かないのです。それではまた次章でお会いいたしましょう、卯月木目丸でした。

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