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Gio  作者: 卯月木目丸
第一章 ギオゼッタ
3/12

2 最初の街にて

 聞き心地の良いリズムが何処からか聞こえた。包丁がまるでちゃんとした音楽を奏でるかのようにして広くはない部屋に響いている。

 彼にとって初めての朝だ。

 だがそんなこと眠り眼をぐずぐずと擦り寝床に丸まっている彼には思いもよらない事で、彼は声一つ上げずにまた意識をふらふらと薄らさせていく。

 木製のまな板が音を吐くのをやめると、かちりかちりと火を起こしている音が聞こえる。あぁ朝だ、彼女が丁寧にも彼の分まで朝食を作ろうとしている。

 彼はむくりと体を起こした。

 わざとではないが寝床から足を伸ばした時に床を擦り、その不似合いな音色で彼女は恩人の起床に気づき振り向く。

「おはようございます」

「………ないな」

 返事をするよりも早く彼は自分のバックに向かい、中の物を丁寧に掻き分けながら求めた物を静かに探し始める。勿論、お求めの物はまさに夢にまで見た薬草パイプと束にされた薬草だ。

 もしやとサイドポーチに手をやるとどうやら彼は満足したらしく、ゆったりとアイネの方へ向き直った。

「おはよう」

 今更ついた鍋の下の火は火種にすぐ移る、中の水がぐつぐつと揺れるまで彼の顔にはいついた不気味な笑顔は剥がれることは無かった。


 

 この家が裕福でないのは誰が見てもわかるだろう。

 小さな女の子が独りで住んでいる、その恩人は未だどうやって彼女がその小金を稼いでいるのかすらわかってもいない、わかろうともしない。

 ただこの街には客寄せやらの日雇いが広場から漏れるほど溢れている。

 そこに一軒、彼女の親代わりともいえるような宿屋があり彼女はそこの客寄せを務めているのだ。この街で生まれたとはいえまだ幼い彼女はそこで必死に働いて日々を暮していた。

 恩人は食事を終えるときっちり身に着けたサイドポーチから薬草パイプを取り出し、同じようにポーチに入れられていた様々な薬草を勘で摘みパイプをそっと加えた。

「そういうの、吸うんですね」

「らしい」

 成り立っていない。彼女はきょとんと首を傾げ、彼は満足そうに薬草をもう一つ摘まんだ。

 彼は自分の年齢さえまともに考えたことは無かったが、どうやら夢やらこのパイプやらである程度学を得た年齢であると早々に判断した。これは勘かどうかわからないが、それは合っていたと言えよう。

 きょとんとし終えた彼女は気をきかせようと消えかけの火種に一息吹きかけ小さく火を取ろうとするが、彼女がそれを終えるよりも先にギオゼッタが薬草に人差し指を押し付け擦るとそこらはもうもうと鼻を抜けていくような香りと薄ら白い煙が立ち上り始める。

 それをパイプから一息吸い込むと、彼は寝起きのもやもやと喉がサッパリしていくのを感じた。

 これがこの世界の錬金術師の姿である。

 殆ど色の無くなった煙を口から還すと、煙は何処かへ消えてしまった。

 体に染み渡る細かい爽快感と共に、彼は夢の中にほんのりとあった満足感を堪能していた。やはりこのパイプは自分ので、きっとあの席も自分の場所だったのだ。確信を確実に変えるべきか彼は悩もうとしたが、別に急ぐこともないとサッパリしたままの考えに一刀されてしまう。

 事に、アイネがいそいそと仕度を始める。

 どうやら仕事の時間がそろそろらしいといくらルーズな彼でも気づく。彼は別に知らないが清掃や雑用もこなす彼女はその宿屋でも孫のように大切に扱われており、給金も少し多めなぐらいに支払われている。

 急いで家を飛び出すと、昨晩ギオゼッタがしどろもどろになっていた広場へ曲がりその宿屋へ飛び込む。

 道中の花を踏み潰さないようにぴょんと跳ねる姿は、その街の中ではちょっぴり浮いて見えた。

「いらっしゃい。アイネちゃんも、おはよう」

「おはようございます、カルロさん」

 からんからんと入口につけられたベルが人の到来を店主に知らせていた。息を切らして飛び込んだアイネが強くドアを押したこともあり、いつもより大きなベルの音が店の中に響く。

「…いらっしゃい?」

 アイネはベルが鳴りやんでいないドアへ振り向いた。

「……………ふぅ」

 そこには溶け込むようにしてパイプを吸うギオゼッタが居た。

 彼がひとっ走りして空っぽになった肺にハーブの美味しい空気を満たして恍惚を浮かべていると、おきざって言ったアイネがとんと近寄る。

 そうして小声で話しかけてきた。

「何でここに…?」

「……することがないから」

「おっお手伝いとか…」

 彼は別に恩返しなどは考えていなかった、いやもう一食一泊の恩義は昨晩でトントンだと割り切っていた。例え鍋を空にしようとも、やることはやった…そういう顔でまたパイプに口をつける。

 兎に角、彼に手伝う気などない。すぐにアイネをよせて店主であるカルロの元へ向かうと旅人らしくこのあたりの事を話し始めた。

 ぽつりと取り残されたアイネはまたきょとんとすることになった。



「へぇ、アイネちゃんのトコに。ウチに来てくれれば泊めたのにさ!」

「………」

「それで、ここらの事はまぁそれであってる。広い草原、遠く遠くに続く道、ここはそういう街さ」

「………」

「それでだ、その真っ白いレンガの大きい建物って言われても…いっぱいあるわな、そういうのがある街はさ」

「………」

 彼はすっかり忘れていた。偶然出会い助け恩が生まれた少女と二言三言交わしただけで、自分が客寄せに驚きどぎまぎしていたような性分であったことを完全に忘れていた。

 一心不乱にパイプにかぶりつきなんとか言葉をひねり出そうとするが残念ながら相手が悪い。宿屋の店主なんてのはせっかく客引きが引っ張った客を逃がすまいと優しさと温かさを持って話しかけてくれる。

 つまりは色々失ったギオゼッタの今苦手な物がそれであった。

「んー、立派なパイプだな…えーと…お客さん」

「…あ、ありがとうございます」

 もはやいつもの怠惰が剥がれ落ちそうになっており、あるはずもない敬語が何処からともなく湧き出していた。

「お客さん、旅人にしては何か違うね。ふんふん、そうだ地学調査の学者さんかな?」

 答えは知りませんだ。

 ギオゼッタは自分の容姿を今一度見直してみた。白と黒が基調の動きやすく余裕のある服、それに冒険用であろうバック、そしておまけと思っていたが今や手放せないパイプと薬草が入っていたサイドポーチ。何もおかしいところはない、普通の冒険者である。

 それでも多くの旅人を見てきたカルロにはわかる点がいくつかあったのだろう。それを彼はちょいとばかり利用できないかと考えた。

「……僕、学者に見えます?」

 店主はふんすと鼻から息を吐いた。

「あれだな、ちょっと小さいな。でも噂じゃ最年少で学位を取った…えーと名前はしらねぇ、そんな奴もいるらしいじゃないか」

 刊書を取りに行こうとカルロがカウンターを探し回っていると、いつも間にか掃除用具を取りに来ていたアイネが刊書を手渡す。それをじろじろと見ていたが何もそれらしいことは見つからなかったらしく、またぶっきらぼうにそれをカウンターの裏に放り投げた。

「……じゃあ、学生とか」

「んー、学生はそんな綺麗なパイプ吸うかね。それに良い薬草だよ、匂いでわかる。なんたって裏の薬師と良い仲でね、アイツはとびっきり酒に強い」

 答えは知りませんだ。特にそんなこと知りたくもない。

 だがそれもそうなのだろうか、この薬草はなんとなく見積もって摘まんでいたが、これからはちょっと節約するとしよう。

 彼はぽつりと考えた。

 そんな薬草をこんなに懐に入れていて、勘で摘まんで吸ってしまえる僕は本当に何者なのだろうかと。そしてこれらが盗品でないことを切に祈った。

 後でそのアルコールに耐性を持つ薬師に会おうかとも考えてみたが、どうせろくに話せはしないので彼はやめておくことにした。

 何処からかアイネが掃除している音が聞こえる。

 パイプから吸う味が薄くなった。

「でも君からはお坊ちゃまって感じはしないな。お坊ちゃまはこんな辺境まで来ないし、君からは知識を感じる。私にはないけどね」

 褒められ慣れてもいない、彼はハハッと小さくはにかむ事しかできなかった。

「…その、ありがとうございました。それと大きな学び舎があるトコロには…」

「んー、そうだな。あっちから来たんだろ? ならそのまままっすぐさ」

 次の行き先が決まったようなものだった。どうせ急ぐこともない、今日は準備することにしよう。再びベルを鳴らして商店に簡単な道具と食糧を買い揃えに彼は向かった。

 断トツに吹き抜ける風が広場を抜けようとする彼の服を帆のように膨らませた。





 アイネ・クライネという少女が居た。

 彼女は自分の両親の顔を覚えてすらいない、それでいて小さく愛らしい彼女にはこの街は良い事ばかりとは言えなかった。

 それでも彼女は懸命に生きている。

 ぐずぐずになりかけて売り払われているトマトも、忘れられていそうな井戸の水も今まで彼女の命を繋ぎとめていたものの一つだった。

 そんなとある日、彼女が働く宿に一人の錬金術門下の学生がやって来た。目的はどうあれその男は一泊だけ部屋を借りると酒場で少しだけ酒を飲んで酔っ払っていた。

 人体錬成の事を彼女はその男から聴く。ウェイターの手が足りず食器を片づけていた彼女に男はめろめろに酔って喋りかけたのだ。しかしさらに詳しく聴くよりも早くその若い男は酔いつぶれ、ふらふらと部屋に戻り次の朝には何処かへ消えてしまっていたのだ。

 知りたかった、彼女は知りたかった、人を蘇らせるに似たその術を。

 そしてまたある日、彼女は男に路地裏へ連れ去られ襲われていた。そしてそこによれよれと吹けば飛びそうな空気をその身にまとった男が現れた。

 彼はそれを知っているようだった。

 だがそれを夢幻と説いて眠りについていた。

「カルロさん、終わったよ」

「おぅ、ありがとうな。しばらく昼にしようや、準備しとくから少ししたら来てくれ」

「うん」

 アイネはきょろきょろとフロアを見渡した。そこにギオゼッタの姿はない、何回かベルの音も聞こえたが少し客が入って来たので、よく覚えていないに等しい。

 カルロは昼食の準備の為にカウンターから引っ込み何処かに行ってしまっている。

 彼の薬草パイプの良い臭いもそこには残っていない。彼女は宿を飛び出し広場を探した。昨日と同じようにキャッチが何人も歩いているが、昨日のように彼は捕まってはいない。

 次第に時間は経った。

 昼食を終えことわりを入れて彼を探し回っているとどんどん陽は落ち空はまっ黒になっていく。諦めながら彼女が肩を降ろし家に着くとそこに彼はバックを背負い待っていた。

「随分、遅いんだな」

 サイドポーチを綺麗にかけて、旅の服も皺一つ無いように着ている。あのパイプはしまわれていて、彼の顔は外の影に収まってしまいそうなぐらいだった。

「君に言わず出ていくのはナシだと思ってな、待っていた」

「えーと…うっ…えーとね…」

 言葉が出てこないようだった。

 喉に引っかかってすらいない、空っぽで学が無い事を今まで必死に生きて忘れていたのだろうか。

 でも自体は急すぎるのだ。

「……私もっ」

「提案なんだが」

 彼は言葉を被せてきた。もはやすっぽり闇に隠れようかと開いたドアから暗闇に体を隠していきながら、わざとらしく被せたかのように台詞を続けた。

「君も、来ないか。理由はない」

 彼女が絞り出した言葉を彼は的確に潰す。

 姿の見えなくなったギオゼッタは返事を待った。

「…錬金術を教えてくれるなら」

 嘘だった。言い訳じゃない、嘘だ。でも彼女の嘘はとうにギオゼッタは知っている。

「……教えてよ…」

 最後はちょっと泣くような声だった。泣き落としでないのは知っていた。

 夢幻、そう言われた。でもそれは間違っていない、彼女にとってそれは夢幻に等しい事だった。見た事のない両親を想う事は違うだろうか、そんな奇跡を知る者に頼み込む事は間違いだろうか。

「僕はな」

 冷たい夜の風が彼の全てを揺らした。

「君の間違いを正したいだけだ」

 その風よりも冷たい彼の言葉が、彼女の心を鷲掴みにして揺さぶる。

「僕はな、自分について少しずつ解りだしてきた」

 今彼はあの夢を思い出してみている。その続きもその前も、何もそれ以外わかってはいないのだけれど、ぽつぽつと湧き出してくる自分の感情もきっとそのわかっていない事に繋がる。

 彼は確信した、自分には何が必要なのかを。

「君に一つ問いたい」

「………」

「雲が千切れていった果てにそれは雲でいれると思うかい?」

 これから始まるのは、この質問を導く旅なんだ。










「星が綺麗だね」

「………」

「す、涼しいね」

「………」

「………」

「えーとだな」

「う、うん」

「今、少し後悔している」

 君を連れだしたことに…そう続けようとしたが、言葉はそこで途切れた。静かな夜が好きで物思いにふけりながら旅をしようと思っていたが、どうも上手くは出来ていないらしい。

 ギオゼッタは落ち着いた夜の道が無いことと、彼女に真実を教える旅の両方を後悔したろうか。きっと彼は別にどちらともすぐに忘れてしまうだろう。

 今日は夢を見ない。ただこの道を真っ直ぐに歩いていよう。

 彼女はとてとてと後ろについて来てくれる。こんな静かで暗い夜でさえ、急に仕度した荷物を背負いながら文句も無しに不安も言わずに。

 上では星々が闇の中の彼らを見守っているようだった。

 雲は月の光を受け薄らと白くぼやぁと滲むように浮かびながら、空に少しばかりのコントラストを与えている。

 星座の名前はわからないが、なんとなく繋がっているのだろうと彼は思う。それなら自分にもそんな星が何処かにあるのかもしれない。偶然蹴った小石が道からはずれ、草原の影へと姿を消した。

「でも、まぁ」

 次の街…人が居るところまではどれほどかかるだろうか。

 彼女はあの街を今まで出た事もなく、彼はそもそも欠片も知らない土地を歩き続けなければいけない。あの街に勤めている人々は来る旅人を相手にすることを生業としている、だから行く道来る道は旅人に任せている。だから彼はその仕来りのようなものに任せる事にした。どうせ僕らがいるこの大地は無限ではないのだ、いつか戻って来る事にもなろう…と。

「それよりも大きい事をした気分だ」

 行く道にとってその後悔はただの下地だ。彼はその下地の上か、暗闇に呑まれた道かを休むことなく進み続けた。自分の足跡をつけ、その後にアイネが足跡をつけていく。

 そもそも後悔するような覚えなんて、まだ起きちゃいない。

 もしそれがあるのだったら考えながら歩けばいいのだろう。

「……私も」

 まだ次の街への道は長いのだから。

 プロローグは書いたけど、実際此処までがプロローグな気がしてならない。

 日記的なものを書いたりしていますが、この作品の構想…主だったネタバレをしちゃってますので、読まない方が良いと思います。

 平沢師匠を流す様に聞きながら、また書いていこうと思います、それでわ。

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