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Gio  作者: 卯月木目丸
第一章 ギオゼッタ
2/12

1 優しさに眠る

 その街は草花のテーブルのすぐ隣にあった。

 人気が多いとは言えないのだが、それでも賑わっている。

 これからギオゼッタとはさかさまの道を辿る者は数日の旅を覚悟するハメになり、その為この中間地点は最終準備を滞りなく終わらせるようにここまでの賑わいを得たのだ。

 そこに今、旅人の服を着てギオゼッタはやってきた。

 誰彼かれもがギオゼッタにいらっしゃいいらっしゃいと元気な声で商品を勧めてくる。しかし彼は自分のバックに何が入っていて、この世界のお金をどれほど持っているかすら知ってはいない。今の今までの道ですら、空の雲やただの青を眺めてぼつぼつと歩いてきただけなのだから。

 その彼にとってこの街にいる人々は元気であろうが無かろうが心底驚くに足るものだった。

 だが広場の真ん中で口をぽかりと開けている彼は客引きの格好の的である。すぐに目の前に代わる代わる自分のまたは親の宿を少し早いがいかがと話すキャッチがやってきて、先ほどまで草原の上に眠っていた彼をまた新しい微睡みに誘おうと必死だ。

 勿論彼は上手く断れないので足早にその広場を去り、狭く落ち着いた路地に逃げ込んだ。

 真上に陽が笑っていたあの時間が懐かしかった。今や陽は傾き、空はまだ青いが、その端にはうっすらと茜色が染み込んできている。

 彼は小さく溜息を吐いた。

 別に眠たくもなく、腹も満たされているような気がしている。

 それでもただ彼は落ち着いた場所を捜し歩いた。

 そうしてそれはすぐに見つかった。街の家や建物の間に隠れるようにして残された路地の先の小さな小さな隙間であった。小さなと言っても人が何人か入ることはできるし、ギオゼッタが横になっても二転三転寝返りを打つスペースはあった。

 隙間とあって夕暮れにも関わらずもう真っ暗になりかけているそこを彼は今日の宿とすることに決めた。

 彼は己の大切な大切なバックを抱いて掃除はされていないがまだ綺麗な地面に寝転ぶと、すぐに寝息を立て始めた。

 夢を見るかはよくわからないが、どうも楽しいやつではない。

 うむうむとうなされながらぽつぽつと目を覚まし、その原因は三回目の起床によって腰のサイドポーチが痛く当たっていたからだと理解し、彼はそれをバックに放り込んでまた健やかな眠りに意識を落とした。

 彼にはそれで十分であった。

 広場に居た人々は移ろい、今はコップを片手に揚々と顔を赤らめた疲れた旅人が居る。その疲れは決して暴飲暴食で晴れるものではなかったが、健やかな眠りまでの一分一秒を極上の無駄にしたいという彼らは兎に角食うや飲むを謳歌している。

 ギオゼッタの腹が鳴る事は未だ無かった。

 何処からか陽気な笛の音が聞こえてくる気がする。眠っていた彼は夢と現実、その両方の耳でその音色を聞き、少し心をうきうきとさせながら眠りについていた。

 やがて喧騒のピークは過ぎ、落ち着いた癒しが広場にはあった。笛の音は優しくなりながら彼の耳へとやって来る。

 その時であった。

 少し強い音と、高い声が聞こえてくる。いや、それどころかどんどんとここへ近づいてくる。それに気づいたギオゼッタは跳ね起きるとバックを隠し、それとは違う路地の狭い狭い隙間へと身を放り投げるかのように隠した。

「ここで、ここでいいだろう兄者」

「そうだな、もういいだろう」

 二人の男が彼と同じくらいの少女を無理やり抱えながら、先ほどまで彼が寝ていた場所へとやってくる。

 そしてどったんと彼女を下ろすと空気は一変した。

 少女の顔は青ざめているようだった。どうやら彼女には自分がこれからどうなるかがわかっているらしい。勿論ギオゼッタにとっては睡眠の邪魔以外何物でもないのだが。

 片割れが彼女を後ろから抑え膝をつかせると、もう片割れがいそいそとズボンを下ろそうとして手間取る。そしてギオゼッタは誰にも聞かれないように欠伸をした。

「嫌、止めて…」

 少女の小さな悲鳴は彼にも聞こえていた。彼にも正義感がないわけではない、今にも助けに出ようかと二回も三回も考えた、だがそのたびに男二人に自分が諸手で敵うはずがないと捨て去って来たのだ。

「嫌、嫌、嫌」

 もうそれだけしか言わなくなった彼女に対し、もたついていた男がやっと念願叶い今まさにと動き出す。彼女は最後の抵抗にととにかく激しく動こうとするが組み止められて抜け出すことは叶わないだろう。

 だが不幸なことにその抵抗に念願叶った男は一歩引くこととなる。

 どうたってことのないこの事象が誰にとって不幸だったのだろうか。その男か、それとも虚しい彼女か。

 ギオゼッタにとってである。

 偶然にも男にすっぽりと隠れていたギオゼッタはうるささが増したそれを何事かと覗こうと顔をだし、そのタイミングで男が避けてしまった、つまりは彼女に顔はては存在を知られてしまったという事だ。

 最悪だ、彼はそう心の中に呟いた。

「そこの人、助けて!」

 そこの人なんて言われたら、逃げるに逃げれなくなってしまう。そんな困り果てた顔の彼と男らの目が合う。これほど災難続きな夜が失われた彼の記憶にも、はてあったかどうか。

 とにかく最高のタイミングで最悪な連鎖が生じてしまい彼は彼らの前にその存在を明かさなければならなかった。

 なりたくもないヒーローに仕立て上げられそうな彼は溜息を抑えながらどうにかしてこの場を治める方法をその考える事も稀な頭で必死に考えている。

 手前のみっともなくズボンを下ろしたままの男がこちらに手を出そうとしてくる、もう時間はないらしい。

 彼は秘める事も考えず、そのちょっとした秘め事を実行した。

 路地の壁に右手を重ね、なぞる様に相手へ振り切る。すると、壁は綺麗に磨かれ、向かう男には鋭く細かい小さな砂利のようでさらに小さい粒がその顔めがけて何千も飛びかかる。目に入り鼻に入り口に入り、うぅと呻いたのも一瞬、全体重の乗せられたギオゼッタの一撃をむき出しの恥部に喰らいすぐにうずくまってしまう。

 片割れはというと倒れこむ片割れの背中を見るや否や彼女の拘束を解き路地へ消えようと一目散に走りだそうとしていた。

 だが彼も躊躇いなしにそちらへ左足を突き出し地面に叩きつける。突然、地面の土が何かに弾かれたように片割れへ爆散し、片割れの腹を押しながらちょっぴり彼を宙に浮かせると辺りに砂埃が舞った。

 ギオゼッタの足元にはぽっかりと穴が空いており、土なんてものはすっかりなくなっていた。

 舞っていた片割れがどさりと顎から落ちると、彼ら二人はぴくりとも動かなく気絶をしているようであった。つまりギオゼッタの静寂は戻ってこようとしているのである。

 しかしそれはもう少し後の事。

「あ、あ、あ、ありがとうっ」

 できればさっさとこの場を離れたかった彼の背中に少女が感謝を述べる。

「どうお礼をしたら良いのか…あの、あの、えっと…」

 できればさっさとこの場を離れたかった彼の背中に少女がさらに何かを続けようとしている。

「旅人さんだよね……そっそうだ! ウチに泊まっていってよ、ね」

 もうそろそろ逃げ出そうとかと考えていた彼の背中に少女が提案を述べる。

 結局断り下手の彼は逃げる事はできなかった。

 さっきの後に何故そんなところにいたのかを根掘り葉掘り聞きだされ、行く宛のないことを知られると半ば強制的に彼女の家へと持っていかれてしまった。

 そのころにはもう彼も観念し、大人しくその戸を開ける事となった。





 それから少しは沈黙が続いた。

 口どもりながらなんとか話そうとする少女ととにかく黙っていようという青年が小さな部屋に居ればそれはまぁ沈黙になるだろう。だが、いずれかこの青年は折れるのでそう長くは続くことは無いだろう。

「そうだ、お腹とか空いてない?」

 どうやら彼は野宿をしていた貧乏な旅人とでも思われているらしく、乞食でもないのだと彼は心のなかで悪態をつきながらその提案を断った。

「残り物があるんだ、どうだろ」

 断ったはずだった。

 自分は乞食でも無ければおそらく無一文でもないと説明したが話はとんとんと進み、結局は残り物のスープをいただく事になる。それまで一度も腹を鳴らした事の無い彼であったが、食事はさくさくと入り込み、結果余らせていた中鍋のスープを全てたいらげてしまった。

 その食欲旺盛っぷりは彼女を驚かせながら同時に彼自身も驚かせていた。自分のどこにこんなに沢山の物が入り込んだのか不思議に思っているのかもしれないが、彼がそれを誰かに話すことは無い。

 このとことん断り下手な青年は次に寝床を借りる事を提案された。別に床でも寝れるがと返すとこっぴどく叱られた。彼にはその理由がとんとわからなかった。

 彼は色々失った無い無いの記憶でも自分には多少なりとも学があることを知っていた。何せ失ってもなお最低限の常識が残っていたのだ、それでもあるかないかで言ったら無いプライドは未だ乞食になり下がる事を拒否しているようで、彼の中で結論は床で寝る方が猶更だと大人しく寝床を拝借させてもらうことになった。

 つまりは彼は優柔不断な記憶喪失なのだ。

 寝床に収まる前にお話しの時間がやってくる。彼女はガラガラとすっかり空っぽになった鍋を流しながら洗い、彼は最初に椅子に座ったまま微動だにせずわかりもしない何かを待っていた。

「私ね、アイネ。アイネって言うの」

「……僕はギオゼッタ」

 ギオゼッタ…らしい、そう続けようとしたが話がややこしい方に続いてしまいそうなので彼はそこで切ることにした。

 別にアイネの事を気にする気はなかったギオゼッタだったが、どうも家の中を見ると独り暮らしをしているらしい。しかし彼女の見てくれはどちらかというと幼く、その生活に不似合いであるのをよそ者であるギオゼッタすら理解した。だから先ほどみたいに物騒な荒くれ者に手を出されかけるのだろうと思い口を閉じながら、彼はこんな状況に押し込んでくれたあの荒くれ者達を憎んだ。

「ギオゼッタさんは、何処から来たの?」

 十二分に答え辛い質問が来てしまった。ここで知らないなんて言うと今度は記憶喪失の事を根掘り葉掘り聞きだされてしまう、そんな事されてみろ、この少女がお節介焼きの才能持ちであったら彼のまだ良くもわからない人生に何らかの影響を残す事だろう。

「……言う必要は、無い」

「…そう……まぁ、色々あるよね」

 彼女は納得はしてくれたようであった。別に嘘をついたわけでもないのに心がちくりと痛むのは何故だろう、彼はそっぽを向いてそれを少し考える。

「それで…助けてくれた時のアレ…凄かったよね」

 どうやら表現に苦しんでいるらしい、そっぽを向いたままでもそれが伺えた。そりゃあ見た事もない手品だった、それも種も仕掛けもない物だったのだから表現するのは一苦労だろう。

 でも、彼はそれが世に言う錬金術の一つであることははっきりと覚えていた。

 彼はそれをはっきりと教えると、彼女はためになったように首をゆったりと動かした。

「じゃあ、ギオゼッタさんは学者さんとか研究者さんなんだ」

 ピンと来ない。錬金術が出来るとはわかっているが、それが学者や研究者の専売特許のように言われても良くわからない。これも記憶喪失のせいであろうか、それとも元々持っていた先入観のようなもののせいなのか、それも彼は知らない。

 だから彼はその答えを曖昧に濁す事しかできないのだ。

「……そんなものなのかもしれない」

「凄いなぁ…立派な人なんだ」

 立派な人は路地裏の地面に寝転んでいたりするものではない。彼はまた心で呟いた。

 体のどこかに入っているはずのスープの温かさを感じながら、ギオゼッタは大きく欠伸を吐いた。アイネはすぐに寝床の仕度を始めると、ギオゼッタのバックをそちらへ持っていこうとする。だが、それは思った以上に重く、小柄な彼女に持ち運べるほど軽くはなかった。

 それをひょいと持って寝床の傍へギオゼッタは放り、中にサイドポーチまで入れていたことを思い出し何か貴重品が割れたりしていないかを確認しホッと息を吐いた。中にはガラスの器具や金属製の道具が丁寧に入れられており、旅に使う道具は小さくまとめられている、つまりはどう見ても旅人の道具袋とは言えないのだ。

 しかしギオゼッタにはその道具の使い道がわかっていた。それから彼はやはり自分は学者や研究者だったのではと考え始めた。近くのそういう職種の人々が集まる様な場所に行けば自分の事が分かったりするかもしれない。それだけは頭の隅に留めておくとしよう、彼はそこで考えを断った。

 今ここでその事を彼女に聴いてみようか、そうも考えたが、眠たくなってきたので彼はさっさと寝床に横たわる事にした。

「ねぇ、ギオゼッタさん」

 アイネが灯りを消しながら語り掛ける。

 ギオゼッタは横になった姿のまま返事をせずそれを聞く。

「ギオゼッタさんは、錬金術師なんだよね?」

 返事はなかった。だが、彼女はそれを肯定と受け取ったようで話を続ける。

「だったらさぁ…もしかして、人とか作れないのかな」

「家族」

 暗い中、低いギオゼッタの声が響いた。

 多くの錬金術師はやりもしないしできもしないと諦める人体錬成の話だ。だが彼には普通ではない自信がった。彼はそれを自分の中で恐れてはいなかった。

「できない事は無い」

 彼女の顔が見えないのは幸いだった。ただギオゼッタは自分の心に嘘をつかずそう答えた。

「アイネは、そんな御伽噺みたいな事を信じてるのか」

 彼は黙り込んでいる彼女を無視して続ける。

「雲は千切れて掠れても同じ雲だと思うか」

 語る様にそんな言葉が出てくる。言い終えた彼はすっと目を閉じ、訪れた静寂に満足するかのように自然に眠りについた。

 アイネは暗く沈み込んだ部屋の中、しばらく黙って目を閉じつづけていた。まるで何かを押し殺すかのように、また悩み考え込むかのように。







 これはおそらく僕が見ている夢なのだろう。

 先ほどまで暗い寝床で寝ていたはずが、目を閉じて今は急に綺麗な部屋のデスクと言える立派な席に座っているのだから。

 その上に並べられ重ねられている本、部屋に往々と備え付けられた本棚に詰め込まれた本たち、一冊も漏らさず読んだのがわかる。もう読む必要もないのもわかる。

 背に目をやると大きな窓がある。だがそこからの景色は記憶にない、高い場所にあるのはわかった、だが下に見える街なのかこの施設の一環なのかわからない景色は何処だと特定するにはあまりにも不足すぎる。

 その時、背に目を向けた際にひねり足を動かしたせいでそれがデスクに当り、ことりと何かが床に落ちた。

 パイプだった、おそらく薬草パイプだろう。棚を引くとそれ用の薬草がいくつか分けられて保管されていた。そしておそらくこれを僕はとても大事にしているのだ、なんとなくそう思える。

 探そう、もしかしたらポーチやバックにこれが入っているかも…いや、入っているのだろう。これさえあれば僕が少しわかるかもしれない。

 結局、椅子から立つこともなく、ふっと夢は終わってしまった。

 錬金術を話の一つの軸としていますが、やはり真理とかに帰因しますね。まぁそういう学問らしいので、これからも勉強しますが。

 記憶喪失としては私は一つ一つ拾い上げる感じよりも、最後に全部が出来上がるような…総取りっていえばいいのかな? そういうのが良いのではないかと思って書いています、のでそうなります、多分。

 まだ自分でも参考にしているものが謎多き物なので、これからどっぷり踏み抜く事になるでしょう。

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