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Gio  作者: 卯月木目丸
第一章 ギオゼッタ
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11 ハックマナイト・タイムラン

 ちくたくちくたく、あの日のことを思い出した。

 ちくたくちくたく、あの夜のことも思い出していた。

 ちくたくちくたく。

 そこかしこを君で埋め尽くされた私に、飽きず語り掛けるのは針の音だけ。





 がつんと、木製のコップがぶつかり合った。二人の錬金術師が、酌み交わそうとしているのだ。片方の青年は若いように感じるが、己の歳を把握できていなが、大人ではあろうと努めている。

「流石は同教だな。私の追求を、こうして喜んでくれる」

 老紳士は、ぐいっと酒をあおった。

「過程は違えど、同じ命題に挑む者同士だからな。それに他の同教の追求を見届けるのは、初めてでない」

「はははっ、経験ありということか。君自身はどうなのかね?」

「さぁ、ただ、真理は近く感じる」

「良いことだ。私は真理を通過点にしている」

 そう、老紳士は笑った。彼にとって真理は通過点。つまりはそれより大事なものがある。

 ギオゼッタはすでに理解している。この男がしようとしていること、どういう道のりで真理に触れようというのかを。

 男は見た目や柄に似つかわず饒舌だった。酒を飲んでいるというのもあるのだろうが、男は自分自身の追求についてよく語るのだ。しかしギオゼッタはそこに、なんらかの他にある感情を覚えずにはいられなかった。

 この男は何かを隠している。いや、それを探して、見つけられたがっているのではないか。

「ここが貴方の故郷ということか」

「あぁ、私はずぅっと昔、まだ髪も茶だった頃にこの街、あの塔を作業場にしていた」

「視させてもらったよ」

「そうか。彼女と会ったのだな」

「彼女?」

 老紳士はコップを置き、自分のコートの内側を何か探すように漁る。それからため息を一つ吐き、残りわずかとなったコップに視線を落としながらぽつりと続けた。

「私にとっては、あそこで彼女はまだ眠っているのだよ。私が、約束を守らず一人で旅に出た後も」

「そうか。今度は逢いたいものだ」

「……本当に君は変わっている。つまりは禁忌とも言えることなのだよ」

「人体錬成がだろう。貴方のはそれとは違う」

 この男は全てをやり直す気だ。

 時が止まった島の小話を、本気で信じて……いや、こういうことを信じて、それを突拍子もない発想力とその技術で現実にしてしまうのが錬金術師なわけだが……その力で全てをもう一度振り出しに戻す気なのだ。

 置きざった果てない旅で得た、病に対する力を持って。己が過去に戻るために。この枯れ木は今一度この潮風の下に帰ってきたのだ。

「しかし、よく御伽噺からそこまで漕ぎつけたものだ」

「ははっ。それをやらかしたのが、私の先祖だからだよ。この島に居た遠い昔の錬金術師さ。それがあの海の下、丁度陽がそこに沈む場所に、作業場を構えていただけさ」

「そこにあるのか。秘術の澱が」

「沈んだ太陽を掴んで離さぬ秘術がな。もう遙か昔に沈んでしまった」

 エールの中に、天井にぶら下がった灯りがぼうと反射(うつ)っている。どうやらこの老人は、その掴んだ太陽を離さぬ秘術、つまりは時停めに準ずる何かを用いて、己が過去に置きざった何かを達成しようとしているのだろう。

 ギオゼッタはふふっと笑った。

「楽し気だな」

 老紳士はそれに気づき、彼の方を見る。

「………うむ」

 理由はわからない、がしかし笑みがこぼれそうになる。懐かしさか、それとも。






「そうか! ここの加熱がやり過ぎだったんだな。やっぱりこういうトコはお前に訊くのが良いぜ」

 誰かが話している。こいつは、何処かの夢でみた、ゴーグルの男だろうか。彼の服は、普段ギオが着こんでいる服と同じものに見える。

 男は手元にあるノートに何かをがりがりと書き込むと、キュッと弁を閉め眼前の火を弱めた。

「手伝ってくれるのはいいんだけどさ。お前の研究はどうなんだよ。あ? 出来てるって?」

 親しみのある声。男は誰なんだ、自分の友人なのだろうか。

 男は熱されたフラスコの中身が変色すると共に顔色を嬉しそうにし、火を消し沈静の香を焚き始めた。濃い匂いが部屋に充満する。

 この匂いはそんな好きじゃない。

 良く見渡してみると部屋は石煉瓦でみっちりと密閉された重々しい作りで、灯りと言える物は離れた場所にいくつかぽつんと立っている燭台のみだ。

「これで、俺をバカにする奴も終わりだ」

 物騒な台詞だな。

「違うよ、爆弾じゃねぇって。あれは前失敗して……忘れろ忘れろ、それより今はこれを空冷器に」

 前にやらかしたのか。

 不思議だった。自分の喋る声は聞こえないが、どんなことを想い、どんなことを呟いたか、それが自然とわかる気がしたのだ。

「俺の専門が火だからって、物騒な真似しかできないと思ってる奴等がいんのさ。特に女子な、女子。おかげでデートもできん」

 いるのか、相手が。

「忘れろ忘れろ。だから、お前の知恵を借りて、火の力で花を咲かせてみようと思ったんだよ」







「ギーーーーーーーーオーーーーーーーさーーーーーーーん!!」

 いつの間にか、眠っていたらしい。そういえば盛り上がって、沢山飲んだ気もする。

 傍らには半ば懐かしいアイネの顔。ばんばん(本人としては全力)と彼を叩いているが、その姿すら可愛らしい。

「………」

 懐にはメモが差し込まれていた。おそらくはあの老紳士の置手紙であろう。支払いはすでに済まされており、外は月もなく暗い夜であった。

 宿の明かりが目立つ街で、街燈に惹かれる夜光虫の如くそちらに向かいふらふらと歩く。

「ねぇねぇ、一人で飲んでたの?」

 アイネがいくつか質問してくるが、どうも体調が良くない。彼女もすぐにそれを察したらしく、服の端をちょこんとつまんで宿への先導をしていた。

 空はやはり雲が満ちて、星すら見えない。それが必要なのかはわからないが、薬や草花の他に天体にも多少の知恵がある。

 自身の知恵が自然、そして未知なるものに偏っているのは何故だろうか。錬金術とは超科学、いや超自然なのか……はたまたどちらでもなく、どちらでもあるとでも言うのか。

「わからんなぁ」

「わかんない?」

「あぁ、わからないことが多すぎる」

「ギオさんにもわからないこと、あるんだね」

「自分のことすら、よくわかっていないんだ」

「お酒のせいだよ、きっと」

「酒か。悪いものじゃない、あれだって、よく使う。洗ったりな」

「洗ったりぃ!? 嘘だよ、変な匂いついちゃう」

 お酒のせいか、いつもより饒舌な気がする。ふらりふらりとはるかに軽い足取りで宿へ上がると、ちょいと心配する女将を余所に自分らの部屋に上がっていく。

 あのアトリエは暗いままだ。老紳士はまたあそこにいるのだろうか。

「んー? なになに、何を見てるの」

 ちんまりとした頭を隣にしてふと気付かされる。自分は無意識にあの塔へと視線をやっていたのだ。

 突然あの塔のどこかから木漏れの灯りがちらと垣間見えるのを期待しているのだろうか。そんな思案と頭の中ですれ違いながら、どこか他人事とも思えない気がしていた。

 自分らは錬金術師だと、同教同学と言い老紳士と笑いあったのがつい先程。

 懐かしいようで、また他人事のような夢を見たのもつい先程だった。

「壁、壁だね。あっ、やっぱりギオさん、酔ってるんだ?」

 初めて彼女と出会った時、いやそこまでの記憶有る道のりから。自分は錬金術師だと疑ってはこなかった。それに、その先の真理を見るのが無二の使命だとも疑ってなどいない。

 だけれどもどうも、そこに違和感を感じている自分もいるのだと。

「ほら、ベッド」

 アイネはいつの間にか彼の手を引いてベッドの横まで持って来ていた。

 そこでようやく酔っていたことに気付いたらしい彼は、それまでの考えを一先ず置いておくようにそこへ横たわった。

 決して眠ったわけではなかったが、連れの彼女を安心させるには十分だったようで、彼女は可愛らし気にちょんと跳ね歩き自分の寝床であるベッドへと跳んだ。

 忘れかけていた疲れに任せ、身体を転がすとクシャリと音がする。

「?」

 それは先程のことであったのにすっかりと忘れていた老紳士の置手紙であった。

 進んで眠ろうとしていたわけではないが、横になってごろりとした後に読みたくなる手紙などそうない。

 しかも今の今まで自分の事と酒に酔ってぐわんぐわんと思考を頭のチューブで掻きまわしていたところ。朝日が昇ってから読めばよいと少々乱暴に置手紙を近くに置くと、すぐさま彼は眠りについた。

 彼が一人旅であったのなら、厄介がさらなる厄介にならず済んだだろうに。






 もうあの頃のような、針の音は聞こえない。

 それでも、この老骨の中は、変わらない一人の女性で埋め尽くされているのだ。

「…………」

 あの時計塔の部屋の中、乱雑に置かれたボロの木机で彼は紙にペンを走らせていた。

 目線の先、紙のすぐ近くにはこれまたボロボロの本が開かれていた。それは少し前にギオゼッタが聞かされたこの街の御伽噺が書かれている。

 だが彼は……いや彼らは確信していた。

 この話は、過去の錬金術師が起こした奇跡なのだと。確かに合った事実なのだと。

 しかし多くの矛盾を孕んでいるのは、彼らも承知している。

 だからこそ、その穴埋めと説明不足にこの老骨は頭を悩ませているのだ。どの矛盾が不必要で、どれが確信と、そして再現のために必要なのかと。

 これは違う、これも確かにおかしいが必要ではない。紙に書き出し、要らないと思われたものにはすぐさま線が引かれていく。

 じりじりと小さな灯りであった蝋燭もその身を短くしていくが、増えるのは燃料にもできぬ紙ばかり。老人の顔には焦りこそ出はしなかったが、それはつまりこの不毛にも慣れ切っているという証明でしかなかった。

 ガリッ。そんな音をペンが立てた。

 インクが切れている。一瓶ほどのインクが知らず知らずのうちに残すは少しの滴になっていたのだ。

 老人が小さなため息を吐く。

 これもきっと繰り返してきたのだろう。

 変わることなく、繰り返してきたのだろう。一体、どこまで進めたのか。他人から……例えばやっと出会えた理解者であるあの錬金術師が知り得て、どれほどの進捗と言えるのか。

 はたまた本当に、まるでこの大きな時計のように。同じことを繰り返してきたのだろうか。

 そして、いつか何もなく、その針を止めるのだろうか。

 何度も何度も繰り返してきた、自己嫌悪と不安。

「………」

 それでも何かあると信じてやまない、それが貴方のなんとか師っていうものなのでしょ?

「あぁ、そうだよ」

 また聞こえた気がした。これも繰り返し繰り返し、何度もやってきた。

 俺が時計の針なら、きっとこの声は定時を告げる機械仕掛けの鳩にすぎないのだろうが、しかし。

「きっと、もう少しだ」

 それでも何度も脚を進めてきた。

「俺はもうすぐ、あの陽を掴む。君のもとまで戻ってみせよう」

 蝋燭の火を握りしめるようにして彼が消す。

「そして、君の人生を変えるのだ」

 暗闇の中で、老人の眼だけが輝いた。






「………こうなるとは、わかっていた気がする」

 大して整える必要も気もない髪の毛をかきながら、彼は呟いていた。外にはなんとも気分の良い陽光が指しているが、遠くから流れる大きな雲が見える。

「あの老紳士(れんきんじゅつし)め、文が洒落ているせいで小娘が勘違いしたぞ」

 後回しにした置手紙を眺めながら、悪態をつく。

 手紙の内容など、言ってしまえば初めての理解者に会えた歓びと自らの情熱、そしてもしこの一件で事が起きれば君が引き継ぐか収めてほしいぐらいのことであった。

 しかしどうやら、その嫌に洒落た文をたまたま…そして確信的に読んだアイネが、妙な勘違いを起こしてギオゼッタに告げることもなく飛び出したらしい。

「確かに、自決みたいなことだが。錬金術師宛だと分かれば、なんとなく解るだろうに」

 渋々と飲みかわし眠ったままの正装で部屋を出る。

「時の逆流なんて、よく考えるものだなぁ。まぁ、過去に居た奴も、時を止めてはみたらしいが」

 雑多な鞄を放り投げるようにして身に着けると、なんとなく出来上がっていた気分がそれなりにまとめあがるのを感じる。

「勝手に死なれて、あのアイネに泣きつかれるのも困るのでな。老紳士よ」

 宿の外、眩しい陽の光で一層輝く白いローブの青年は。時計塔を流し睨むようにして一瞥すると、その麓を通り港の方へと歩き出す。

 いつものようにたくさんの住民が活気に満ちた声を出す。変わらない日常を謳歌している。

「少し、知恵を貸してやるか」

 もう一度という淡い奇跡のためか、それともただ真理のためか。

 どちらにせよ、彼の眼は眩しい白昼の中に輝いた。

 少し短め。久しぶり故に申し訳ない。

 読んでくれた人がいたのなら、わからないけど、きっと嬉しい。

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