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Gio  作者: 卯月木目丸
第一章 ギオゼッタ
11/12

10 コッパーブルーステイメン

 ちくたくちくたく、あれから何時間が経った?

 ちくたくちくたく、あれが一回なれば一秒で、それが何千回と鳴っただろうか。

 ちくたくちくたく。

 嗚呼、全てを失い眠る君に。残されたのは全ての意識の共通財産。





「ごちそーさまでしたー!」

 次の日の朝。もてなされた朝食は新鮮な魚介で、アイネはそれを珍しそうに頬張った。確かに彼女の居た町や、その次の街、そして道中では新鮮な魚介なんてほとんどなく、あるとすれば小さな川魚や干物ぐらいだったろう。

 ギオゼッタはというと、興味なさそうにスープを飲み、きちりと食事を終え席を立つ。

 一応アイネを待ち、街中へと繰り出すのだ。

 朝っぱらから酒場に行こうとは流石に思わず、ぶらりとにぎわっている通りに入りちらりほらりと目を流す。

 探しているのは先日アイネが話を聞いた商人だ。

 彼女から聞くところによるとここにその商人の店や友人があるわけでなく、どうやら商売で来ているらしい。確かに魚が売りの孤島の街なら、陸地の珍しい品なんてのは値が釣り上げれるだろう。

 関心はするが、それではどうも心当たりがない。だからこうして街をふらふらと歩きまわるのだ。

 そう、ふらふらと。

 ギオゼッタの服装はやはり真面目そうな堅苦しいコート。どう考えたって蒸す。町民の中にはそんな彼を心配して声をかける人もいたが、その内容は商売人八割と言ったところであった。

 しかし流石のギオゼッタも根を上げ、商売とは無縁そうな人の声にのり日陰で水を一杯いただいて休んだ。

「ねぇ、アンタら。どうしてこの街に来たんだい?」

 その人は続けた。

「ここってさ、大きな街路から外れた島じゃない。確かに観光で来る人はいるけど、今はちょいと暑すぎるから、珍しいよ」

「珍しい? そう言えば、乗った船も今思えば小振りだったか」

「あぁ、あの船」

 褐色の現地民は手をポンと合わせる。どうやらあの船頭の舟は有名らしい。どういう方向でかは知らないが。

「旬だとあの船より二回りは大きい船を使うのさ。あの人が漕ぐのはこの時期だけ」

「そうか。俺らが訪れた理由は単純、見聞の一環だ」

 いや、正直に言えばアイネが旅人から話を聞いて行ってみたいとゴネたことから始まるのだが。

 そしてそのアイネと言えば、彼らが話して休んでいる間。迷子にならない保証はないが人混みの中、足元に水が広がるちょいと広い水場でキャッキャと楽しんでいる。

 おかしいな、俺は商人探しを続けさせたはずなのに。

「見聞? 学士さんかい?」

「さぁ。それで、時期だの旬だの言ってたが、この街でそんなに温度や湿度が変わるとは思えない」

 そう、島だとは言ったが陸地がまぁまぁ離れて見える程度。その陸地の気候は温暖で安定している。いくらここが蒸し暑い街であろうと、そうそう変わるわけないのだ。

 変わるわけないのだ。だが、ここは何故か熱い。

「それもねぇ。聴きたいかい。御伽噺の類だけど」

「御伽噺……それは、他国や他の街の輩も知るものか?」

「うーん、有名な話じゃないね」



 その話は、どこにでもありそうなものだった。

 太陽が綺麗に大陸の方角から見て島の向こうに沈む時期があるそうだ。今はその方角からきっちり見ようとすると、時計塔がその前に立ちふさがるらしいが。

 そして大昔、太陽が沈んだまま出てこなくなってしまった時があったという。街の人は困り果てた、きっと大陸の人も困り果てたに違いない。

 雲は無く、風も無く、ただただ暗い夜が何時間も何時間も続いたらしい。

 星は沈んだ太陽を心配し、月すらその場で止まっていたらしい。

 そしてついに海が動き出した。沈んだ太陽を飲み込んだ海がぼぅと紅く光り出し、ぐわぐわと音を立てて太陽を吐き出した。

 がちりと金属がぶつかる音がして、吐き出された太陽がじわじわと、いつものように動き出したらしい。それを見た人々や星々はほっと胸をなで下ろし、ふたたび動き出したという。



「ってな感じなのさ。どうだい、聞いたことはないだろう?」

「ないな……しかし、なんというか」

 無視できない。御伽噺にそういう感想を抱くのは、大体錬金術師の悪い癖だろう。

 この話はマイナーな御伽噺らしいが。どうも不思議だった。ここでギオは商人探しを一度打ち切り、あの時計塔へと走った。

 勿論、アイネを忘れて。



 たどり着いた時計塔には、朝早くのせいか先客は一人もいない。

 扉はやはり封鎖されていたが、大概掟破りの存在である彼には関係ない。海側に回り込み、狭いところで壁面に手を合わせる。

 そして彼はその手と壁を擦り熱を産む。

 自身ですら理論は確立できていないのか、それとも単純に飛んだ記憶の一部となってしまっているのかわからないが。この錬金という過程で、することにより生まれる何かが大事なのはわかる。

 そしてその熱というエネルギーを発端に、壁に細工が生まれ、現象となり形を得る。

 完成したのは小さな戸であった。目立ちもせず、ギオゼッタがしゃがみ込んでようやく入り込めるような小さな戸。

 身を縮め、彼はそこから時計塔へと入り込む。便利なものだ錬金術師とは、鍵要らずの怪盗だが、見つからない今だけとしよう。彼はそう思っていた。

 誰がいるとも思えないが、誰かがいるかもしれないと、彼は一言も発しはしなかった。ちくたくちくたく、上からは耳を澄ませると、その音が聞こえてくる。

 機械室は上にあるようで、そこからチェーンがおり、どうやらこの下、足元に動力室があるらしい。

 こんな辺鄙な島で大掛かりの時計塔。そんな場所の動力室も気になるが今気になるのは上であった。幸い階段が降りており、そこを軽やかに登っていく。

 そして彼がたどり着いたそこは、小さな小さなアトリエだった。

 あの街で視た、数多の墓碑とはまた違う。荒れているアトリエ。そこに居た存在の憤りを感じさせる、割れた試験管を踏み音が鳴る。しかしそれは歯車の音で潰される。

 見える骨骨とした歯車は綺麗に手入れされており、まだ折れたりする心配はなさそうだったが。ギオが思うにここはアトリエとしてどうも落ち着かなかった。

「………あれは」

 彼がふっと気になったそれは、ベッドだった。

 ギオぐらいの男性が寝るには少々窮屈なベッド。近くにはデスクが置かれ、空っぽになったコップがさかさまにして置かれている。

「(このアトリエの主のものか?)」

 サイズから察するに、このアトリエの持ち主は女性なのかもしれない。素敵な聞こえではある、時計塔のアトリエに住む少女。

「(住む……?)」

 彼はベッドに落ち着かせていた視線を、まるで熱湯にでも触れたかのように跳ねさせ、それを探した。それとは生活の後である。

 そこにはコップがある。しかし水道らしきものはここにも下にもない。動力室には水道はあるだろうが、それはあったとしても動力に直結しているはずだ。

 して、デスクとコップがあっても皿や家具がない。アトリエの設備には火があるが、料理をするための物や樽の一つもない。

 ここには生活の欠片が微塵もないのだ。

 しかし、ベッドの小さな机だけがそこにある。

 机の辺りを調べようとして、彼は気付いた。いや、辺りを見回したのが良かったのかもしれない。そう、そこには埃が被っていなかったのだ。

 確かに歯車や設備が嫌に綺麗すぎた。この時計塔の鍵は誰が持って、誰が整備しているという話だった? まだ何も知らないのかもしれないが、確かな謎がそこに居た。

 資料の一つもなければ、レポートすらないこのアトリエで、彼は確かな違和感を掴んだ。

「この謎を埋める何か、きっと見落とした……いや、まだ知らぬだけだろう。あっ」

 そこでやっと、アイネを忘れたことにも気が付いた。



「ギオさあああああん!」

「さっきの彼なら、あっちの方に行ったけど。あっちは入り組んでるからねぇ」

 アイネはがっちり泣いていた。可哀想だが泣いていた。先ほどギオゼッタと話していた褐色の人が彼女に気づいてついてはあげたが、どうも彼の足どりが掴めない。

「なんでいつも基本的に忘れるのー!」

「いつもこうなの」

「毎回一人だもんー!」

 そうだったかは定かじゃないが、ちょいとした憤りを解き放つアイネ。相手も無理にギオゼッタを探すのではなく、彼女と一緒にいてやったほうがいいと思い始める。

 まぁ、それもこんな大声で感情を吐露していれば、きっと話が広まってあの学士も聴きつけるだろうと思ったからだったが。残念ながらその学士まがいは今、人気のない時計塔で思考を巡りに巡らせているのだ。

 もう驚きもしないが、この時点でギオゼッタはアイネを忘れたことに気付いている。

 なおかつ彼は思考を巡らせているのだ。

「ぇぐ、あのちょっと太った商人さん探せーって言われて……探してなかったけど、置いてくことないよー!」

 流石にもう涙は出てないが、しっとり濡れた頬に涙目のアイネの頭を優しくなでる褐色の彼女。後でギオゼッタは謝るか礼を言うか両方するべきである。

「あんな生真面目なのと一緒に旅してるんだ、付き合いは長いんだろう?」

「ぇぅっ……四週間ぐらい」

「四週間!?」

 そう、あれからまだ約四週間。道中、休んでは突き進みを繰り返し、時には移動手段を変えて速めるこの旅では、まだそんなに時間は経っていない。

 しかしまぁ四週間は四週間、長いとみるかまだまだとみるかは個人の価値観であろう。どうもこの褐色の人は、短いと判断したようだが。

「ありゃま、それじゃあ心当たりとかないかぁ」

「なぃ。色々教えてくれるって言ったのに、教わってない」

「あの学士さんの、教え子とかかい?」

「……うん」

 実のところ、教わってないのではない。教わる前に何処かへ行ってしまうか、忘れてしまっているか、先に寝てしまっているかである。

 これに関してはギオは悪くない。仕方のないことで片付け叱らないだけ彼はまだいいだろう。

 そんなこんなで、またしばらく時間が流れた。こうしていても仕方がないので、彼女はアイネの小さい手を引いて、ギオゼッタの姿を探しに動き出した。




 

 その頃、件の錬金術師はと言うと。

「寝泊りをしていたわけではないが、使われたであろうベッドがある。仮眠用にしては出来がいい…」

 未だ悩んでいた。

 彼は悩みながら、部屋の中で起こった小さな変化に気づく。陽が傾いたのだ。

 それでゆったりとアトリエの中が暗くなっている。気付いたからには探索を続けるために、中にろうそくでもないかと探すが、どうも見当たらない。水場が遠いのだ、火は近くにないのだろう、そう考えるがここはアトリエ。

 火がないのも違和感がある。それはつまり、灯りがない、ということだ。

「どういうことだ……? これでは、すぐにも暗くなり、研究どころじゃないはずだ」

 その通りなのである。ここにあるのは、見ただけでわかる、錬金術師のアトリエの跡である。そして通常、その輩は陽が昇ったのも知らずに研究に没頭するような人種だ。と、ギオゼッタはない記憶で思い込んでいる。

 しかしここには、没頭できるようなものはなく。むしろ逆なものがちりばめられているように思えてならないのだ。

 ここに居たのは本当に錬金術師なのか。いや……

「違う。錬金術師……だけだったのか……?」

 彼はがらんどうのベッドを見た。

 ゆっくりとアトリエの机に向き合い、ベッドを見据える。それは、自然に視界に入る位置取りだった。

 研究に没頭しながら、常に、そこに居た誰かを忘れないように、視界の端に確かに収めれる位置。ここはアトリエであるが、ここに立っていた錬金術師にとっての家ではなかったのだろう。

 しかし、ここに居なければならない人がいた、とする。

 錬金術師だけではないが、薬学にも精通している者が多い分野だ。だとすれば、こんな辺鄙な場所で身体を休め続け、誰かにそんな心配をかける存在と言えば。

「病人か……!」

 もういない存在に、彼が思い馳せたのは、陽がなおも傾き始めた頃だった。

 時計塔ががちりと音を立てた。きっと、また時を刻んだのだろう。

「ご明察だ。同教」




 ちくたくちくたく、手元がそろそろ暗くなってきた。

「ねぇ、調子はどう」

 ちくたくちくたく、進展はなかった。僕らの沈んだ太陽は、まだ海面に姿を現しはしない。

「そう、いいの。えっほ……私ばっかり……」

 ちくたくちくたく、そんなこと言わないでくれ。なんとか、僕がなんとかしてみせるから。

「ごめんなさい」

 謝らないでほしかった。

 謝りたいのはこっちのほうだった。

 何の打つ手もないのに。

 目の前でもっともらしく研究だの、解明だの。

 時計の針ですらあんなに進むのに、君の身体を蝕む病魔も進むのに。僕は未だ進めないでいるんだ。

「………ねぇ」

 間に合いはしないのが、考えれば考えるたびに解かっていった。それを君に伝えてしまわないよう、必死に笑顔を作った。

「私、旅をしてみたかったわ。我儘だけど、貴方と一緒に」

 沈んだ太陽が、もう二度と浮かばなくていい。ずっとこのままで居てくれと祈ったこともある。

「旅……行こう、いつか」

「………そうね」

「あぁ」

「………」

「あぁ」

 僕は全てを知った。そして俺は旅に出た。ついに私は手に入れた。

 全ての過ちが過去に過ぎ去り、誰しもが何もできないと悟った先へ。

 時計の針を戻す可能性を。




「見つけたんだな、老紳士(れんきんじゅつし)

「ふっ、そうならいいな」

「……今更戻ってきたんだ。やる気かね」

「あぁ」

 二人の間にある闇は、揺れていた。揺蕩う波のように。

「陽が沈む。どうだね、酒場で」

 老紳士(れんきんじゅつし)はたしかに誘っていた、若い錬金術師(ギオゼッタ)を。

 それはつまり、これから彼の真理が始まるということを、彼に告げているに等しいことだった。

 お茶が美味しい。

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