二度目の初恋
短いうえに、暗いです。
あの人が死んだと連絡があったのは、わたし達が別れを選んでから丁度10年になる日だった。
「祐次さんが、最後に呼んだのは、貴女の名前でした・・・」
やめてよ、そんな事聞かされても、わたしにどうしろって言うの?
『約束したんだ・・・、茅に・・・いつか俺の故郷を見せてやるって・・・茅』
なによ、しかたなかったんでしょ。
『・・・茅。俺は、お前とは結婚できない。お前を俺の世界に巻き込むことは出来ないんだ』
所詮住む世界が違ったんだもの。お互い分かってた事じゃない。
「今日、貴女をお呼びしたのは、コレをお渡しするためです」
そう言って、あの人の妻だった女がわたしに手渡してきたのは、小さな白い箱だった。
「何、これ」
持ってみれば、思いのほかズッシリとした重みのある小箱だった。
中には、この世で最も硬い、七色に輝く宝石が鎮座したリングが埋まっていた。
「・・・どういう事」
これがどういう意味を示すものなのか、分からないほどもう子供でもない。
「祐次さんが、10年前から唯一手放さなかった私物です。結婚前に、一度だけ見せてくれました」
やめて、やめて、やめて。今更、こんなもの欲しくなんか無い。聞きたくなんか無い。
「だから?わたしには、関係ない事じゃない」
思い出させないで。
「いいえ、それは貴女の物です。やっと、貴女にお渡しできる日が来ました」
知らない。そんな事、信じない。
「要りません。それに、本当にわたしに渡すつもりだったかどうかなんて・・・」
「いいえ、・・・リングの内側をご覧になってください」
少し悩んで、でも、結局、そのリングを箱から取り出して、言われたとおり内側を見ると、
“たとえ離れても、心は君の元に”
そんな言葉が、小さく刻まれていた。
「・・・・・・何よ、馬鹿じゃないの」
本当は、あなたと生きていく覚悟もあったんだよ。けど、あなたはそれを望まなかった。
「・・・違う・・・わたし・・・」
言わなかったのは、わたしだ。付いていく、と、一度も言ったことは無かった。
「・・・私は、貴女の事を知っていました。知っていて、結婚しました。後悔はしていません。あの人はとても優しくしてくれましたし、子供も授けてくれました」
知ってる。知りたくなんかなかったけど、噂が無情にもその情報をわたしに届けたから。
「祐次さんの心は、決して私には向きませんでしたけど、貴女に会おうとする素振りも一切見せなかった。だから、これで良いと思っていました」
そうだね。わたし達の最後の約束は、二度と会わないことだった。
「けれど、祐次さんが亡くなる間際に呼んだのは、貴女でした。それが、10年という年月と私達の結婚生活が出した、彼の答えでした」
なら、この女は、どんな思いで、わたしをこの場に呼んだのだろう。その表情は穏やかで、彼女の内心を窺い知る事は出来なかった。
「・・・コチラへ。あの人の顔を見てやってください」
そう言って、あの人の妻は、わたしを、あの人が・・・祐次が眠る棺へと案内した。
「祐次・・・」
変わってない。10年前に別れた時と何も変わってない。ただ、あなたのぬくもりがもう感じられないだけ。
「・・・冷たい」
頬に手を伸ばしても、昔のように手を握り締めてはくれない。
「わたしね、結局、誰とも結婚できなかったの。だって、貴方以上の男なんて、どこにも居ないんだもん。ねぇ・・・どうしてくれるのよ」
ぱたぱたと、自分の手に水滴が落ちてくる。
ああ、わたし、泣いてるんだ・・・。涙なんて、10年前に一生分流しつくしたと思ってたのに。
「ねぇ・・・何とか、言ってよ。昔みたいに、茅って・・・い・・・て」
もう、駄目だ。顔を見たら、もう、抑えが利かない。
「う・・・くっ、うああああああ!!!!」
何度、会いたいと叫んだろう。
何度、愛しさに苦しんだろう。
どうして、欲しいと、付いていくと言えなかったんだろう。
わたしはきっと、一生この想いを忘れることはないだろう。
もうずっとそうだったのだから。
そしてこれからも、永遠に。