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「200歳」10円
私は、布団の中で人間の寿命について悩んでいた。平均寿命なんて80歳ぐらいだろう。なぜ、こんなにも短いのか。男ならもっと短い。
天井を見上げていると、翼の生えた人らしき者が現れた。物語では天使といわれている。
「お前は、他の人間よりも長生きしたいか?」
うさんくさいが、私は性格的にすぐ人を信じるタイプだった。長生きできるなら、それはしたいと思う。歴史上の人物や、英雄の多くは最後の最後に、生にしがみつく。富、名声、権力、家族を手に入れても、生を欲しがる。私は一般市民だが、こんなチャンスまたとない。
「長生きしたい」
「わかった」
天使が私にぶつかって来た。胸の中に溶け込むように、姿を消した。
手で胸を触るが、別にかわったことはなかった。
妻が、寝室にいる私を起こしにきた。
「パパ、誰と話していたの?」
「いや、なんでもない」
パジャマをめくり、胸を鏡で見るが、何も変わって無かった。顔を洗うと、食卓の席に着く。
息子や妻と一緒にご飯を食べた。私の話しなんて、誰も信じないだろう。夢だったのかもしれなかった。
「ごちそう様」
髭を剃り、髪を整えた。スーツに着替え、ネクタイを結ぶ。
鞄を持つと、手を振った。
「いってきまーす」
「いってらっしゃーい」
妻は笑顔で見送る。
徒歩十分の駅から電車に乗り、通勤する。窓から見える景色を眺めながら、ぼーっとしていた。
会社に着くと、書類の一番上に置いてある。新プロジェクトA-503の仕様書を見ていた。携帯電話のアプリのプログラムだ。
「リーダー、今日も頼むよ」
気安く私の肩を叩くこいつは、同じ会社に入社している同級生で、専門学校の頃からの友人だった。友人は、違う職場にいたのだが、リストラに合い、私が今の職場へ誘った。たまたま、私がチームリーダーだったので、上と話をして同じチームに入れた。
「ああ、A-503の納期は3ヶ月だ。納期に間に合わせろよ」
「わかってるって」
納期が近くなれば、土日祝日返上で、夜勤も必要な仕事である。
平日は仕事、土日は家族サービス。1年ずつ年を重ねる。
若い頃は徹夜しても平気だったが、だんだんと衰えてきた。
息子も社会人となって、妻を娶った。
私もママも、家庭を持ってくれて安心した。
三年後、孫も生まれ皆幸せだった。
私は、意識して鏡を見た。去年と変わらない。CD-ROMに焼いてある写真を見ても、同じしわの数、同じ髪の量、同じ髪の色。全身の筋肉量も健康的だった。妻を見ると、しわだらけで、髪は減り、白髪だ。全身やせ細り、老化を感じる。
妻は私に問う。
「なんで、パパだけ年をとらないの?」
「わからない」
妻は必死にアンチエイジングを心がけた。あらゆるものを試したが、ついに埋まることは無かった。
私は、妻の葬儀で喪主を務めた。
葬儀が終わると、息子が私に言った。
「パパが若いのは嬉しいけど、ママがかわいそうだった」
ぐっと私の胸を打つ。老けない自分を、憎くも思った。
「……」
涙声の言葉なんて、出せなかった。
翌年、友人も死んだ。
「成績優秀で、仕事もテキパキこなす頼りになるやつだった。少々まじめ過ぎたが」
「ご愁傷様です」
親族の悲しい姿は、辛くて見て居られない。
月日が流れ、明らかに息子が私より年をとった。息子は、病にもかかっている。
私は、息子のお見舞いへ行った。
「なんで、パパだけ年をとらないの?」
「わからない」
妻と同じ質問だった。
息子は、延命治療を受け、余命宣告よりも長く生きた。その間も私は、健康だった。
知っている者は、次々と亡くなった。いつまでも健康的な私を気味悪く思い、親族たちは連絡をよこさなくなり、疎遠となった。
息子の嫁も亡くなった。
私が140歳になった頃、世界一の長寿とテレビやマスコミが面白がって、取材の電話を掛けてくるが、全て断った。
役所からの毎年贈られる表彰状も、焼き捨てた
30年後に、孫も亡くなった。
私は天涯孤独だった。近所の人たちも、私のことを気味悪く思っているらしい。挨拶しても返ってこない。
孫よりも、長寿命の私を、誰が愛してくれるだろう。
一人は、本当に辛かった。一日一日が苦痛で、死のうとも考えた。しかし、朝になれば、精神力が回復し死ぬ気が失せる。
精神力も、健康体なのだ。
私は誰よりも長生きだった。どんな歴史上の人物、英雄も手にしたことはないだろう。
思い出にふける。
なかでも、100年前の妻との会話。
「いってきまーす」
「いってらっしゃーい」
何気ない言葉だが、一番使用した言葉かもしれない。私が見送られる立場でいたかった。
私は、200歳の誕生日を迎え、200歳の姿となり生を失った。
私にとって、彼は天使なのか、それとも悪魔だったのかわからなかった。
完