表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「200歳」10円小説家で検索

「200歳」10円


 私は、布団の中で人間の寿命について悩んでいた。平均寿命なんて80歳ぐらいだろう。なぜ、こんなにも短いのか。男ならもっと短い。

天井を見上げていると、翼の生えた人らしき者が現れた。物語では天使といわれている。

「お前は、他の人間よりも長生きしたいか?」

うさんくさいが、私は性格的にすぐ人を信じるタイプだった。長生きできるなら、それはしたいと思う。歴史上の人物や、英雄の多くは最後の最後に、生にしがみつく。富、名声、権力、家族を手に入れても、生を欲しがる。私は一般市民だが、こんなチャンスまたとない。

「長生きしたい」

「わかった」

天使が私にぶつかって来た。胸の中に溶け込むように、姿を消した。

手で胸を触るが、別にかわったことはなかった。

妻が、寝室にいる私を起こしにきた。

「パパ、誰と話していたの?」

「いや、なんでもない」

パジャマをめくり、胸を鏡で見るが、何も変わって無かった。顔を洗うと、食卓の席に着く。

息子や妻と一緒にご飯を食べた。私の話しなんて、誰も信じないだろう。夢だったのかもしれなかった。

「ごちそう様」

髭を剃り、髪を整えた。スーツに着替え、ネクタイを結ぶ。

鞄を持つと、手を振った。

「いってきまーす」

「いってらっしゃーい」

妻は笑顔で見送る。


徒歩十分の駅から電車に乗り、通勤する。窓から見える景色を眺めながら、ぼーっとしていた。

会社に着くと、書類の一番上に置いてある。新プロジェクトA-503の仕様書を見ていた。携帯電話のアプリのプログラムだ。

「リーダー、今日も頼むよ」

気安く私の肩を叩くこいつは、同じ会社に入社している同級生で、専門学校の頃からの友人だった。友人は、違う職場にいたのだが、リストラに合い、私が今の職場へ誘った。たまたま、私がチームリーダーだったので、上と話をして同じチームに入れた。

「ああ、A-503の納期は3ヶ月だ。納期に間に合わせろよ」

「わかってるって」

納期が近くなれば、土日祝日返上で、夜勤も必要な仕事である。


 平日は仕事、土日は家族サービス。1年ずつ年を重ねる。

若い頃は徹夜しても平気だったが、だんだんと衰えてきた。

息子も社会人となって、妻を娶った。

私もママも、家庭を持ってくれて安心した。

三年後、孫も生まれ皆幸せだった。


私は、意識して鏡を見た。去年と変わらない。CD-ROMに焼いてある写真を見ても、同じしわの数、同じ髪の量、同じ髪の色。全身の筋肉量も健康的だった。妻を見ると、しわだらけで、髪は減り、白髪だ。全身やせ細り、老化を感じる。

妻は私に問う。

「なんで、パパだけ年をとらないの?」

「わからない」

妻は必死にアンチエイジングを心がけた。あらゆるものを試したが、ついに埋まることは無かった。


私は、妻の葬儀で喪主を務めた。

葬儀が終わると、息子が私に言った。

「パパが若いのは嬉しいけど、ママがかわいそうだった」

ぐっと私の胸を打つ。老けない自分を、憎くも思った。

「……」

涙声の言葉なんて、出せなかった。


翌年、友人も死んだ。

「成績優秀で、仕事もテキパキこなす頼りになるやつだった。少々まじめ過ぎたが」

「ご愁傷様です」

親族の悲しい姿は、辛くて見て居られない。


月日が流れ、明らかに息子が私より年をとった。息子は、病にもかかっている。

私は、息子のお見舞いへ行った。

「なんで、パパだけ年をとらないの?」

「わからない」

妻と同じ質問だった。

息子は、延命治療を受け、余命宣告よりも長く生きた。その間も私は、健康だった。


知っている者は、次々と亡くなった。いつまでも健康的な私を気味悪く思い、親族たちは連絡をよこさなくなり、疎遠となった。

息子の嫁も亡くなった。

私が140歳になった頃、世界一の長寿とテレビやマスコミが面白がって、取材の電話を掛けてくるが、全て断った。

役所からの毎年贈られる表彰状も、焼き捨てた

30年後に、孫も亡くなった。


私は天涯孤独だった。近所の人たちも、私のことを気味悪く思っているらしい。挨拶しても返ってこない。

孫よりも、長寿命の私を、誰が愛してくれるだろう。

一人は、本当に辛かった。一日一日が苦痛で、死のうとも考えた。しかし、朝になれば、精神力が回復し死ぬ気が失せる。

精神力も、健康体なのだ。

私は誰よりも長生きだった。どんな歴史上の人物、英雄も手にしたことはないだろう。

思い出にふける。

なかでも、100年前の妻との会話。

「いってきまーす」

「いってらっしゃーい」

何気ない言葉だが、一番使用した言葉かもしれない。私が見送られる立場でいたかった。


私は、200歳の誕生日を迎え、200歳の姿となり生を失った。

私にとって、彼は天使なのか、それとも悪魔だったのかわからなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ