第十六話 フェンリル
「だから、何処に行こうとしてるんですか?」
「行けばわかる」
脇腹の傷による痛みをこらえながらフラフラと歩くユウ。
ついて行くシエル。
しばらく歩くと、光の発生源へとたどり着いた。
『よく来て下さいましたね………ありがとうございます』
光の発生源であり、声の主であるそれは、狼だった。
少し薄い黒の体毛をもち、雷のような模様をその毛並みに浮かばせ、地面にその身を横たわらせている。
『あなたをここに呼んだのはほかでもありません。あなたに頼みたいことがあるのです』
「わぁ~!すごい!ねぇユウさん!きれいな毛並みの狼さんですね!でも、怪我してます…」
確かに、その狼の腹は血で濡れていて、血溜まりを作り、刻一刻と血溜まりを大きくしていた。
「何をだ?」
『二つお願いしたいのです………まず、一つは私の子、この子をお願いしたいのです』
ひょこっと狼の後ろから狼耳が飛び出た。
そしてユウの目の前まで来ると、バウッと吠えた。
『そして、二つ目のお願いは、私を殺していただきたいのです』
「……………は?何を言っている?何故だ?」
ユウは疑問の声を上げる。
何故この狼は自分を殺せと言った?
『私達は《フェンリル》という種の『魔族』です』
そのフェンリルの話によると
フェンリルは基本群れで行動し、いろいろな大陸を移動しながら暮らす種族であり、彼女達はその群れからはぐれてしまったらしい。
群れからはぐれ、衰弱していた頃、先ほどの魔物に襲われ、毒を食らってしまったらしい。
そして、何とか逃げ出し、近くであの魔物を倒す者を待っていたそうだ。
『あの魔物の毒は、もう完全に身体中に回ってしまいました。今から治療を初めても間に合いません。ですからどうか、あなたに私を殺してほしい』
ワンッと子フェンリルがユウに向けて鳴き声を上げる。
その声はまるで『楽にしてやってくれ』と言っているようだった。
「本当にいいのか?」
『はい、お願いします』
フェンリルの下へと行き、《エンドキャリバー》を構える。
「思い残すことはないか」
『はい、最後まで気を配って下さるなんて、優しい方なんですね。そんな方にあの子を託せてよかった』
そう言葉を残し、親フェンリルはこの世を去った。
親フェンリルの声が聞こえていなかったため、ポカーンとしているシエル。
そんなシエルを放置して、子フェンリルの前に立つ。
「お前は俺と一緒に来い。あいつに託されたからな」
しゃがみこんで、子フェンリルにできるだけ目線の高さを合わせて話しかける。
「ワンッ!」
「ねぇユウさん!その子に名前を付けてあげたらどうですか?」
話において行かれていたシエルが、なんとなく状況を察知しユウに提案する。
「名前?」
子フェンリルの顔をじっと見つめると、その青色の瞳がユウの目を見つめ返した。
「よし、お前の名前はジンライだ」
理由は黒い毛並みにある雷のような模様が、黒雲の中に光る稲光に見えたからという単純なものである。
「ワンッ!」
しかし、ジンライはその名前を気に入ったようで、尻尾を振りまくっていた。
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「俺達がいないうちにそんなことになっていたのか」
親フェンリルを弔い、《エルシーア》に戻ると、シエルが魔物が討伐されたことを王に報告した。
報告を受けた王はすぐに宴を開き、村人総出での宴が始まった。
そこで、ちょうど《ゼルベス山》からユウを探しに降りてきたゼノン達と再会したというわけである。
「お前等こそ、目的は終えたのか?」
「ああ、あそこでの目的は終わった」
そうか、とだけ言い、ジンライに宴で出された料理をやる。
「フェンリルか………何故そんな高位魔族が…」
「さっきも話したが色々あってな、ほらこの通りおとなしい奴だ」
ブツブツと唸っているゼノンにジンライを撫でてみせる。
ジンライを撫でていると袖を引かれた。
見ると、フィロがこちらを羨ましそうに見つめていた。
「……触っていい?」
「好きにしろ」
フィロが嬉しそうに目を輝かせ、ジンライを触り始めた。
同じ狼同士何か通じる物があったのか、ジンライも特に反抗せずに為されるがままにしている。
しばらくゼノンと会話しているとシエルがやってきた。
「ユウさん!フレースヴェルクの調理ができましたよ!」
見ると大量のフライドチキンやらなんやらが運ばれていた。
「よし、食うか」
それを見るやいなやユウは料理のもとへと駆けていき、料理を次々と頬張る。
それを無表情で眺めるゼノン。ユウについていき、一緒に食べるシエル。
ジンライを触って喜んでいるフィロ。
皆さまざまに宴を楽しんでいた。
「君が魔物を討伐してくれたユウ・カザキリか?」
「ん?」
ユウがひたすら料理を食べていると金の長髪の若い男が現れた。
しかし、その雰囲気は年齢にしては静かなもので、年期を思わせた。
エルフは人間とは比べものにならないほどの長命で、成長過程の途中で成長が止まり、若い容姿のまま死んでいく。
「私は《エルシーア》国王のライアン=ベル=グラフェンだ」
「その国王サマが何のようだ?」
「君は我が国の未来を救ってくれた。何かお礼がしたいんだ。何でもいってくれ」
ユウは手にとっているフレースヴェルクを使った料理を示しながら
「報酬はもらってる」
「それは我が娘シエルとの契約の報酬だろう。私はそれとは別でお礼がしたいんだ。君は文字通り我が国の未来を拾ってくれた恩人だ」
うーん、と考えるユウ。
彼はフレースヴェルクを魔物にとられるのが嫌だったから討伐しただけで、別に《エルシーア》を救おうとか思っていたわけでもないのだ。
しかも、目的の物は既に手に持っている。
「じゃあ、俺が何か助けてほしいときにそれを助けてくれ」
考えた結果、先送りにすることにした。
「わかった。君が何かを為そうとするときは必ず《エルシーア》総出で手伝おう」
ユウの申し出に肯定の意を示し、ユウに手を差し出した。
「ああ、その時は頼む」
ユウはその握手に応えた。