第十五話 マンティコア
「む、無理ですよ!」
ユウの宣言をシエルが即座に否定した。
「あの魔物には、兵士も何人か殺されているんです!」
ユウは自分の宣言を否定され、軽く機嫌を悪くしながら
「それはお前らが魔法に頼り切りな戦法をしていただけだろう」
痛いところを突かれ、シエルが黙り込む。
メイドが黙ってしまったシエルに代わり、ユウに言う。
「しかし、ユウさん。あなたは冒険者でしょう。ならば、窮地を魔法で乗り越えたという事も何度かあるでしょう?あの魔物にはそれが通じません。それに、我々エルフが魔法に頼り切っていたという事を抜いても、あの魔物は相当な強さです」
なるほど、確かに普通の冒険者ならば、危なくなったら魔法を使い危険を脱すという戦い方をしている者も多いだろう。
しかし、ユウは普通ではなかった。
「俺は魔法は使えん」
胸を張り、自慢にならないことを自慢げに言う。
ポカーンとしている二人に対し、言葉を重ねる。
「俺なら大丈夫だ、あのでかい鳥フレースヴェルクは俺が倒した」
正確にはゼノンとフィロとの三人でだが。
「……………………確かに、あれほどの魔物を退治できる実力の持ち主なら…」
メイドがユウの言葉を聞き、呟きをもらす。
「魔物の詳細情報をくれ」
ユウが情報を求めると、俯いていたシエルが顔を上げる。
「わかりました。ユウさんに魔物の退治を頼みます。しかし、ユウさん。あなたは対価に何を求めるのですか?」
「フレースヴェルクを俺のために調理しろ」
一瞬の沈黙。
「え?今なんて?」
「だから、フレースヴェルクを使って俺のために料理を作らせろと言っている」
メイドとシエルは顔を見合わせて不思議そうな顔をしている。
そんなにおかしな事を言っただろうか?とユウが少し不安になっていると、何事かをシエルとメイドが話した後、メイドは廊下を戻って行ってしまった。
「ユウさん。あなたという人が何となくわかった気がします」
「こんな短時間でわかった気になられるとは心外だな」
「では、あの魔物についての情報をお伝えしますね」
その時、ユウの腹から音が鳴った。
無理もない、昨日の昼から何も食べていない。
シエルは「ふふっ」と笑うと
「その前に朝食をとりましょうか。今、サラに取りに行かせたところですから」
なるほど、あのメイドはサラという名前なのかと、今更判明した名前を思い、シエルに促され、部屋の中へと戻った。
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「あの魔物の名前はわかりません。しかし、形状、能力はある程度わかります」
部屋に戻った後、メイドのサラが持ってきた朝食を取り、魔物についての説明を受けた。
シエルの説明によると
魔物はベースはライオンで、背には黒い羽、尾はサソリをかたどっているらしい。
マンティコアかよと思ったか口には出さない。
羽は持っていても飛行能力はなく、尾からは毒を放出するらしい。
それ以外には魔法を無効化する事しかわからないらしい。
「なるほどな…。まあ事前情報はこんなもんでいいだろう。後の穴は実戦中に埋めればいい」
立ち上がり、長時間説明を受けていたため、伸びをする。
「魔物の所まで案内しますよ」
「お前は王女だろ?自由に歩き回っていいのか?」
「昨日言ったとおり、名前だけですから」
そう言って、寂しげに笑った。
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外に出て、その魔物が住処としているという場所にシエルの案内で向かう。
「おいシエル。その弓矢はなんだ?」
「これですか?私も手伝おうかと思って」
「いらん。むしろ邪魔だ」
「えー」
手伝いを拒まれただけでなく、迷惑とまで言われ、シエルは凹んでしまった。
「お前らが戦ったときも使ったんだろ?結果でて無いじゃねぇか」
「う~。わかりました。案内だけにとどめておきますよ」
シエルは手伝いをしぶしぶ諦めた。
「ところで、魔物はどんなところに住んでるんだ?」
現在、ユウ達は森の中を歩いていて、魔物の住処になりそうな物はいっこうに見あたらない。
「着けばわかりますよ。もうすぐですから………………ほら、聞こえてきた」
何がだ、と思った瞬間、ゴオォォォと聞こえた。
「何の音だ?」
「あの先に出ればわかります。そして、そこが魔物の住処です」
そうして示された先に出ると、滝が見えた。
(あの音はこいつが原因か)
滝はかなり高いところから落ちてきているらしく、滝の開始点は見える位置にはなかった。
「グオォォアォォ!」
ユウが滝を見上げていると、咆哮が聞こえた。
咆哮の発生源を見ると、ライオンに黒い羽、サソリの尾、と説明を受けたとおりの容貌の魔物が、こちらを威嚇していた。
『貴様『人族』か!!エルフどもめ!大人しくしていろと言ったはずだがな!』
魔物が口を開き、音を発した。
しかし、口から音を出しているのではなく、魔力か何かで音を伝えているのであろう。
口の開閉と音のタイミングとがバラバラだった。
『まあよい。まずは貴様を殺して、我が腹のたしにしてくれよう!』
大地を蹴り、飛びかかってくる。
(なっ……はや!)
弾丸のごときスピードで間合いを詰め、ユウの喉元を噛みちぎろうと、鋭い牙の生えた口腔を開き、首をねらう。
「させねぇよ!」
魔物と地面の間に体を滑り込ませ、回避。
魔物が着地する瞬間、【異界収納】から鉈を取り出し、脚へと投げつける。
ガキンッ!
魔物の足へとぶつかった瞬間、真っ二つに折れた。
(なるほど、防御力もかなりあるな)
こちらへ向き直った魔物は、尾の先をこちらへ向けた。
(ん?何を…………うお!?)
何をする気だろうかと見ていると、尾の先から液体を放った。
ユウはそれをバックステップで避けたが、ユウの居た場所ではフシュゥゥゥゥゥという音とともに地面が溶けていた。
(なるほど、毒ってのはこれか!!)
そういえば尾から毒を出すとシエルが言っていたな、と思いながら放出される毒液を避ける。
(あ!そういえば、アレが使えるか?)
足を止め、毒液が飛んでくる。
ユウに当たる直前に、ユウのまわりで風が巻き起こり、毒液を跳ね返した。
『何!?』
エルフとの戦闘時には似たようなことをした者はいなかったのか、魔物から驚愕の声が漏れ、慌てて避ける。
フシュゥゥゥゥゥ。
慌てて避けたことにより、魔物は着地を失敗し、ズルッとこけた。
その隙を縫い、瞬時に距離を詰め、《エンドキャリバー》で斬りかかる。
しかし、ユウの目の前に、突然土の杭が地面から飛び出た。
(やっぱりコイツ!魔法も使えたのか!!)
情報にはなかったが、その可能性は予想していた。
「そんなもんで俺の道を阻めると思うなよ!」
しかし、ユウは出現した土の杭を斬り、魔物に向かって《エンドキャリバー》を上段に構える。
その時、倒れている魔物の口がニヤッと歪んだ。
「!?」
それを見咎め、バックステップで魔物から距離をとる。
ブオッ!。
魔物を中心に、砂塵が渦を巻く。
気づかずにあのままいたら、巻き込まれて多大なダメージを食らっていただろう。
『よく気づいたな人間。なかなかやるではないか。我も本気でやらせてもらおうか』
砂塵の渦の中心で立ち上がり、姿勢を低くする。
(何をするつもりだ?)
砂塵の渦が爆散した。
大量の砂がユウを襲う。
(クソ!前がっ!?)
顔を腕でガードしていると、横腹に熱さを感じた。
見ると《コートオブノワール》が裂け、血が出ていた。
粉塵の爆散が終わった。
(クソ!今までで一番いてぇ!)
傷口を確認しようとしたとき、背後に脅威を感じて、大きく上へと跳躍し避ける。
すると今度は土の杭が伸びてくる。
身を捻り避けながら着地。
(駄目だ!このままじゃ防戦一方だ…仕方ない、アレを使うか)
【加速】を発動したタイミングで、同時にユウの体を紅いオーラが包み、体に力があふれてくる。
流れっぱなしになっていた血が【紅の激昂】の発動条件に達したのだろう。
『む!?貴様、その紅いオーラ…何者だ?』
ユウの変化に脅威を感じているのか、魔物が低く唸る。
「俺はただの偽能使いだ!」
その言葉が魔物の下に届いたとき、ユウは既に魔物の背後にいた。
『なっ!?』
魔物がそれに気づき、尾で攻撃しようとするが、もう遅い。
魔物の尾は既にユウに斬り落とされ、魔物の支配下にはなかった。
それに気づいた魔物は怒りの叫びをあげ、土の杭でユウを狙う。
しかし、土の杭はユウを貫く事はなく、宙を突き刺した。
ストン、とユウが魔物の目前に着地したとき、魔物の両翼から血が噴き出した。ユウは《エンドキャリバー》を上段に構える。
『グオォォアォォ!人間!キサマァァァ!』
魔物の悲痛な叫びが森に響き、《エンドキャリバー》が振り下ろされた。
ドサッ。
魔物は力を失い、地面へと横倒れになった。
「…………何とか勝てたか?」
《エンドキャリバー》を納刀し、勝利して安心し、倒れそうになる体に鞭をうち、こらえる。
すると、ユウの勝利を確認したシエルが大急ぎで走ってきた。
「ユウさん!怪我してるじゃないですか!!横になってください!治療します!ああ!大丈夫ですか!?」
ペタペタとユウの体を触り、目立つ脇腹の傷以外に怪我はないか探す。
「はぁ………大丈夫だからベタベタ触るな」
そんなとき、ユウの脳内に声が響く。
『こちらへ…こちらへ来て下さい…』
柔らかな女性の声。
「誰だ!何処にいる!!」
『こちらです………どうかこちらへ…』
回りを見渡すと、森の奥の方に僅かな光が見えた。
「え?ユウさんどうしたんですか?急に叫びだして」
「聞こえてないのか?」
「何がですか?」
不思議そうに首を傾げているシエルを尻目に、僅かに光が見える方へと歩く。
「あ!どこ行くんですか!!待って下さいユウさん!」
ちなみに、毒を弾いた風は【風の鎧】です