第十四話 エルシーア
目を開くとそこは知らない天井だった。
「あ!目を覚ましましたか?」
声のした方に目をやると、大きな瞳の綺麗というより、可愛いと評価されそうな少女がいた。
少し暗めな金髪を腰まで下ろしていて、まばゆく輝くイアの金髪とは対照的である。
しかし、何よりも目を引くのは彼女の耳だった。その耳は長く伸びていて、エルフの特徴そのものだった。
「良かったぁ………危うく死んじゃうとこだったんですよ?」
「ここは?」
「あれ?覚えてないんですか?空から降ってきたんですよ?大きな鳥さんと一緒にあの辺に」
ユウは記憶を探り、思い出す。
(そうだ、フレースヴェルクを倒してそのまま落ちたんだ…)
少女が示した方を窓から見ると、フレースヴェルクが倒れていた。
更に、その上の方を見上げると《ゼルベス山》が見えた。山頂は見えなかったが…
(あんなとこから落ちてきて無事とはな………)
「あの~大丈夫ですか?まだ意識が朦朧としてるとか…一応しっかりと治療はしたんですが…」
「いや、大丈夫だ。問題ない」
そう言って体を起こす。
少し胸の辺りに痛みが走ったが、問題ない。
「助けてもらってすまないな」
「いえ!あ!そうだ!お名前を教えてもらえますか?」
「ユウ・カザキリ」
「ユウさんですね?私はこのエルフの国の第三王女のシエル=ベル=グラフェンです。まあ、第三王女って言っても名ばかりなんですけどね」
最後の部分を自嘲気味に笑っていった。
(そうか、どうにも高級品が揃った部屋だと思ったら…王族だったか)
イアといい、このシエルといいどうにも自分は王族と縁があるようだ。
トントン。
ノックの音が聞こえ、失礼いたしますの声とともに扉が開かれ、メイド服を着た、これまた金髪のエルフが現れた。
「シエル様、先ほどの方のお加減は…」「はい。無事に起きましたよ!」
そう言って、椅子から立ち上がり、メイドからユウが見えるように横に退いた。
「あら、本当でございますね」
口に手を当て、上品に笑ってみせる。
「ああ、世話になった」
「では、私はそれだけを確認にきたので」
そう言って、メイドは一礼して部屋から退出した。
「悪い、もう少し眠っていいか?」
「はい。どうぞおやすみなさい!」
ユウは許可を取り、目を閉じて、意識を睡魔へと委ねた。
************
朝の日差しで目が覚めた。
どうやら少しのつもりが、1日眠ってしまったようだ。
体を起こしてみると、昨日胸に感じた痛みはない。
ベッドからでようと布団を返そうとすると、左側に何か引っかかりを感じた。
ユウは引っかかりの原因を探るべく左を見る。
「………………」
そこには、シエルがいた。静かに寝入っており、ユウが布団を返そうとするのに抵抗するかのように布団を掴んで放さない。
ユウは首を振り、気のせいだ幻だ、と天井を見上げる。
数秒経過。
もう一度左を見ると、やはりそこではシエルが眠っていた。
どうやら認めるしかなさそうである。
自分はこの少女と同衾していたと。
(まあいいか。気にするだけ無駄だ)
布団を返すのを諦め、ベッドから落ちるように這い出る。
立ち上がり、まどの外を見ると昨日フレースヴェルクがいた場所にはもうフレースヴェルクは無かった。
恐らく、誰かが移動させてしまったのだろう。
昨日のままの衣服を着替え、近くに掛けられていたコートを羽織る。
「んん~!あれ?ユウさんもう起きたんですか?」
どうやらシエルも目を覚ましたようで、のそのそと起き上がった。
「おはようございますユウさん」
「ああ、おはようシエル。顔を洗いたいんだがどうすればいい?」
するとシエルはまだ意識がはっきりしていないのか、フラフラとした足取りで机へとむかい、桶を持ってきた。
どうするのだろうかと思い見ていると、シエルは桶へと手をかざし、目を閉じた。
次の瞬間、桶の上に水の球が生まれ、バシャンと桶へと落ちた。
恐らく水属性魔法の類だろう。
「はい、これで洗ってください」
そう言って桶をユウへと差し出した。
桶の中の水は透き通っていて、冷たさが伝わってくる。
「ああ、すまないな。ありがとう」
ユウは桶を受け取り、顔を洗う。
顔を洗ったところで、そういえば何で顔を拭こう、と思っていたら横からタオルが差し出された。
(………何だこいつ。異様に気が利くな…)
タオルで顔を拭き、シエルにどうすればいいか尋ねる。
「この桶とタオルはどうすればいい?」
「あ!貸してください」
ユウとは別の桶で顔を洗っていたシエルはユウからタオルと桶を受け取ると、机の上に並べた。
何をするつもりだろうか、とユウが見ていると、水を出して見せたときと同じように桶へと手をかざした。
(ほう、火属性魔法も使えるのか)
桶からは蒸気が一瞬上がり、水が消えていた。
タオルからも蒸気が上がり、水気が消えていた。
一通り作業を終えると、物珍しそうに見ているユウに気づき照れ笑いを浮かべた。
「あの~ユウさん?着替えたいので、部屋の外に行ってもらってもいいですか?」
「わかった」
扉を開き廊下に出る。
廊下に出て、しばらくボーッとしていると、昨日のメイドが現れた。
「シエル様は起きてらっしゃいますか?」
「ああ、今は朝のお着替え中だ」
「そうですか。もう動いても大丈夫なのですか?」
「ああ、問題ない」
メイドと会話をしていると、扉が開き、着替えを終えたシエルが出てきた。
「おはようございますシエル様」
「おはよう!」
元気よくメイドに挨拶を返している姿を見るに、眠気は完全にさめたらしい。
「そういえば、フレースヴェルクはどうしたんだ?」
先ほど窓の外を見たときから思っていた疑問を尋ねる。
すると、途端にメイドとシエルの表情が暗くなった。
「それをお伝えするにはまず、この国の現状をお伝えしなきゃいけませんね…」
シエルはそう切り出し、ぽつりぽつりと《エルシーア》の現状を語り出した。
「そもそも、この《エルシーア》は国と称してはいますが、その規模は小さな村程度です。それでも毎日を楽しく生きていました。森で狩りをし、野菜を育て、川で魚を捕る。子供達は笑い、大人達も笑う。そんな生活をしていました。しかし…ある日、ある魔物が現れて、我々エルフに食料として、国の子供達を要求しました」
よくある話だ、村に悪者が突然現れ、女子供や食料を要求する。
力無い村人達は無抵抗で要求された通りにするしかない。
しかし、それは『力無い村人』に限った話。
「エルフは魔法に長けてるんだろ?戦いはしなかったのか?」
エルフは『亜族』の中では異質で、基本は魔法が使えないかわりに身体能力が高い『亜族』の中で、逆に魔法に長けていて身体能力が低い種族であった。
そんなエルフが『力無い村人』な訳がない。
「はい、私達も応戦はしました。しかし、あの魔物には魔法が効かなかったのです。」
なるほど、とユウは呟く。
エルフは身体能力に関しては人間にすら劣る。更に、幼い頃から魔法を使いこなすので、それ以外を研鑽する必要もなく、魔法が通用しない敵にあらがう術はないという事だ。
だから
「だから、子供達を生け贄に捧げたのか?」
その問いを発したとき、空気がより一層重くなったのを感じた。
「……………………はい。既に五人ほど」
「そうか………」
子供を生け贄に捧げるという行為に憤りを覚えないでもないが、ユウが知りたかったのはこの国の不幸な現状ではない。
「それで?フレースヴェルクはどうしたんだ?」
この問いにはメイドが答えた。
「既に解体し、今日中にでも魔物のもとへ運ぼうかと」
「何?」
瞬間、ユウの目がギラッと光る。
今、このメイドはなんと言った?『魔物のもとへ運ぶ』?
「………ざけるな…」
「え?」
「ふざけるな!何故魔物なんぞに俺の飯をやらなければならない!おいメイド!」
「は!はい!」
突然叫びだしたユウに気圧され、若干どもりながら返事を返す。
「魔物に持ってくって事は、魔物が居なければいいって事だよな?」
「え?まあ、それはそうですが…まさか」
「ああ、やってやるよ。俺がその魔物を退治してやる!」
生け贄になる子ども達のためでも、魔物により今までの生活を崩された国民のためでもなく自らの食欲のために魔物退治を宣言した。