第十話 ブラッドベイアー
「俺は今回、あくまで補佐だ。基本的にはユウに任せる」
「ああ、任せろ」
その申し出はユウにとっても本意のものだった。
「あのクマには俺がとどめをさす」
ブラッドベイアーはその長い爪で地面をえぐり、土の塊を弾き飛ばしてきた。
ユウはそれを回避すると、ブラッドベイアーの懐へと飛び込む。
(貰った…!!)
そう思った直後、横から何かにかっさらわれた。
「フォルス、何をするんだ離せ」
「何を言ってる、危うく死ぬところだったぞユウ」
見ると、さっきユウが居た場所には、ブラッドベイアーの爪があった。高さは丁度ユウの首の位置。
背筋がゾッとした。
フォルスがいなければ、あの爪に首を裂かれて死んでいたことだろう。
(予想以上に速いって事か)
ある程度離れた所で、フォルスに放してもらう。
「ユウ、気をつけろ。アイツは案外素早い、相手の動きを見紛うと戦場では生き残れない」
「わかってる、油断しただけだ」
フォルスはその油断が命取りだと説明しているのだが、ユウはそれに対して虚勢で返し、ブラッドベイアーの前へとかけていく。
ブラッドベイアーはユウに対して挟み込むように爪を振った。
(よし!今度は動きがわかる!)
そして、爪がユウに当たる直前、ユウは回転しながら、ブラッドベイアーの頭の上まで跳んだ。
そして、回転の勢いを使ってブラッドベイアーの頭を斬りつける。
いわば兜割りである。
(ちっ!浅い!)
しかし、致命傷を与えられるほど深くは斬れなかったのか、ブラッドベイアーは血を流しながら咆哮した。
「注意しろユウ、手負いの獣は恐ろしいぞ」
「そんなことはわかってる」
そんなやりとりをしていると、突如、元々赤かったブラッドベイアーの毛並みが、より深い紅へと変貌していく。
それに伴い、毛並みだけでなく、瞳も紅へと変わっていた。
「おいおい、何だよあれ」
「俺にもわからないが、注意したほうが良さそうだな。」
ブラッドベイアーは前足を地に着け、四肢を使って土煙を上げながら突進してきた。
それをユウは上に跳んでよけ、フォルスは横に跳んで避けた。
(かなり速いな…、あれを食らったらひとたまりもなさそうだ)
ブラッドベイアーは衝突の衝撃で折れた木からユウへと視線を移し、再度咆哮。
咆哮の重圧にユウが怯んでいると、ブラッドベイアーの爪がユウへと迫る。
(やばっ…!)
それをユウは身を捻って避け、捻った勢いで体を回転させ、ブラッドベイアーの胴を斬りつけた。
悲鳴が上がった。
ブラッドベイアーは憤怒の目でユウを見ると、その巨体からは想像できない速度でユウの横へと移動し、腕を振りかぶった。
ユウへと振り落とす直前、フォルスがブラッドベイアーの爪を切り落とした。
ブラッドベイアーは思わず仰け反った。
ユウはその隙を逃さず、【加速】を使用し、ブラッドベイアーの心臓へと剣を突き刺した。
すると、またも悲鳴が上がり、ブラッドベイアーの巨体は体を支えることをやめ、後ろ向きに倒れた。
「やったな、ユウ」
倒れたブラッドベイアーから突き刺した《エンドキャリバー》を抜き、腰に差したところでフォルスが近寄ってきた。
「ああ、正直危ないところが多かった。認めたくはないがお前がいなかったら死んでいたとこだ」
その言葉にフォルスは微笑を返した。
「さあ、ジルニスクへ帰ろう」
************
「そういえばユウ。ジルニスクにいる間は何処に滞在する予定なんだ?」
帰路の途中、フォルスは唐突にこんな質問をしてきた。
「そうだな、宿屋だ」
「なら、我が家に来るといい。」
「それはありがたい申し出だが…いいのか?」
「ああ、構わない。明日からは俺も仕事で忙しいが、気が済むまで滞在していくといい」
「悪いな」
「構わない」
そんなやりとりをしていると、ようやくジルニスクに到着した。
ジルニスクに到着し、中央通りの広い道をしばらく進み、何度か道を曲がる。
しばらく歩くと、大きな屋敷が見えてきた。
その屋敷の前まで行き、フォルスは門を開けると
「さあユウ、ここが我が家だ」
そう言い、ユウを手招きした。
(裕福な家の奴だろうとは薄々思ってはいたが、ここまでとはな)
綺麗に整えられた庭園を通り抜け、本館の門を開くと1人の給仕が迎え入れた。
「お帰りなさいませフォルス様」
「ああ、ただいま帰った」
洗練された礼を見せる給仕になれた様子でフォルスは返事をしてみせる。
「ところでフォルス様。こちらの方は?」
「ああ、こいつはユウ・カザキリ。俺の客だ。部屋に案内してやってくれ」
「かしこまりました。ではカザキリ様。ご案内します」
そう言って給仕は歩き始めた。
ユウは慌ててその後を追った。
一目見ただけでかなり高いであろう壺や、花が飾られている廊下をしばらく歩き、給仕は足を止めた。
「カザキリ様、この部屋がこちらに滞在されている間のあなた様の部屋となります。夕食の際にはお伝えしにきますのでゆっくりとごくつろぎください」
そう言うと給仕は来た道を戻っていった。
部屋の扉を開け、ベッドへと飛び込む。
しばらく柔らかさを堪能した後、ブラッドベイアーを倒したことで何か新しいスキルが増えていないかチェックする。
――――
ユウ・カザキリ
Lv16
HP160/160
MP350/350
筋力58
耐久32
俊敏65
魔力68
器用40
《スキル》
【異界収納】
【鑑定】
【偽能使い】
【異世界言語、文字取得】
【毒耐性(弱)3】
【魔力操作】
【スマッシュ】
【俊足】
【剛力】
【超観察】
【紅の激昂】
――――
見覚えのないスキルが二つ増えていた。
スキル詳細を調べる。
――――
【超観察】
相手の動きを理解し、自分の動きにフィードバックできる。
【紅の激昂】
一定量の血液が流れると発動される。
全ステータスが大幅に向上する
――――
【超観察】は【偽能使い】の延長上のものだろう。
そして【紅の激昂】これは恐らくブラッドベイアーが使用していたあれのことだろう。何とも便利なスキルを当てたものだ。
そうやってスキルを確認していると扉からノック音が聞こえた。
「今開ける」
ユウはベッドから立ち上がり、扉を開いた。
「夕食の準備ができましたのでお呼びに参りました」
「そうか、ありがとう。食堂の場所がわからないから案内してくれないか?」
「かしこまりました」
そう言って、給仕は歩きだし、ユウは後に続いた。
「しかしカザキリ様。あのフォルス様がご客人をお連れになるというのは大変珍しいことなんですよ」
「そうなのか?」
「はい、最後にお連れになられたのはもう三年前になりますかね。〈掃魔隊〉の方々をお連れになられたのが最後です」
「フォルスは何年間〈掃魔隊〉の隊長をしているんだ?」
「17の時からですから……五年になりますね」
会話をしながら歩いていると、食堂に到着した。
扉を開くとフォルスが既に席に座っていた。
「来たか、ユウ」
「ああ、来たよ」
食事が用意されている席に座る。
「ジルニスクにはどれくらい滞在するつもりなんだ?」
「こうやって歓迎してもらっておいてなんだが、明日には出ようかと考えてる。ここに来た目的木は達成されてるしな」
その言葉を聞き、フォルスはそうか…、と残念そうな声を出し、一冊の本を取りだした。
「ユウ、この本は我が家の書庫にあったものなんだが…」
その言葉を聞いた瞬間、ユウは身を乗り出していた。
「書庫だと!?この家には書庫があるのか!?」
フォルスはユウの勢いに若干気圧されつつ苦笑いを浮かべ、ユウの問いに肯定を返した。
「おいフォルス、予定が変わった。一週間ほどこの屋敷に滞在させてもらう。書庫を利用させてくれ」
フォルスはまたもユウの問いを肯定で返し
「構わないよ。ユウ、この本の文字を読むことができないだろうか?俺の父が必死に解読しようとしたが、既存のどの言語にも類似性のないデタラメなものとしか思えないらしい」
そう言ってフォルスが見せてきた本に書かれた文字を見た瞬間、ユウの表情は驚愕に支配された。
(何だ、この文字列は………)
そこに書かれていた文は日本語に近いが違う、例えるならばコンピューターなどの文字化けのようであった。
しかし、ユウは【異世界言語、文字取得】の恩恵により、何が書いてあるのかを知ることができた。
「どうだ?何かわからないか?」
フォルスが若干の期待を込めて聞いてきた。
「悪いな、全くわからん」
そう言って本をフォルスへと返しそうとして、止められた。「食事を終えたら書庫へ行くんだろ?そこに置いておいてくれ」
ユウは言葉に従い、取り敢えず隣の椅子の上に本を置いた。
「さあ、食事にしよう」
そうして、二人はナイフとフォークを手に取った。