マジックアワー
「こんなところにいたのか」
美墨は夕暮れの、プラム色の雲の空を背にして、俺を見下ろす。
「何があったんだ」
彼は溜息をするように、薄く低い声を流す。
「何もなかった、今日は」
俺は息苦しく、喉に言葉を詰まらせながら、やっと発する。
「そうか」
風が吹く、秋の香りを含んだ透明な空気が夏に切りそびれたという黒髪を
ふわりと持ち上げて、彼を紫の空へ溶かしてしまう気がした。
「やっぱり何かあったんじゃないのか」
「え」
いつの間にか俺は泣いていた。
喉と、肺と、脳と、胸が、苦しくて、熱くて、
ひどく悲しいような、辛いような、
そんな気持ちで、気付けば顔を歪めて、歯を食いしばって泣いていた。
「言えよ、何が辛いんだ」
手を握った。温かかった。
そうして俺は初めて自分の手が冷えていたことを知る。
見つめた美墨の目は、薄暗い学校の屋上でも、鮮やかな光をいっぱい集めて、
この喉からはああ、と音が漏れる。
「なにもないんだ」
俺は彼の手を両手で包む。両手で手を握り合う。
「なにも、ないんだ」
一度俯いて、曇ることない目を見つめなおす。
美墨が音もなく透明な空気を吸い込むのが分かる。
「なにもいらない」
ゆっくり瞬きをする。
夢幻みたいに消えてしまわない、涙はもう乾いていた。
「お前以外になにもいらない」




