七話 死ス宝
活動報告にこの小説のイメージ絵(頂きモノ)を載せていますので、感想などいただければ幸いです。
フェリシアがすでにこの世にいないということはレヴァイアの言葉で分かっていた。だが何故彼女の亡骸の話とともに金が出てくるのだろう。話の先は見えなかったが、いい予感はしないと雷華は眉を顰めた。
「俺はフェリシアと同じく孤児院で働いていた女に詰め寄った。何故娘が死んだのか、どうしても理由が知りたかったからだ。女は泣きながら教えてくれた。何があったのかを、な」
そこまで言うとレヴァイアは一旦口を閉ざした。そして光の届かぬ深海のような昏い瞳で問いかけてくる。何があったかお前に分かるか、と。彼の視線を真っ向から受けた雷華は、ごくりと唾を飲み込むとゆっくりと首を横に振った。いくつかの単語が頭に浮かんだが、下手な憶測を口にするべきではない。レヴァイアは雷華の動きを見てわずかに口元を歪めた。
「分らぬか。ふん、まあいい……俺が王都に戻る前日、孤児院の庭に一人の子供が迷い込んできたそうだ。その子供は身なりはとても良いのに、何故か全身が痣だらけでところどころ擦り傷もあった。たまたま庭にいたフェリシアはすぐに手当をしてやり、怪我の原因を子供に訊いた。子供はしばらくは何も喋らなかったが、何度も訊くうちにやがてぽつりぽつりと話し始めた。自分は出来損ないで不要な子なのだと。毎日怒られるのが辛くてもう家には帰りたくないと言いながら子供は泣き出した」
「虐待……」
小さな呟きだったがレヴァイアの耳に届いたようで、彼は微かに頷いた。
「そうだ、子供は親から日常的に虐待を受けていた。フェリシアをはじめ孤児院の人間は迷った。子供を親のもとに帰すべきなのか、それとも孤児院で匿うべきなのか。或いは子供がただの子であったなら、結論はすぐに出ていただろう。しかし身なりからいって子供の親は貴族だと推察できた。だから恐れた、もし子供を匿うことで貴族の怒りに触れたら、と。フェリシアは子供を帰すべきではないと主張していたと、話を聞いた女は言っていた。そして自分を含めた他の者が及び腰だったとも」
「そんな……フェリシアさんの言っていることは正しいのに。虐待されていると分かっている子供を家に帰すなんて」
助けを求める小さな手を振り払うなど、人間のすることではない。だが、この国のことを何も知らない自分がそれを口にするのは憚られたし、何よりレヴァイアの話は過去のことなのだ。今、彼に向かって叫んでも意味はない。雷華は唇を強く噛んだ。
「だが、結論を出す前に議論は終わることになった。どうやって突き止めたのか、子供の親の遣いを名乗る銀髪の女が孤児院に来たからだ。遣いの女は嫌がる子供を半ば強引に馬車に乗せ去っていった」
「その女の人が“ライカ”なのね?」
だとするならば、子供はバルロイ伯爵家の人間ということになる。しかし今までの話とフェリシアの死亡がどう繋がるのか、未だ話が見えない。
「すっきりしないながらも子供がいなくなったことで孤児院には日常が戻る……はずだった。翌日、俺が王都に戻るおよそ一刻前、子供の父親が孤児院に来なければ」
「父親って伯爵が?」
先ほどの雷華の問いにレヴァイアは答えなかったが、話の流れからいって間違いない。伯爵本人が登場するとは少しばかり予想外だが、出てくるということはフェリシアの死に関わっているのだろう。そろそろ話が核心に入りそうだと、雷華はより集中してレヴァイアの話に耳を傾けた。
「父親は孤児院に入るなりフェリシアを出せと大声でどなった。その人物は一目で貴族と分かる格好をしていて、孤児院の人間は震えあがった。だがフェリシアだけは怯まなかった。毅然とした態度で父親と対峙した。あれは出来の悪い子供だから躾が必要なのだ、庶民の貴様に何が分かる、無礼者、などと父親はフェリシアを散々罵った。そして挙句の果てに、孤児院に住む人間など庶民ですらないただの害虫とまで言い始めた」
「なっ!? そんなこと言う人間の方がよっぽど害虫だわ!」
たまらず雷華は叫んだ。何の権利があってそんなことが言えるのか。たまたま貴族に生まれたというだけで、何故そんなにも他人を見下せるのか。もし今、目の前に父親――バルロイ伯爵がいれば一発殴っていたに違いない。それほどの怒りを雷華は覚えた。それこそ自分がこの古城に攫われて連れて来られたということを忘れそうになるくらいに。
「面と向かって貴族にそう言い返せるか?」
雷華の言葉にレヴァイアの表情が微かに動いた。
「当然でしょう。そんな暴言、絶対に許せない!」
「勇ましいな……フェリシアと同じ言葉をお前から聞くとは思わなかった」
哀しみと懐かしさが入り混じった、初めて聞く人間らしい彼の声だった。
「ということは」
「そうだ。フェリシアもお前と同じことを子供の父親に向かって叫んだ。そして今の言葉を取り消せと詰め寄った」
フェリシアの言動は正しいと思った。だが、レヴァイアの次の言葉で雷華は、何が正しくて何が正しくないのか分からなくなってしまった。
「フェリシアの迫力に驚いた父親は彼女を思いきり突き飛ばした。突き飛ばされたフェリシアは孤児院の外壁に頭を打ちつけて死んだ。父親は孤児院の人間に口止め料としての金貨を押しつけると、逃げるように去っていった……これが俺が孤児院の女から聞いた全てだ」
そう締めくくったレヴァイアの声には、すでに何の感情も宿ってはいなかった。