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六十八話 悪ガ潰

 洞窟の中の様子がおかしいことに気付いた兵士が駆けこんでくるのを隠れてやり過ごし、入れ違いに素早く外に出る。ロウジュが木の上から兵士たちがどう動くのかを窺っていると、血相を変えて山を下りていった。後をつけてみると兵士から兵士へと伝令がいき、最終的に宰相ゼヤフに報告がなされた。予想通りの結果に満足したロウジュは、城を後にし誰にも見つかることなく館に戻ってきたのだった。

 

「返り血を受けるなんて、久しぶり。腕が落ちたかな」


 真剣な表情で悩むロウジュには呆れるしかなかった。

 眠れていなかった雷華は、話し合いが一段落ついたところで自分にあてがわれている部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだ。ヒューゼヴェールトの過去で見た猿の化け物は腐猿ふえんだったのかとか、ゼヤフは本当に国を乗っ取れると思っているのだろうかとか、考えたいことは色々あったがすぐに眠りに落ちてしまい、悪夢にうなされることもなく昼まで寝続けた。

 起きると部屋にはルークがいて、クレイは出掛けたと教えてくれた。密命を受けている全員がリーシェレイグの許に集まっているらしい。念のため館から出ないでほしいとのクレイからの伝言を受け取った雷華は、ロウジュと一緒に馬の世話をしたり改めて庭園の散策をしたりして時間を潰した。

 クレイは夜にぐったりした様子で帰ってきた。イシュアヌの貴族と連絡を取ったり、ゼヤフを捕らえた後の国の立て直しについて話し合ったり、その他にも資金援助や支援策など話すことが山積みで、ろくに食事も取れなかったのだという。


「はぁぁっ、疲れたぜ。なあライカ、肩揉んでくれよ」


「は? まあ別に構わないけ」


「駄目だ」「無理」


「あのなあ……」


「貴方たちねえ……」 


 息ぴったりに否の言葉を口にした黒犬と元暗殺者に、雷華とクレイは顔を見合わせて溜息を吐いたのだった。

 翌日の朝、生誕祭の二日前になると上層区画全体が慌ただしくなった。大勢の兵士が通りに立ち、物々しい雰囲気を醸し出している。ゼヤフをはじめとした悪事に関わっていた貴族を一斉に捕らえているらしかった。雷華たちのいる迎賓館にも、外出を控えてほしいと書かれた書状を携えた兵士が来た。何が起きているか分かっているが、クレイたちが関わっているのは極秘のため、何食わぬ顔で書状を受け取り兵士を帰した。


「生誕祭が終わってからでもよかったんじゃないの?」


「いや、イシュアヌ全土から主だった貴族が集まっている今が絶好の機会なんだよ」


「そっか、なるほどね」


 一夜明けて生誕祭前日には全員を捕らえたと、イシュアヌの貴族からリーシェレイグに連絡が入った。混乱状態ではあるが生誕祭は予定通り行う、とも。国が新しく生まれ変わることを他国の人間に訴えたいのだろう、というのが雷華たちの共通の見解だった。

 問題はこの日の昼前に起こった。

 無事ゼアフも捕らえられたことだし、これで心置きなくこの国を離れられる。本当はヒューゼヴェールトに謝りたかったが、相手は王だ。簡単に会えるはずもない。クレイに伝言を頼むことで雷華は自分を納得させた。明日はジグレイドのところに行き、旅の準備に取りかかろうという話をしていると侍女が部屋の扉を叩いた。ヒューゼヴェールトの使者が銀髪の女性に面会を求めていると言うのだ。何用かとびくつきながら同行を申し出たクレイとルークと共に玄関広間に行くと、立派な服に身を包んだ使者が一通の封筒を差し出してきた。


「それは明日の生誕祭への招待状でございます。是非出席願いたいと陛下より直々のお言葉を賜っております」


 失礼致します、と言って颯爽と去っていく使者の背中を、雷華は口を開けたまま茫然と見送ることしかできなかった。




「あのとき断ることが出来ていたなら……」


 しんとした部屋に雷華の呟きが漂い消える。部屋には他に誰もいない。雷華にドレスを着せ髪を結い上げ化粧を施した侍女は、支度が終わったことをクレイに伝えに行っていた。

 雷華の着ている深紅のドレスは、フィエマ商会のものだ。具体的な説明は一切せず、ただ今日中にドレスを用意してほしいというバルーレッドに、ジグレイドは最初驚いた顔をしたが、すぐに呆けたままでいる雷華を衣裳部屋へ連れていくと、試作品のドレスを彼女の身体に合わせて仕立て直した。ドレスに針を通したアリーシャの腕前は見事というほかなく、あっという間に出来上がった。礼を言う雷華にこれもどうぞと渡してくれたのが、今、首元で揺れている深い蒼色の首飾りだ。確かにこのドレスによく合っていると思う。思うが、これから城に行かねばならないことを考えると、気分は落ち込んでいく一方なのであった。


「分不相応にもほどがあるでしょうに。誰か突っ込みなさいよ」


 机に突っ伏したいが、化粧が崩れるので我慢する。王の招待を断ることが難しいのは分かる。しかし、貴族でも、この国の人間でも、この世界の人間でもない自分が城で行われる行事に参加するなど、おかしいにもほどがあるだろう。あの王は一体何を考えているのか。

 一人でぶつぶつ文句を言っていると、扉が叩かれ静かに侍女が入ってきた。


「ライカ様、伯爵様がお待ちでございます」


「……分かりました」


 最後にもう一度深い溜息を吐いてから立ち上がる。避けられない以上、腹を括るしかない。とにかく目立たないようにしようと雷華は心に決めた。

   

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