六十六話 深ク惑
ロウジュは雷華のために行動する。というより雷華のためにしか行動しない。それだけ彼女を好いているのだ。ロウジュが城に行くと言ったとき、ルークは当然止めたが、本心では自分も動きたいと思っていた。国や立場に縛られている自分と違い、自由に動ける彼を羨ましいとさえ思った。
彼女を想う気持ちは誰にも負けはしないと自信を持って断言できるが。
「ルークは、その男のことを認めているんだね」
リーシェレイグの言葉に眉間に皺が寄る。
「……好かない奴ですが、力はあると思っています」
「ふふっ、お前らしい答えだ」
声を出して笑うリーシェレイグにルークは眼を見開いた。兄が笑うところなど、見たのはいつ以来だろうか。少なくとも避けられるようになってからは一度も眼にしたことがない。
朝日が差し込む大きな窓から見える中庭。そこに、笑いながら走り回る幼い自分と兄の幻が見えた気がした。
「では私も信じることにしよう。ミシェイスや諸侯には私が説明しておく。それからこちらの貴族にも。私たちは裏方で、宰相を糾弾するのはあくまでイシュアヌの人間でないと駄目だからね。もちろんライカさんやロウジュの存在は公にしないから安心していいよ」
「はい」
ルークが頷くとリーシェレイグは、弟に背を向け窓に近づいた。単に庭を見ているだけなのか、それとも何かに思いを馳せているのか、顔が見えないので判断することが出来ない。
「お前はこれ以上この件に関わらなくていい。城からロウジュが戻ってきたら、気にせず旅を続けなさい。お前が早く元に戻れることを願っているよ」
「兄上……」
リーシェレイグからそんな言葉をかけられるとは思っていなかったルークは、答えに詰まった。
「ルークウェル、旅が終わったらお前に話したいことがある。聞いて、くれるかい?」
心臓が一瞬大きく跳ね上がった。話したいこととは、おそらく今の自分たちのことだろう。何故かは分からないが、そう確信が持てた。
気付かれぬよう息を吐いて、拳を強く握りしめる。頭に浮かんだのは前に雷華が言っていた「嫌われても疎んじられても、思い続けていればいつか想いは届く」という言葉だった。
「……もちろんです。それでは、私はヴォード伯のところに戻ります」
「ああ。お前は強いから心配ないとは思うが……気を付けて」
リーシェレイグは振り向かない。
「ありがとうございます。兄上も息災であられますよう」
自分よりも少し小さな背中に向かって頭を下げ、扉を開けて廊下に出る。途端に人の話し声や足音が聞こえてきて、よほどリーシェレイグとの会話に集中していたのだなとルークは苦笑した。
「サーゲイト、いるか?」
隣の部屋の扉を叩く。すぐに扉が開いてミシェイスが出てきた。
「お話は終わられたのですか、ルーク様」
「敬称を付ける必要はないといつも言っているだろう」
「俺は王子だが特務騎士でもある。対等の人間に敬称をつける必要がどこにあるのだ……ですか。変わらないですね、ルークは」
声を低くしてルークの声真似をするミシェイスに渋い顔になる。彼が言ったことは、敬われることが好きではないルークが、常々口にしていることだった。
「変わるわけがないだろう。そんなことよりも、少し話がしたいのだが」
「ええ、もちろん構いませんよ。そうじゃないかと思ってこの部屋にいた騎士には適当に理由をつけて出ていってもらいましたから」
「相変わらず周到だな」
ミシェイスは四人の特務騎士の中で、一番先を読むのが上手い男だ。物腰も柔らかで、自分とは正反対の人間だとルークは思っている。
「お褒めいただき光栄です。さ、どうぞ入って下さい。お茶でも淹れましょうか」
大仰に敬礼するミシェイスに眉を寄せながら中に入る。二組の応接椅子が置かれた、中々に広い部屋だった。
「いや、いい」
「分かりました」
ミシェイスに促されて、向かい合って長椅子に腰を下ろす。そういえば先ほどはずっと立ったまま話していたなと、今さらながらに思った。
リーシェレイグにしたのと同じ話を端的に話す。ミシェイスはそれを黙って聞いている。ルークが話し終えると、顎に手を当てて考える仕草をしたのち、ようやく彼は口を開いた。
「なるほど、話は大体分かりました。それで?」
「それで、とは?」
「わざわざ私に話しに来たんです。何か理由があるのでしょう?」
「……よく分かったな」
鋭い指摘に素直に感心する。
「貴方は分かりやすいですから。恋の相談ですか?」
「なっ!?」
もしお茶でも飲んでいようものなら、確実に吹き出していただろう。ミシェイスは真剣な態を装っていはいるが、眼が笑っている。面白がっているのは間違いなかった。
「冗談です。でも、恋はしているみたいですね。お相手は《白い神の宿命を持つ者》ですか。遂に貴方にも春が訪れましたか、喜ばしいことです」
「サーゲイト!」
たまらず叫んで止めさせる。黙って聞いていたら好き勝手に話を捏造されそうな気がした。雷華のことをどう思っているかなど、一言も言っていないというのに。何故この男はこんなにも鋭いのか。用があって来たのは確かだが、来なければよかったとルークは少し後悔した。
「そんなに怒らなくてもいいじゃないですか。今の貴方の顔を見たら、新米の騎士が泣いて逃げ出しますよ」
「……誰のせいだと思っているのだ」
全く悪びれる様子のないミシェイスに、頭が痛くなってきたルークだった。




