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六十五話 変ル世

 時は少し遡り、イシュアヌの王都リムダエイムに朝三の刻を告げる軽やかな鐘の音が響き渡るころ、ルークは兄リーシェレイグが滞在している迎賓館に向かって厳しい顔をしながら木蘭を操っていた。

 門前にマーレ=ボルジエの紋章が描かれた旗が掲げられている館の前まで来ると、門の前にいるイシュアヌの兵士に、ヴォード家の使いの者だと言って中にいる騎士に取り次ぐよう頼む。しばらくすると見知った顔が、館から姿を現した。


「おはようございます、バルー……なっ!? どっ、どうしてここに……本物ですか?」


 深海を思わせる深い青色の髪と優しげな黒い瞳をもつその人物は、ルークの姿を視界に入れると限界まで眼を見開かせ、驚きを露わにした。ミシェイス・サーゲイト。マーレ=ボルジエが誇る騎士、その騎士の中でもほんの一握りしかなることが出来ない特務騎士の一人。

 ルークは彼が身に纏っている銀糸で縁どられた黒の騎士服を見て、懐かしさに眼を細めた。自分が同じ服を着て任務をこなしていたことが遠い昔のことに思える。


「ああ。説明は後でする。兄上に用があるのだ」


 軽く頷いて最低限の説明にとどめる。イシュアヌの兵士に自分の身分を明かすつもりはなかった。


「わ、分かりました、どうぞこちらに。あ、馬はその兵士が預かってくれますから」


 ミシェイスにもルークの意図が伝わったらしい。驚きから立ち直った彼は、何も訊き返すことなく兵士に門を開けるように言い、ルークを中に促した。


「そうか、では頼む」


「はっ、お預り致します!」


 木蘭の手綱を兵士に渡し、ミシェイスの後ろについて前庭を進む。植えられている花を眺めながら、まだ眠りの中にいるだろうかと、愛しい女性のことを想った。

 

「殿下は先ほど朝食を終えられて、今は私室にいらっしゃいます」


 館の中に入るとミシェイスは軽快に階段を上がっていく。すれ違う侍女や騎士がルークを見て一瞬固まり、慌てて頭を垂れるといった光景が、目的の部屋に着くまでに何度も繰り返された。廊下を三回折れたところでミシェイスの足が止まる。彼が眼の前にある重厚な扉を叩くと、中から落ち着いた静かな声が返ってきた。


「リーシェレイグ殿下、サーゲイトです。入ってもよろしいですか」


「ミシェイスか、構わないよ」


「失礼致します」


 ミシェイスが扉を開く。ルークが部屋の中に足を踏み入れると、自分とよく似た顔立ちの人間が驚いた顔をしてこちらを見つめてきた。その瞳に微かに怯えの色が混じっていることに気が付いたルークは、心の中で嘆息した。


「ルークウェル、どうしてここに……それにその姿……」


「お久しぶりです兄上。突然申し訳ありません。ですが、火急の用ゆえお許し下さい」


「あ、ああ、うん。いや、謝る必要はないよ。何かあったのかい?」 


 すっと逸らされる視線。久々に顔を合わせた兄弟とは思えないほど、堅苦しい挨拶。昔はこうではなかった。だが、騎士になったころからリーシェレイグの態度はよそよそしくなっていき、それに比例してルークも言葉遣いが硬くなっていった。今ではこの話し方が当たり前になってしまっている。別にじゃれ合いたいわけではない。リーシェレイグが王になれば、臣下として彼を支えるつもりでいる。ただ、敬愛する兄に避けられることが、哀しかった。


 (ヴォードが何か理由があるようなことを言っていたが……)


「リーシェレイグ殿下、ルークウェル殿下、私は隣室に下がりますので何かございましたらお呼び下さい」


 敬礼をしてミシェイスが部屋の外に出る。扉が閉められた音がやけに大きく聞こえた。兄と二人きりということに少なからず緊張している自分がいて、ルークは驚いた。気付かれぬよう息を吐いて、気持ちを入れ替える。

 嫌われていようが避けられていようが、今はそれを気にしている場合ではないのだ。


「兄上。兄上は父上より密命を受けておいでのはず。我が国とイシュアヌがこれからも友好な関係を築いていけるよう、原因を取り除くようにと」


「そ、そうだよ、よく知っているね」


「ヴォード伯に会いましたので。それでイシュアヌ国王ヒューゼヴェールトなのですが――」


 感情を入れず淡々と話す。現在も元の姿に戻るための旅の途中であること、偶然この王都でヴォードと会ったこと、雷華の力を知っているヴォードが彼女に協力を申し出たこと、ロウジュが城に侵入したこと。初めのうちはどこか怯えた様子だったリーシェレイグだが、話が進んでいくにつれ為政者いせいしゃの顔つきに変わっていった。


「そうか……話は分かったよ。その《白い神の宿命を持つ者》、ライカさんだったかな。その女性ひとには辛い思いをさせてしまったようだね。さぞ酷い光景だったはずなのに、眼を背けなかったなんて……私も詫びていたと伝えてくれないかな」


「伝えておきます」


「ヒューゼヴェールトが私たちの話を信用してくれたとして、宰相を失墜させ罷免ひめんさせるにはそれに足る証拠が必要不可欠。ただ罷免を言い渡したことろで誰も納得しないからね。その……城に侵入した男は信用できるのかな。万が一捕まりでもして私たちが動いていることが向こうの耳に入ったら、宰相はここぞとばかりに宣戦布告してくるかもしれない。国王暗殺未遂などという大義名分を掲げてね」


 どうなのかな。先ほどとは打って変わって真っ直ぐルークを見返してくる。リーシェレイグは気が弱いわけでも臆病なわけでもない。次期国王として相応しい、聡明な頭脳と的確な判断力を兼ね備えている。人前に出るときに顔を隠すことと、弟を避けることを除けば、とても優秀な人物なのだ。


「……奴は、ロウジュは必ず成し遂げるでしょう」


 旅についてくる鬱陶しい男。雷華からヴォードの館で彼女の命を狙った暗殺者だと聞いたときは、本当に殺そうと思った。奴の行動の何もかもが気に入らない。だが、これだけは確信を持って言えた。何故なら、


 (俺と同じだからだ) 

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