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六十二話 秘ニ務1

 ルークの手がぴたりと止まる。触れ合っている箇所から、彼が微かに緊張したのが分かった。向かいに座るクレイと素早く視線を交わしたことも見逃さなかった。何かが起きている。しかも、あまり良くないことが。二人が言うか否かを迷っていると判断した雷華は、もう一度同じ質問をした。今度は少し口調を強めて。


「私に関係あることなんでしょう? 教えてよ」


 廊下に聞こえてきた彼らの会話を思い出す。ロウジュが雷華を裏切ることはないと言っていたはずだ。それはつまり、彼が雷華のために動いてくれているということに他ならない。


「……聞いていたのか」


「ごめんなさい、盗み聞きをしていたことは謝るわ。でも、ロウジュが私のために何かをしているのなら、私はそれを聞く権利があるはずよ」


 腕を組んで真剣な顔をしているクレイをじっと見据える。しばらくの沈黙の後、クレイは己の赤い髪をくしゃりと撫でて軽く息を吐いた。机上のランプの火が大きく歪み、部屋の中に不気味な影を作り出す。


「そう、だな。わかった、教える。別にライカに隠すつもりはなかったんだ。あいつが帰ってきたら全部話そうと思っていた」


「ヴォード」


 ルークは反対らしい。クレイを鋭く睨んでいる。だが、伯爵は引かなかった。手を振って第二王子の視線をかわす。


「問題ないだろ。ライカの言い分は間違っちゃいない。彼女は――俺が頼んだからだが――ゼヤフの過去を全てではないとはいえ知ってしまったんだ。十分関係者だよ。レイグ様も承知してくれるさ」


「……わかった。兄上には俺から伝える」


「頼んだぜ」


 眉間に皺を寄せたルークは、そう言って睨むことを止めた。余計な不安を与えたくないというルークの気持ちは嬉しかったが、事情を知らされぬまま一人蚊帳の外に置かれるのは絶対に嫌だった。雷華は二人に礼を言って、何を聞いても取り乱さないよう気を引き締めた。

 だが、いざ本題にというところで扉が叩かれ、バルーレッドが水とお茶、それに焼菓子を持って入ってきた。彼は机の上に手早くそれらを並べると一礼をして去っていったが、夕食を食べていない雷華の腹が悲鳴を上げたことで話は中断された。クレイに笑われたが、腹が空いているのだから仕方ない。雷華はクレイの無駄に長い足を踏みつけてから、有能な執事が用意してくれた焼菓子を口に入れた。


「ライカ、今から言うことはマーレ=ボルジエとイシュアヌの関係に影響することだ。それを忘れないでくれ」


 雷華が食べ終わるのを待ってクレイが話を再開させた。


「機密事項ということね。わかったわ」


 手にしていたカップを机に戻し、頷いて居住まいを正す。緩んでいた部屋の空気が、再びぴんと張りつめた。


「話は長くなるんだが、ライカが知りたがっているロウジュのことを先に言っておく。奴は今、王城にいる」


「王城!? なんでそんなところに。彼は何をしているの」


 予想だにしていないクレイの言葉に、声が高くなる。


「宰相ゼヤフの悪事の証拠を押さえるため。言っとくけど反対したんだぜ? 危険だし、捕まったら確実に死ぬだろうからな。だけど行くって聞かなくてよ。ライカに辛い思いさせたくないって、俺たちの制止を振り切って行っちまった」


「そんな……どうして」


 口に手を当てて呆然となった。王城といえば国の中枢。兵士がごまんといるだろう。いくら優れた身体能力を持っているとはいえ、そんな危険なところにロウジュは行ったというのか。それも自分のために。兵士に取り囲まれたロウジュを想像して、雷華はぎゅっと眼を閉じた。


「我が国とイシュアヌの関係はここ数年悪化してきている。表面上は友好関係を保ってはいるがな。このままいけば、そう遠くない未来、大きな戦になる可能性がある。そう危惧された父上は、関係の改善をはかることにした。しかし、表面上とはいえ友好関係にある国だ。堂々と表立って使者を送ったりすれば、逆に関係が一気に悪化してしまう恐れがあった」


 部屋に響くルークの低い声。ロウジュが城に行ったこととどう関係があるのかと思ったが、事の次第を最初から話してくれているのだということに気付き、閉ざしていた眼を開けた。


「だから陛下はごく一部の信頼のおける人間、ルークの兄であるリーシェレイグ様や俺、あと数人の貴族と特務騎士に指示したんだ。秘密裏に二国の関係悪化の原因を取り除くように、と」


「関係悪化の原因……」


「ああ、つまり宰相のゼヤフだな。ルークはここ数年と言ったが、正確には関係が悪化し始めたのは今の王になってからなんだ。ヒューゼヴェールト陛下がまつりごとに携わってないのはすぐに分かった。彼はゼヤフの操り人形なんだ。純粋な方で、人を疑うということを知らない。ゼヤフの言うことは全て正しいと信じ切ってしまっている」


「確かに、そんな感じだったわね」


 ゼヤフを褒めていた少年。彼の表情には一点の曇りもなかった。心の底から信頼しているようだった。だからこそ雷華は怒りを抑えることが出来なかった。


「関係の改善にはゼヤフとその取り巻きを一掃することが必須。それにはまずヒューゼヴェールト陛下にゼヤフがいかに悪人かを知ってもらわなくてはならなかった。宰相を罷免ひめんできるのは王だけだからな。だが、ゼヤフにべったりの彼が言葉だけで信じてくれるはずがない。証拠を揃えるために特務騎士が色々探ってはいるんだが、なかなか成果が上がんなくてな。そこで、この生誕祭で何か掴めないかと思っていたところ」


「たまたま私が会いに来た。そして王様も」


 偶然に偶然が重なったというわけだ。


  

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