五十八話 穴ニ覗
陛下に気付かれないように隠れた場所から頼む。クレイの目的が何なのか分からないながらも、懐に手を入れて眼鏡の存在を確かめると、わかったと言って雷華は立ち上った。クレイと共に廊下に出ようと両扉に手をかける。すると、フィエマ商会を出てから一言も喋らなかったルークが、低い声で待ったをかけた。
「何故ライカがそんなことをする必要がある」
「あー、わんわん煩せえ。あとで説明するから大人しくここで待ってろ」
「俺も行く」
「というわけだから、えっとロウジュだっけか。あんたもここで待っててくれ」
「……」
「ねえクレイ、二人とももの凄く不満そうだから一緒に来てもらったら? このままだと部屋で暴れ出すかもしれないわよ」
クレイとルークたちを交互に見た雷華は、助け船を出すことにした。このまま置いていったとしても絶対に部屋を抜け出す。彼らの眼がそう語っていた。
「……ちっ、わかったよ。好きにしてくれ。その代わり絶対に見つかるんじゃねえぞ」
雷華と同じ結論に至ったらしいクレイは、盛大に溜息をつくとルークとロウジュの同行を許可した。
「わかっている」
「ああ」
柱ごとにランプの灯りが揺らめく長い廊下を三人と一匹で歩く。玄関広間に辿り着くまでの短い間に、これからのことをクレイは簡単に説明した。
「玄関広間の脇に来客した貴族の従者が控えるための部屋があるんだ。扉には小さな穴があって、広間の様子が見えるようになっている。主の動きを素早く知るためのものなんだが、そこから陛下の過去を見てほしい」
「それはいいけど、王様の過去の何を見ればいいのかしら」
肝心のことを訪ねる。磨かれた床はつるつるで、気を付けていなければ滑りそうなほどだった。
「前国王の死の真実」
「ヴォード、お前……」
クレイの言葉にルークが低い声で唸った。
「前の王様って、確か宰相に殺されたって噂されてるわよね?」
表向きは事故とされているが、宰相に弑逆されたのではないかとジグレイドは言っていた。そして現国王、つまりヒューゼヴェールトは宰相の傀儡なのだとも。
「よく知ってるな。そうだ、それが真実なのかどうか確かめてくれないか」
「……わかったわ。あとで理由を聞かせてね」
「すまない、頼んだぜ」
何故この国の人間ではないクレイがそんなことを知りたいのか気になったが、今は時間がないと諦めた。クレイは左右に廊下が伸びる場所で止まると、左側を指し、突き当り右の扉から控えの部屋に行けると言って、一人廊下を真っ直ぐ進んでいった。
言われた通り左に伸びる廊下を歩き、突き当りの扉を開けて中に入る。中央に四角い机があるだけの殺風景な部屋だった。反対側の壁に扉があったので、開けて次の部屋に進む。
「ここみたいね」
細長い長方形の部屋に、長椅子と楕円形の机。机の上には空の水差しとグラス、それに何かの動物を模した形のランプが置かれていた。部屋の左右どちらにも扉があり、一瞬どちらか迷ったが、来た道と玄関の場所を思い浮かべて、すぐに右の扉に近づいた。
「ほんとだわ。扉に小さな穴が空いてる」
雷華の眼よりも少し高い位置に、親指の爪ほどの大きさの穴があった。つま先立ちになって片方の眼で覗いてみると、大きな玄関扉の前に一人の少年が佇んでいた。肩より少し短い、深い藍色の髪を揺らしながらそわそわと落ち着きなく玄関広間のあちこちに視線を彷徨わせている。
「あの子が国王? 普通の少年って感じね」
金糸で縁どられた服は確かに高価そうだ。庶民では到底着ることは叶わないだろう。だが、着ている人物からは、何というか、人の上に立つ者としての威厳が感じられなかった。まだ少年だからなのか、ここが王城でないからなのか。それともやはり噂通りということなのか。色々考えを巡らせながら、眼鏡をかけるために雷華はいったん扉から身体を離した。
雷華に代わってロウジュが穴を覗いたが、それも一瞬のことで、彼はすぐに扉を離れ長椅子に身を沈めた。
「弱そう」
「まあ、まだ少年だもの。ルーク、宰相の特徴を知っていたら教えて」
ロウジュの正直すぎる感想に苦笑してから眼鏡をかける。眼鏡が邪魔して先ほどより見づらくなったが、仕方ない。踵を浮かして再び扉の穴を覗いた。
「ああ、そうだな。玉座に座る陛下のすぐ傍にいるのが宰相だ。小柄で狡猾そうな顔をしているからすぐに分かるだろう」
「わかった、ありがとう」
足元にいるルークに礼を言って、雷華は藍色の髪の少年、ヒューゼヴェールトに意識を集中させた。丁度、バルーレッドを従えたクレイが玄関広間に姿を現すところだった。ヒューゼヴェールトの顔がぱっと明るくなる。
(ほんと、どこにでもいる少年みたい)
深々と頭を垂れるクレイと挨拶を交わすヒューゼヴェールトの背後に半透明の景色が見えてくる。宰相はすぐに分かった。ルークが言った通りの特徴だったからだ。雷華は宰相の過去を見るべく、口元に気味の悪い笑みを浮かべる半透明の初老の男をじっと見つめた。




