五十二話 中ノ層
食堂の店員にフィエマ商会の場所を聞いた三人は、通りで辻馬車を拾った。フィエマ商会は下層区画ではなく中層区画にあり、徒歩で向かうには遠すぎるからだった。
馬車に揺られながら外の景色を眺める。下層と中層を結ぶ通りの両側には数多くの店が軒を連ね、大勢の客で賑わっていた。飲食店はもちろん、雑貨屋に花屋、布屋や帽子屋、装飾品店、中には怪しげな壺を売っている店もあり、フィエマ商会に着くまで雷華は飽きることなく店頭に並べられた商品を見ていた。
「お客さん、着きましたよー」
「はーい、ありがとうございます」
外に出て御者に金を払う。すぐ目の前にフィエマ商会と書かれた看板が置かれていた。店は三階建てで、外壁は上品な薄茶色。二階と三階にある大きな出窓が印象的だ。
「ここで……合ってるのよね?」
店の外観を一通り眺めた雷華は首を傾げた。店先には商品が一つも置かれていなかった。それに客も店員も見当たらない。
「もしかして、休みとか?」
定休日でもあるのかと思いながら隣にいたはずのルークを見れば、彼はしんと静まりかえった店の中に入っていくところだった。
「ライカ、これを見ろ」
「ん、なになに? えーと、“昼二の刻を過ぎましたので、本日の店での販売を終了します。配達のため不在にしますので、御用の方は明日お越しください”? 随分早く閉まるのねえ」
ルークが指差した、店の中の机の上に置かれていた紙に書かれてあった文章を読み上げた雷華は、腕を組んでうーんと唸った。
「呼べばいい。奥に一人いる」
「そうなの? さすがロウジュね」
後ろにいるロウジュを振り返ってにこりと笑うと、彼も嬉しそうに表情を緩めた。途端にルークが渋面になる。
「俺にも分かっていた」
「すいませーん、すいませーん!」
ルークの呟きを無視して店の奥に向かって呼びかける。しばらくすると足音が聞こえてきて、店とその奥を繋いでいると思われる扉が勢いよく開いた。赤茶色の髪を無造作に束ねた三十代半ばくらいの女性が姿を現す。
「あの」
「今日の販売は終わってるよ。そこの紙読まなかったの」
女性は雷華の言葉を遮って、不機嫌そうに言った。雷華たちを茶色の瞳でぎろりと睨み、舌打ちをしてくる。整った顔をしているせいか異様に迫力があった。
「い、いえ私たちはジーレ、いえジグレイドさんに用が」
顔を引きつらせながら雷華がジグレイドの名前を出すと、女性の美しい眉がぴくりと跳ね上がった。
「ははぁん、あんたたちどっかの貴族の使いか。生誕祭に着ていくドレスを頼みに来たのだろう。でも残念だったね、もう依頼の受付は終了してるよ。さあ、どうぞお引き取り願おう」
「違います違います! そんな用事で来たんじゃありません。というか、私たちのどこを見ればそんな発想が出てくるんですか」
雷華たちを貴族の使いと決めつけた女性に慌てて反論する。自慢ではないが今着ている服が上等でないことは自信を持って言える。だが、女性は服装で判断したわけではなかった。
「どこって、あんたたちみたいな綺麗な顔した人間がただの庶民に見えるとでも? 貴族が見栄えのために雇った召使いとしか考えられないよ」
「ないよ、ってそんな無茶な……」
当然だと言わんばかりの女性に、雷華は頭が痛くなってきた。ルークとロウジュはどう反応すればいいのか迷っているようで、未知の生物に遭遇したときのような表情をしている。
「全く貴族ってのはどうして外見ばかり気にするのかな。大事なのは中身――おや、帰ってきたみたいね」
女性が視線を雷華から店の外に移した。誰がと訊くまでもなかった。がらがらと石畳と車輪がぶつかる音が聞こえてきたかと思うと、店の前で止まり、馬車から二人の男女が降りてきた。ジグレイドと娘のアムジットだ。馬車の後ろには地竜もいた。かなり目立つ存在のはずなのに、店の前の通りを行き交う人に驚いた様子はない。フィエマ商会が地竜を飼っているというのはすでに周知の事実なのだろう。
「ライカさん!」
店の中にいるのが雷華だと分かると、アムジットは満面の笑みで駆け寄ってきた。それを見たアムジットと同じ色の瞳の女性が驚いた表情になる。
「こんにちは、アムジット。会えてよかったわ」
「私も会えて嬉しいです! 母様が引きとめてくれたの?」
「いや、それは」
アムジットが女性を見る。女性は苦笑いをしながら明後日の方向に視線を逸らせた。
一方の雷華は開いた口が塞がらないでいた。アムジットの口から出た言葉があまりにも衝撃だったからだ。聞き間違いかとすら思った。だが、聞き間違いではなかった。蜂蜜色の髪を揺らしながら店に入って来たジグレイドが、にこにこしながら言ったのだ。「ただいまアリーシャ」と。




