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黒犬と旅する異世界 ~人の意思、世界の意思~  作者: 緋龍
人捜しを経て人助けをするに至った理由
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五十一話 キル

「はい、お待たせー!」


 賑やかな客に負けない大きな声とともに、机の上にどんっどんっと皿が置かれる。どの皿からも湯気が立ちこめていて、食欲をそそる香りが漂う。雷華たちはさっそく料理に手を付けた。


「うん、美味しい」


 白身魚の塩焼きは身がふっくらとしていて絶妙な焼き加減だった。付け合わせの野菜も新鮮で歯応えがいい。雷華は幸せな気分で皿の中身を減らしていった。


「まあまあだな」


「ライカの料理の方が美味しい」


 ルークとロウジュは、雷華の倍の量を雷華の倍の速さで食べている。にも拘らず、けして見苦しい食べ方ではないのだから感心するほかない。食堂の他の客からも注目を浴びている。が、これはルークたちの食べ方に見惚れてではなく、雷華を含めた三人の容姿に見惚れてのことだ。


「そうかな、この店の方が美味しいと思うけど」


 最後の一切れを口に入れ咀嚼して飲み込む。美味な料理の余韻に充分浸ってから、ご馳走様と言って雷華はグラスに手を伸ばした。


「でも、一番美味しいのはこれよね。癖になりそう」


 グラスの中の液体をうっとりと見つめて一口飲む。口に含んだ瞬間、芳醇な香りと程よい酸味と甘味が口内全体に広がった。


「確かに」


「美味い」


 今度は黒髪二人も素直に頷いた。グラスに入っていた液体は、フィエマ商会のリムゾ水だ。食堂前の看板に、ありますと書かれていたので雷華はこの食堂に決めた。グラス一杯と料理一人前の値段が同じと果物水にしては高額だったが、それでも飲みたいという気持ちが上回った。まさか注文したときに、店員から「随分景気がいいねえ。何かいいことでもあったの?」と訊かれるとは思わなかったが。下層区画の人間の間では、フィエマ商会のリムゾ水は、祝い事などの特別な席で飲まれることがほとんどらしかった。


「ルーク、人間の姿そのすがたになってもう結構経つけど、まだ大丈夫なの?」


 すでに皿もグラスも空にしているルークに視線を向けた。彼が人間の姿に戻ってからかれこれ二刻以上経過している。今までならそろそろ限界のはずなのだが。


「ああ、あと二刻はいけるだろう」


「へえ、大分長い間戻れるようになったのね」


 四刻ということはつまり一日の三分の一を人間の姿でいられるということ。少しの間しか戻れなかった頃に比べれば雲泥の差だ。良かったねとルークに笑いかければ、彼も口角を少し上げて雷華を見た。


「永遠に犬のままでいい」


 ロウジュが長い足を組み机に片肘をついて面白くなさそうに言った。


「何だと」


「はい、そこまで。クルディアってここから何日くらいかかるのかしら」


 二人の間に流れた不穏な空気を、手でぱたぱたと追い払う仕草をして、強引に話題を変える。

 ルークが人間に戻れる時間が長くなっても、二人の関係に変わりはない。むしろ悪化している気がする。それもこれも全部、選べない自分のせいなのかと、雷華は心の中で溜息を吐いた。


「分からん。船でしか行ったことがないからな。しかも現国王の戴冠式に列席するために一度行ったきりだ。クルディアとマーレ=ボルジエほとんど国交がないのだ。というより、クルディアはどこの国とも親密な関係を築いていないな」


「随分と閉鎖的な国なのね。じゃあロウジュも行ったことないの?」


「ない」


「そっか。クルディアの人の可能性が高いディーもいないし、困ったわね」


 大切な誰かに悠久のことわりを届けに行った、偽りの賞金稼ぎ。彼の名を口にすると途端にルークとロウジュの眉間に皺が寄った。


「あの男は好かん」


「まあ、ルークの気持ちも分からなくはないけどね。でも、根はいい人なんだと思うわ。必死で花を探してたんだもの」


 ディーは大切な人を亡くしている。だからもう二度と同じことは繰り返したくないと切実だった。本心が見えにくい人ではあったけれど、救いたいと思う気持ちに偽りはなかったように見えた。

 そんなつもりはなかったのだが、どうやらルークは雷華がディーを擁護ようごしたと思ったらしい。彼の鋭い瞳がすっと細められた。


「ライカに馴れ馴れしい。だから嫌い」


「それは……確かに」


 ロウジュの言葉に苦笑いしながら頷く。まさか手の甲に口付けされるとは。あのときは心臓が破裂するかと思った。今思い出しても顔が赤くなる。雷華は二人に悟られないようにリムゾ水を飲んで気持ちを落ち着けた。


「誰か、クルディアに詳しい人いないかな」


 そうそう都合よく見つかるわけがないと思いながら、グラスの中身を飲み干す。もう一杯飲みたかったが我慢した。まだ旅は続くのだ。ディナム侯爵に貰った金も無限にあるわけではない。急にまとまった金が必要になる可能性もある。そうそう贅沢してもいられない。


「でも、ここを出発する前に一瓶だけ買おうかしら。もう手に入らないかもしれないし……そうだ!」


 リムゾ水を諦めきれなかった雷華は、突然閃いた。ぱんっと手を叩いて人差し指でグラスを指す。


「フィエマ商会! ジーレィさんなら知ってるかも」


 マーレ=ボルジエに行ったことがあるジグレイドなら、クルディアにも行ったことがあるのではないか。商人なら他国と取引があってもおかしくない。

 ルークとロウジュも賛成し、雷華たちはさっそくフィエマ商会に行くことにした。

 この選択が、大きな波紋が広がる最初のきっかけだった。 

    

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