五十話 生
「あの、本当にありがとうございました」
目元を赤く腫らした“ライカ”が、フェリシアの墓の前から去って行く。途中で何度も振り返っては頭を下げていた。その姿を見ながら、彼女にも明るい未来への道を歩んでほしいと雷華は思った。
“ライカ”が二日前に見たという男たちがしていた刺青は、嘲狼のものとは異なっていた。彼女は、狼が笑いながら駆けている図柄だったと言った。目の潰れた狼が吼えている嘲狼の刺青とは似ても似つかない。
レヴァイアが率いていた集団とは違うと“ライカ”に教えてあげようと雷華が口を開きかけると、横でキールが大きな声で、そいつらは“真なる狼”だと言った。“真なる狼”とは賞金稼ぎくずれで出来た集団で、金さえ払えば何でも請け負うのだという。当然のことながら非合法な行いを常套手段にしているため、賞金首として手配されている。しかし、裏の仕事を依頼する貴族が“真なる狼”を匿っている場合もあるらしく、中々捕まえられないのが現状なのだとか。
“ライカ”から人相を詳しく聞いたキールは、絶対に捕まえてやると叫びながら飛ぶように駆けて行った。彼の素早すぎる行動に残された四人は、呆気にとられて茫然と彼の後ろ姿を見送ったのだった。
「やっとフェリシアさんのお墓にお参りできるわね」
同じ名前、同じ髪の色の女性の姿が見えなくなって、雷華はふぅと溜息を吐いた。フェリシアの墓の前に行き、適当に置いてしまった花束を供え直してから、屈んで両手を合わせ、瞳を閉じる。
(どうか安らかに。キールやマール、孤児院の人たちを見守って下さい。出来ることならレヴァイアが宝だと言った貴女と、話をしてみたかった)
彼女の冥福と叶うことのない祈りを捧げ、雷華はゆっくりと眼を開けた。よく磨かれた墓石には、孤児院の宝華フェリシアここに眠る、と彫られている。お世辞にも上手とは言えない彫り方だったが、深い愛情が感じられた。おそらく孤児院の人たちが心を込めて彫ったのだろう。
「面白い祈り方をするのだな」
「そうかな? 私の国では一般的なのだけど」
後ろで不思議そうにするルークに返事をしながら立ちあがり、裾に付いた砂を払う。振り返ると、何故かロウジュが近くの木を見上げていた。
「ロウジュ、何を見てるの?」
「あそこ」
隣まで行って訊ねると、ロウジュは木の枝を指した。
「んん? 何あれ、巣?」
ロウジュが指した先には黒と緑の楕円形の塊があった。どうやら黒は土、緑は葉のようだ。
「あれは風貴鳥の巣だ」
同じように木を見上げたルークが言った。
「風貴鳥?」
「雌は水色、雄は黄緑色の羽を持つ鳥。あの塊の中に卵がある」
「親は雛が卵の殻と塊の壁を破って来るのをじっと待つ。手助けは一切しない」
「へえ、それはちょっと冷たいのね。壁を破る力がないと自然で生き残れないってことを教えてるのかしら」
二人の説明を聞いて感じたことを口にすると、ルークがこくりと頷いた。塊はしっかりと固められていて、そう簡単には破れそうにないように見える。
「おそらくそうだろう」
「卵が貴重らしい。伯爵が欲しがってた」
ロウジュの言う伯爵とは、彼の母親を人質に取り彼を暗殺者としていいように利用していた最低の人間のことだ。雷華の過去を見る力により伯爵は捕まり、すでに爵位も剥奪されている。
「そうなの。あ、そういえば、鳥の卵で思い出したけど、妖雷鳥の卵を盗った一味、あれって多分キールの言ってた“真なる狼”とかいう奴らだったのね」
風が吹いて舞い上がった髪を押さえながら、ゾール村での出来事を思い返す。卵を奪った男が狼の刺青をしていたため、何となく嘲狼の仕業かと思っていたが、よく考えたら嘲狼の人たちがそんなことをする理由がない。しかも、卵を奪った奴らは貴族に依頼されたと言っていた。貴族を憎む集まりの嘲狼が、貴族の依頼など受けるはずがないのだ。
「まあ、今さら分かってもどうすることも出来ないのだけど……そろそろ帰りましょうか」
昼二の刻を告げる鐘の音が、遠くから聞こえてきた。身体は正直なもので、昼食の時間だと思うと空腹を感じてくる。雷華たちは来た道を戻り始めた。
「やりたいことも終わったし、次の目的地に行くための準備をしないとね」
墓と墓の間を歩きながら、今後について考える。先ほどキールの声に驚いて飛び立っていった鳥たちが、雷華たちの上を飛んでいった。水色の鳥もいたので、もしかしたら先ほどの巣の主かもしれない。
「次はどこに行くの?」
「うーんと、どこなのかしら」
ロウジュの問いに雷華は首を捻った。次に目指す場所が“凍土の地”なのは分かっているが、それがどこなのかは知らない。黒の石碑の前でルークに訊いたものの、答えを聞く前にディーとロウジュが戻ってきたため、会話が中断されてしまっていた。
雷華が眼でルークに訊ねると、彼は眉間に皺を寄せて答えた。
「クルディアだ」
「クルディア? それってどこにあるの?」
「イシュアヌの北」
そう言うとロウジュは立ち止まり、地面に簡単な絵を描き始める。小さな丸を中心とした三日月に見えた。
「ここがマーレ=ボルジエ、ここがイシュアヌ、ここがクルディア」
ロウジュは自分が描いた三日月に線を入れると、下の部分、真ん中の部分、上の部分を順番に指差した。
「へえ、こんな形をしていたのね。ここは?」
雷華は中央に描かれた丸を指差す。
「そこはヴィトニルだ。マーレ=ボルジエ、イシュアヌ、クルディア、ヴィトニル。この四国がヴォラヒューム大陸を治めている」
「なるほどね。あ、ちょっと訊きたいのだけど、女性が君主の国ってある?」
ディーの過去を思い出しルークに訊ねる。
「ああ、あるぞ。俺たちがこれから向かうクルディアがそうだ。何故そのようなことを訊く?」
「ディーがね、女の人に仕えているみたいだったから。もしかしたら女王の国があるのかなって思って。ロウジュとディーが戦っているとき、兵士みたいだって言ってたでしょ。多分当たっているんじゃないかしら」
「では、賞金稼ぎだといって悠久の理を探していたのは――」
「女王様のためかもね。病に臥せっている女性をディーの過去で見たし。顔をしっかり見たわけではないから、ディーが跪いていた女性とその人が同一人物だという確信はないけど。もちろん女王様だという確信もないわ。私は女王様の顔を知らないから。さ、そろそろ食堂に行きましょうか」
早く食べ物をくれと腹が催促してくる。雷華は二人を促して止めていた足を動かし始めた。
「そうだな」
「腹、空いた」
今は答えを出せなくても、いつか分かる日がくる。もし、分からないままだったとしても、それはそれで構わない。ディーが探し求めた悠久の理で、苦しむ人が助かるのなら。
そう雷華は思った。




