四話 問ウ答
「さてとベル君、あ、ベル君って呼んでもいい?」
今、雷華とロベルナは向かい合わせで冷たい地べたに座っている。椅子でもあればいいのだが、部屋にあるものはどれも満足に使えそうになかった。素敵な待遇をどうもありがとうと、嘲狼の塒とかいう集団の頭にお礼を言わなくてはなるまい。
「は、はい、構いません」
「ありがとう。じゃあベル君、いくつか質問するから分かる範囲で答えてくれるかな」
「はい。あの、ライカ、さん……」
三角座りをしておずおずと口を開くロベルナはとても可愛い。まるで小動物のようだと思ったが、口には出さなかった。
後で年齢を訊ねたところ、十三歳だということが判明した。可愛いと言われて喜ぶ歳ではないだろう。このとき何も言わなくてよかったと、雷華はほっと胸を撫で下ろしたのだった。
「ん? 何か聞きたいことでも?」
「その、どうしてそんなに落ち着いているんですか? ライカさんは恐くないんですか、これからどんな目に遭うかも分からないのに」
そう言うロベルナの瞳には明らかな恐怖の色が浮かんでいる。雷華は彼の頭を優しく撫でると、目線を合わせにこりと笑った。
「そうね、恐くないって言ったら嘘になるけど、それよりも怒りの方が強いかな。私を攫ったことを後悔させてやる! ってね。それに約束があるから。こんなところで時間を使ってる暇なんてないのよ」
雷華の言葉を聞いたロベルナは、視線をそらし俯いてしまった。
「強いんですね、女の人なのに……僕が知ってる女性とは全然違う」
「あはははは、まあ私は特別だと思うわ。何ていうか、性分なのよね」
ロベルナの言っている女性とは、おそらく貴族などの働くことを知らない人のことだろう。そんな女性と刑事である自分が違うのは当然のことなのだが、彼が不思議に思うのも無理はない。たとえ貴族の女性でなく町娘であったとしても、誘拐されれば怯えて震えるのが普通の反応だと思うからだ。ロベルナがそうであったように。
(でも私は震えて助けを待ったりしない)
絶対にここから脱出してみせる。そして傍で不安げに俯いている少年も助けてみせる。そう心に決めたが……少し、ほんの少しだけ今ここに黒髪の二人がいればいいのにと思った。
「って、二人に頼ってばかりじゃ駄目よね。さてベル君、そろそろ質問いいかしら」
わざと声に出して心細さを追い払う。そして笑顔をロベルナに向けた。雷華の声に反応して顔を上げたロベルナは、こくりと頷いた。先ほどより少しだけ、瞳にある恐怖の色が薄らいだようだ。
「ベル君はいつどこからここに連れて来られたの?」
「三日前……だと思います。ここは外が見えないから正確かどうか分からないですけど。シュローグランにある家から連れて来られました」
「シュローグラン?」
初めて聞く町の名前に首を傾げる。
「ここから北東にある町なんですけど、ご存知ありませんか?」
「私この国の人間じゃないから」
「そう、だったのですか」
ロベルナは驚いたようで、軽く眼を見開いていた。イシュアヌの人間だと思っていたのだろう。この世界の人間でもないのだけど、と雷華は心の中で付け足した。
「でも、この滅んだ町の名前と似てるわよね。何か関係があるのかしら」
リーレグランとシュローグラン。何となく響きが似ていると思ったのだが、その考えは間違いではなかったらしい。ロベルナはこくりと頷いた。
「ええ、リーレグランを離れた人たちが集まって出来た町ですから」
「なるほどね」
町が滅んだからといって人がいなくなるわけではない。新しい町が出来るのは至極当然のことだろう。少し新しい町というものを見てみたいと思ったが、今はそんなことを考えている場合ではない。雷華は小さく首を振ると、次の質問に移った。
「ベル君のお家は裕福? こんな訊き方どうかと思うけど……自分が攫われた心当たり、ある?」
「えっと、その……分かりません。お父様は男爵の爵位を持っていますが……」
そこまで言うとロベルナはぎゅっと唇を噛んで口を閉ざしてしまった。次の言葉を口にすることを拒んでいるようだ。
(やっぱり貴族だったわね。でもどうして言い淀むのかしら)
ロベルナが男爵の子息ならば、考えられるのは金目的だと思うのだが。彼が口を噤んだ理由が分からず、雷華は首を捻る。
「言いたくないのなら無理に答えなくていいけれど……お金目当てではないの?」
他の理由が思い当たらずそう訊いたのだが、しかしロベルナは勢いよく首を横に振った。
「わかった、質問を変えるわね。ベル君と同じように連れて来られた子は他にもいるのかな?」
どうにも腑に落ちなかったが、ロベルナが言いたくないのであれば仕方ない。雷華は話題を変えることにした。騎士は誘拐が頻発していると言っていた。ならば他にも捕らわれている子供がいるのではないかと思ったのだが、この問いにもロベルナは首を振った。
「分かりません。ここに来た日に子供の声を聞いたような気はするけど……でも誰にも会っていません」
僕をここに閉じ込めた人以外は。ロベルナは消え入りそうな声でそう付け足した。ぐっと拳を握りしめている彼の姿は、何かを必死に耐えているようで。雷華はまさかと思いながらも、訊かないわけにはいかないと口を開いた。
「ねえ、嘲狼の塒の奴らに」
何かひどいことをされたの? しかしその言葉を最後まで口にすることは出来なかった。