四十八話 人
「ライカ姐、それ本当かっ! こいつがフェリシア姐を死に追いやった“ライカ”なのかっ!?」
雷華の後ろで成り行きを見ていたキールが、“ライカ”の名を聞いて驚愕の声を上げる。
「ええ、そうみたい……キール!? 貴方何を」
地面にうずくまって怯えている“ライカ”を見ながら頷いたのだが、キールの纏う空気が一変したことに気がついた。嫌な予感がして後ろを振り返り、驚く。キールは腰の後ろに装備していた、ロウジュが使っているものよりも少し長い短剣を鞘から抜いていたのだ。剣を正面に構え、彼は憤怒の形相で叫ぶ。
「許さねえ! こいつが余計なことを言わなければフェリシア姐が死ぬことはなかったんだ! フェリシア姐が死ななければレヴァイアさんが苦しむこともなかった! 全部っ、全部お前のせいなんだ!!」
言い終わると同時にキールは、前にいた雷華を肩で突き飛ばし、“ライカ”に向かって駆け出した。
「キールっ!」
「きゃあああっ!」
体勢を崩した雷華が彼の名を叫ぶ声と、“ライカ”の悲鳴が共同墓地に響き渡る。
墓地の周りの木々で羽を休めていた鳥たちが、一斉に飛び立ち、地面にまだらの影を落として去っていった。無数の羽音が聞こえなくなると、辺りが静寂に包まれる。
キールの剣が“ライカ”に届くことはなかった。彼女が逃げないようにすぐ傍で眼を光らせていたルークが、素早くキールの腕を掴んで剣を叩き落とし、そのまま捻り上げて動けないよう身体を背後から押さえつけていた。
「放せっ、放せよっ! 俺は二人の仇を取るんだっ!」
怒りで我を忘れているキールは、ルークの拘束から逃れようと全身の力を使って暴れる。雷華はキールに駆け寄り、落ち着かせるために彼の頬を軽く叩いた。
「落ち着きなさい! この人を殺しても二人は還ってこない、死んだ人間は生き返らないのよ。それが分からない訳じゃないでしょう!」
レヴァイアに向かって叫んだのと同じ言葉をキールにぶつける。
彼の言い分が理解出来ないわけではない。出来ることなら望みを叶えさせてやりたい。だが、許すわけにはいかないのだ。それを許したら自分は刑事ではなくなってしまう。すでに元の世界では資格を失っているかもしれない。だが、その信念までも失いたくはなかった。
「分かってるよ! だけど許せるわけねえだろっ! 二人が死んでこいつだけがのうのうと生きてるなんて! そんなの……そんなのっ」
キールの身体から力が抜けていき、代わりに茶色の双眸から涙が溢れ出す。もう“ライカ”を襲うことはないと判断したルークは、彼から腕を放し拘束を解いた。ルークもロウジュも何も言葉を発しない。ただ、キールを見つめている。
「そうね、許せないわよね。私だって大切な人が殺されたら犯人を許せないと思うわ。だけど、復讐はキールに何も与えてくれない。殺したらきっと後悔する。命の重みをずっと背負っていくことになるのよ? 難しいし、辛い選択だと思うけど、よく考えて」
自分の考えを押し付けている自覚はある。だが、キールに復讐の血で手を汚して欲しくなかった。一時の感情に流されて過ちを犯して欲しくなかった。いや、彼の中で復讐は正しいことだと認識されているのかもしれない。だとすれば、それは間違いだと気付いて欲しかった。
「“ライカ”さん、何故フェリシアさんのお墓に?」
俯いて涙を流すキールの肩にそっと手を置いて、雷華は青ざめた顔をして地面にへたり込んだまま動けないでいる“ライカ”に眼を向けた。彼女は全身を震わせ恐怖で歯を鳴らしている。
「わ、わ、わたっ、私っ、ずっと、謝りたくて! で、でも、あの人の父親が私を、探してるって聞いて、恐くなって! でも、やっぱり、このままじゃいけないと、お、思って、孤児院に行ったけど、勇気がなくて。そっ、それで、先に……」
恐怖と緊張に満ちた彼女の言葉は聞き取り難かったが、言いたいことは分かった。復讐されることを恐れて逃げたものの、ずっと罪の意識に苛まれていたのだろう。彼女も後悔しているのだ。
「一昨日の夜に孤児院を見ていたのは貴女だったのね」
リムダエイムに着いた日の夜、キールたちを訪ねて孤児院に行ったときルークとロウジュが人の気配がすると言っていたのを思い出す。まさかあれが“ライカ”だったとは。
「き、気付いて、いた、んですか」
「気付いたのは私じゃないけど、まあ、それはいいとして。もう分かっているかもしれないけれど、いま貴女を殺そうとしたこの少年は、その孤児院出身でね。フェリシアさんを姉と慕っていたの」
何を言うべきか分かるわよね。そう眼で問いかける。すると“ライカ”は怯えた表情のままこくりと頷き、視線をキールと地面との間で何度か彷徨わせた後、ぎゅっと服の裾を握りしめて口を開いた。
「あ、あのっ、ほ、本当にごめんなさいっ! 伯爵様に叱られるのが怖くてつい嘘をついてしまったの! フェリシアさんが亡くなったと聞いたときも怖くて逃げ出してしまった。私があの時坊ちゃまから眼をはなさなければ……坊ちゃまが家から逃げたがっていたのは知っていたのに! 全部、全部私のせいなんですっ!」




