四十七話 ズ
支度を済ませ宿を出た三人は、辻馬車を拾って共同墓地に向かった。キールは先導するかたちで、自分の馬に乗り馬車の前を進んでいた。雷華たちも馬で行ってもよかったのだが、今日はゆっくり休ませてやろうということになり、木蘭と璃寛は留守番になった。
「お客さん、着きましたぜ」
御者の声とともに馬車がゆっくりと止まる。雷華は外に出て金を払い、墓地の入口にある木に馬を繋いでいるキールに近づいた。手には抱えるほどの大きな花束。途中で寄った花屋で、どの花も綺麗だと目移りしていたら、黒髪王子が全部買えばいいと勝手に店員に注文したのだ。店員も驚くほどの大きさだったが、綺麗なことに間違いはないので雷華は素直にルークに礼を言った。きっとフェリシアも喜んでくれるだろう。
「こっから少し歩くけど、ライカ姐、その花重くないっすか? 俺が持つっすよ」
「ううん大丈夫。ありがとう」
キールの申し出を礼を言って断った。ルークとロウジュからも馬車の中で同じことを言われたが断っていた。深い理由はないのだが、何となく自分で持っていたかった。
雷華の返事にキールは「そっか」と言うと歩き始めた。
共同墓地には数えきれないほどの石が整然と並んでいた。だが、花や供物が置かれているところは意外に少ない。この世界の人たちはあまり墓参りをしないのだろうか。少し気になったので、雷華は前を行くキールに訊いてみた。
「この辺りは身寄りのない人間か罪人の墓っすから。フェリシア姐が眠ってる辺りは花とかたくさん置かれてるっすよ」
「なるほどね」
身内がいても、罪人を参る気持ちはないということか。墓の周囲で手入れされずに生えたままになっている雑草が、寂しげに揺れていた。
墓石と墓石の間を進んでいくと低い柵で囲まれた場所に着いた。柵の中も墓石が並んでいたが、通って来たところにあった墓とは様子が異なっているのがすぐに分かった。柵の外の石は何の変哲もないただの大きな石だったのに、こちらの石は表面が綺麗に磨かれている。ほとんどの墓の前には花が置かれており、雑草も生えていなかった。
「あれ? フェリシア姐の墓の前に誰かいるみたいっす。珍しいな、こんな時間に」
キールが不思議そうに首を捻る。確かに今は昼前で、大抵の人間は働いている時間だ。こんな時間に墓参りする人間はあまりいないだろう。現に共同墓地に入ってから今まで、誰とも会わなかった。
「キールの知っている人?」
「いや、知らないっすね」
キールの肩越しに前方を見る。彼の言った通り少し先にある墓の前に誰かが屈んでいた。俯いているので顔は見えないが、雷華と同じ銀髪の女性のようだ。よほど熱心に祈っているのか、雷華たちには気づいていない。
「フェリシアさんのお知り合いの方ですか?」
傍まで行き、声をかける。すると、女性は異様な反応を示した。
「いやあぁっ! こ、殺さないでっ!」
怯えた声でそう叫ぶと、文字通り飛び上がって走りだしたのだ。
「はい!? あ、ちょっと待って!」
訳が分からずに目が点になってしまったが、すぐに我に返り女性を止めようと雷華は手を伸ばす。だが、触れただけで掴むことは出来なかった。手に持っている花束のせいで、思うように手が伸ばせなかったのだ。
女性を止めたのはルークとロウジュだった。ロウジュが素早く女性の前に回り、ルークが退路を塞ぐ。仲が悪いとはとても思えない見事な連携だ。花束をフェリシアの墓の前に置くと、内心感心しながらがくがく震えている女性に近づいた。
「驚かせてしまったのなら謝ります。でも、私たちは貴女に危害を加えるつもりなんてありません。どうか落ち着いて下さい」
安心させようと優しい声で話しかける。だが、女性は怯えたまま「お願い、殺さないで!」と繰り返すばかりだった。これでは話にならない。困った雷華は女性を観察することにした。女性を知る手掛かりが見つけられれば、と思ったのだ。
銀色の髪は肩で切り揃えられ、震える彼女の身体に合わせてさらさらと揺れている。涙に濡れる瞳は薄い蒼。着ている服は町の人が着ているのと同じで目立った特徴はない。高価な装飾品を身に着けてもいない。武装しているようにも見えない。ごく普通の女性に見えるのだが、一体何をしたのだろうか。よほどの恨みを買ったとか。
そこまで考えて、はっと気がついた。命を狙われている、銀の髪をした女性。それに当てはまる人を雷華は知っている。直接会ったことはなくても、記憶にはしっかりと刻まれていた。
「貴女……もしかして“ライカ”さん?」
呟き程度の小さな声だったが、女性の耳には届いたようだ。怯えた表情が絶望へと変わる。それを見て間違いないと確信した。この女性が“ライカ”ならば、この異常な怯え具合も納得がいく。レヴァイア率いる嘲狼が血眼になって探していたはずなのだから。この女性と間違われて攫われたのかと、眼の前の“ライカ”を見ながら雷華は複雑な気持ちになった。




