四十二話 ソ
「中は真っ暗ね」
崖の上にあるそんなに広くはない足場に、無事に着地することが出来た雷華は、うるさく動く心臓を落ち着かせてから洞窟の中を覗き見た。
微かだが風が流れているように感じる。暗くて何も見えないが、行き止まりになっているわけではなく、どこか別のところに通じているのだろうか。迷路のように入り組んでなければいいのだが。
雷華は洞窟から視線を外し、二人と一匹に眼を向けた。
ディーもすでに来ている。一番体重があり、なお且つ、大剣を持っているにも拘わらず、彼の木を登る姿は全く危なげがなかった。流石と言う他ない。
「これはカンテラを点けなきゃ駄目っぽいわね。ライカちゃん、持ってきてる?」
「ええ。ロウジュ、お願い」
「分かった」
ロウジュが背負っていた皮袋からカンテラを取り出し火を入れる。十分な明るさとはとても言えなかったが、ないよりは大分ましだろう。
「ディーはカンテラ持ってきてないの?」
「いんや、持ってるよ。でも一つで大丈夫でしょ。手が塞がるからあんまり使いたくないのよね」
なるほどと雷華は頷いた。木刀を腰に差している雷華とは違い、ディーは剣を手に持っている。カンテラを持てば両手が塞がり、何かあってもすぐに剣が抜けないことを危惧しているのだろう。
「じゃあカンテラを持つのは私かロウジュになるけど」
「ライカが持ってて。暗闇は慣れてるから。先頭も俺が行く」
「分かったわ。でも気を付けてね」
ロウジュはこくりと頷くと、何の躊躇いもなく洞窟に足を踏み入れた。すぐ後に雷華とルーク、一番最後にディーが続く。
三人と一匹は慎重に奥へと進んでいった。高さと幅は十分にあり、歩くのに支障はなかったが、ところどころに大小様々な岩が、行く手を阻むかのように転がっており、ときにはそれらを乗り越えなくてはならなかった。
「こんな場所で何かに襲われたら一溜まりもないわね」
カンテラを左右に動かして周りを確認しながらロウジュの後を追う。彼は、この暗闇の中でも確かな足取りで進んでいた。
「その心配はない。俺たち以外の気配を感じないからな」
並んで歩くルークが雷華の呟きに答えた。同時に後ろからも声が聞こえてくる。
「大丈夫、万が一のときには俺が守ってあげるから」
「それはそれは、頼りにしてるわ」
「ライカ!?」
ルークが非難めいた声を上げる。何故そんな奴を頼りにするのだと言いたいのだろう。しかし、雷華の言葉には続きがあった。
「いざとなったらディーを囮にして私たちは逃げるから、よろしくね」
振り返ってにこりと笑う。もちろん本気ではない。ルークが何もいないと言ったからこその冗談だ。
「えっ、ちょっ、それはひどくない!? 笑顔で言う言葉じゃないよね!?」
「そうだな、そうしよう」
喚くディーと納得した様子のルーク。ディーがどう受け取ったかは分からないが、少なくともルークは本気にしたようだ。暗がりの中、首を縦に振りながらとてとて歩くルークの姿を見て、雷華は吹き出しそうになった。
「ライカ、明りが見える」
「ほんと? 出口かしら」
ロウジュがいる場所は雷華の身長ほどの高さの岩の上だ。登らなくても通れそうな隙間が岩と壁の間にあったので、そこを通って雷華は岩の前に出た。
「本当だわ。あそこだけ明るい」
ロウジュの言った通り、少し先に一部分だけ切り取られたかのように明るくなっている部分があった。明りの中には背の高い岩があり、地面と岩の両方にびっしりと苔が生えていた。
「出口というより上から光が差し込んでるって感じね」
後ろからディーがやってくる。岩の上には登らなかったらしい。隙間はそれほど大きくはなかったのに、よくディーが通れたものだと雷華は些か驚いた。
「あそこが目的地か」
「行ってみればわかるわ」
呟いて雷華は足を前に踏み出す。明るくなっている場所まではこれといった障害物もなく、すんなりと進むことが出来た。しかし、あと少しで着くというところで、ロウジュが待ったをかけた。
「気配がする」
「嘘!? さっきこの洞窟には何もいないって――っ」
ルークが言っていたと口を滑らしそうになり、雷華は慌てて言葉を飲み込んだ。
「違う、ここじゃない」
「確かにするね。微かにだけど人と獣の声が聞こえてくる」
ディーが何も言ってこなかったことに安堵するが、違うところで驚いた。何故なら、何も聞こえなかったからだ。微かに葉が揺れる音がするくらいで、人の声も獣の声も、雷華の耳には届いてこなかった。
「聞こえないけど」
「こちらに近づいてくる」
耳を澄ませて動かずに待つ。しばらくすると確かに人の声らしきものが、微かにではあるが聞こえてきた。
「本当だわ。何かあったのかしら」
「あの鳴き声は凪猫だわ。誰かが怒らせて逃げてるみたいね。凪猫は普段は大人しいけど、怒らすと恐いのよ」
「え、でも」
猫なのだから大したことないのでは、と言いかけた雷華だったが、それを口にすることはなかった。にゃおおおおぉぉっっ、という低い、とても猫とは思えない迫力の叫び声が聞こえてきたからだ。




