四十話 ダ
「ま、まだなの……」
ぎざぎざの巨大な葉が生い茂る道なき道を登りながら、雷華は肩で息をしながら溜息を吐いた。
ディーがこの辺りだったと馬を止めた場所で、もう一度黒い光の位置を確認すると、こっちだと言って雷華は先頭にたった。距離的にそれほど遠くはない場所に光はあった。
しかし、予想通りというか、途中に馬ではとても登れそうにない崖があり、雷華たちは馬を置いて進むことになった。必死の思いで崖をよじ登ると、そこは異常なほど緑が溢れていた。まるで人間の立ち入りを拒むかのように。
雷華が二の足を踏んでいると、ディーが「ここを行くのね」と言って大剣で行く手を阻む草をばっさりと斬って進み始めた。彼の行動には何の躊躇いも見られなかった。
地面から飛び出た木の根に引っかかって転んだり、巨大虫を目撃したり、縄張りを荒らされたと思ったらしい灰色の鳥に、嘴で突かれそうになったりしながら雷華は、ディーの後ろを進んだ。本当なら雷華が先導しなければならないのだが、とても出来そうになかった。それどころか、川のように群れで動く鈍色の蛇の群れを見たときは、いっそ気を失いたいとすら思った。
「ライカ、少し先に崖がある。上に洞窟みたいなの見えた」
木の上から辺りの様子を探っていたロウジュが戻ってくる。ただ進むだけの雷華と違って、彼はずっと偵察のようなことをしてくれていた。汗だくの雷華より疲れていてもおかしくないはずなのに、ロウジュにその様子は全く見られない。嫌というほど分かってはいるが、やはり身体能力が違いすぎる。
ディーに見つからないようこっそりと、眼鏡をかけて前を見る。光はもう目の前だ。ロウジュの言った場所が目的地でほぼ間違いだろう。
「多分そこだと思う。ありがとうロウジュ、疲れてない?」
「平気。ライカの方が疲れてる」
「確かに……。何でこんな山奥に来させようとするんだか。町なかとは言わないけど、もう少し行きやすいところにしてほしいわ。落ち葉で滑りそうになるし、根っこでこけそうになる、しいぃっ!?」
言ってる傍から、ディーが切り落としたと思われる巨大な赤黒い葉で足を滑らせた。
「ライカ!」
「危ない!」
ロウジュが素早く雷華の腕を掴む。はあぁっと深い安堵の息が零れた。これでロウジュに助けられたのは三度目だ。転んだ回数はそれ以上になる。
「大丈夫?」
「ええ、ありがとうロウジュ。また痣が増えるところだったわ」
もうすでにいくつも痣ができているであろうことは確信している。嘲狼の一人に攫われたときにできた痣がやっとなくなったと思ったのに。まあ、命に係わる怪我などをするよりはよほどましなのだが。
「俺が人間の姿に戻れればいいのだが」
「そんなことしたらディーに全部説明しなきゃいけなくなるでしょ。大丈夫よ、ロウジュが助けてくれるし。でも、ありがとうね」
へにょっと耳を垂れさせて悔しそうにするルークの頭を屈んで優しく撫でる。そこに先に行っていたディーが大剣を肩に担いで戻ってきた。
「おーい、この先行き止まりだったけど、ってどうしたの? もしかしてまた転びそうになった?」
何故ルークを撫でる雷華の姿を見てそう思ったのかは謎だが、当たっているだけに何も言い返せない。ディーにも一度、こけそうになったところを助けられていた。腕を強く引かれ過ぎて、尻もちをつかなかった代わりに、彼の分厚い胸板で顔面を強打するというおまけ付きだったが。そしてそのすぐ後に彼は、ルークに後頭部を蹴られ「何で!?」と叫んでいた。
「崖になってるんでしょ。目的地はその上だから」
「え? なんで知って……ああ、兄さんね。そんで、転びそうになったのは図星、か」
「そうよ、どっちも正解」
立ち上って外套に付いた土を払う。ディーにも全く疲れた様子が見られない。
「あれ、ライカちゃん機嫌悪い? それとも疲れちゃった?」
「それもどっちも正解です。ほら、早くその崖まで行くわよ」
「うっ!?」
ディーの脇腹を拳で突いて横を通り過ぎる。彼らと自分は全く違う。それを分かっていても、つい悔しいと思ってしまう。結構な負けず嫌いだなと、雷華は小さく笑った。




