三十九話 界
先ほどディーが座っていた岩に腰を下ろし、ルークと話していると二人が戻ってきた。ロウジュがルルムという植物の実を採ってきてくれたので、全員で食する。甘酸っぱい果汁が豊富でとても美味だった。ディーによるとルルムの実はとても高価なものらしい。貴族ならともかく、庶民が口にする機会などそうそうないのだとか。
「さて、美味いものも食ったことだし、そろそろ行きますかね」
ぽんと膝を打ってディーが立ち上がる。
「ええ。まだ上に登るの?」
ルークを入れた皮袋を木蘭の背に載せながら訊ねる。彼が向かおうをしている先と、光が見えた場所が同じかどうか確認しておきたかった。
「ええっと、そうね、もうちょっと登ってから東かな」
「分かったわ。案内よろしく」
方角は問題ないようだと頷いて、雷華は木蘭によじ登る。ロウジュもディーもすでに馬上の人になっていた。
「ほいほーい」
雷華が馬に乗ったのを見て、ディーは黒翔馬の腹を蹴った。
花の甘い香りと草木の青々とした香りを嗅ぎながら進んでいく。徐々に道が悪くなり、生い茂る草が行く手を阻んできたが、それでもまだ馬を使用することが出来た。
「ねえ、ディーはどうして悠久の理を探しているの?」
「あー、うん、病気の人が知り合いにいてね」
「そうなの。伝説の花を探してまで助けたいなんて、よほど大切な人なのね」
「……そう、ね。あの方が死んだら、俺はもう……」
生きてはいけない。紡がれていない言葉が風に乗って聞こえた気がした。
ルークとロウジュも聞こえたのか、神妙な面持ちになっている。もしかすると、ディーに共感しているのかもしれない。
雷華はカダリの小屋前で見たディーの過去を思い出す。病に臥せっている人がいた。おそらくその人だろう。確か女性だったはずだ。
(違う女性の亡骸の傍でディーは啼いていた。彼女を救えなかったから、今度は絶対に救いたいと思っているのね。亡くなった人は多分恋人か妻。じゃあ、いま病気で倒れている人は誰なのかしら)
新しい恋人か。そう考えた雷華の頭に、ディーの過去で見た一場面がよぎる。煌びやかなドレスの女性にディーは跪いていた。二人は主従関係にあるように見えた。大切な主君を救うために奔走している。恋人よりもその方がしっくりくると雷華は思った。
(もしかして、彼が身分を偽っているのは、この国の人間ではないから?)
もしディーがイシュアヌの兵士で、病気の女性が王かそれに近しい者だとしたら、身分を隠す必要などない。堂々と、大々的に、捜索出来るはずだ。だが、それが出来ないということは、ディーも女性もこの国の人間ではないのではないか。
「別にどこの国でも構わないけどね」
誰にも聞こえない声で呟く。
自分の推理が当たっているのか外れているのかは、どちらでもいい。どこの国のどんな人間かなど問題にもならない。重要なのは、誰か苦しんでいる人がいて、ディーが助けたいと思っていることだ。
「絶対に見つけてあげたい……って、え?」
意気込む雷華の肩に軽い衝撃が走る。何だろうと思って視線を向けると、黄緑色の節足動物がいた。
「ひいぃぃぃっっ!」
慌てて手で払って地面に叩き落とす。黄緑色の節足動物は、うごうごと蛇行しながら草の下に潜っていった。
「ライカ、大丈夫か!?」
「な、何だったの、今のは」
身の毛がよだつ体験に、雷華は身震いする。
「木の枝から落ちてきたみたいね。噛まれたりしなかった?」
「え、ええ」
「ライカ、気を付けて。色々、いる」
何が、とは訊き返せなかった。答えを聞きたいと微塵も思わなかったからだ。
先ほどの意気込みはどこへやら。一刻も早く山を出たいと思った雷華だった。




