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黒犬と旅する異世界 ~人の意思、世界の意思~  作者: 緋龍
人捜しを経て人助けをするに至った理由
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三十五話 ル

「それで、俺に訊きたいことって?」


 賞金稼ぎで賑わう『星狩り』の食堂兼酒場で美味そうに麦酒を飲み干したディーが、向かいで肉団子入りのスープを飲む雷華に視線を向けた。隣ではロウジュが、足許ではルークが同じものを食べている。

 訊きたいことがあると言った雷華だったが、結局、リムダエイムへの帰路では何も訊くことが出来なかった。走る馬の上では簡単な自己紹介をするので精一杯だったのだ。だから、手配依頼所にカダリを預けたディーと一緒に夕食を取ることにした。ルークとロウジュはいい顔をしなかったが。


「えっと、ディーさんはここの後ろにある山に行ったことがありますか?」


「リムダ山? うん、あるよ。あそこが一番悠久の理がある可能性が高かったからね」


「そうなんですか?」


「ライカちゃんたちはイシュアヌの人間じゃないんだっけ。じゃあ知らないのも無理ないか。リムダ山には言い伝えがあってね。――遥か昔、乾ききっていたイシュアヌの大地を甦らせた人間がいた。名前はリムダ。年齢も性別も分からない。彼――彼女かもしれないけど――には特別な力があった。己の命と引き換えに水を湧きださせる力が。リムダが慈しみの心で祈りを捧げると大地の奥深くから滾々(こんこん)と水が湧きだし、川となって大地を潤した。イシュアヌの人々はリムダを讃え、王にしようとした。しかし、リムダはすでにその生を終え、骸は大地に溶けてしまっていた。人々は命を賭して自分たちを救ってくれたリムダを忘れまいと、水が湧きだした山にその名を付け、麓に町を作った――このリムダエイムをね」


 そこまで喋るとディーは一度口を閉ざし麦酒を口に含んだ。


「言い伝えでは骸が溶けた場所は水がなくても草木が枯れないらしい。一説ではそこに悠久の理が咲いていると言われている。ま、あくまで伝承だから。嘘か本当か誰も分かんないんだけどね」


 話し終えたディーは、傍を通りかかったミラに麦酒と料理を頼み始める。しかし、雷華の耳に二人の会話は入ってこなかった。スプーンを手にしたまま固まっていた。

 慈しみの心と枯れない草木から連想されるのは、『黎明と黄昏』に浮かび上がった“慈愛の緑”という言葉。ディーの過去で見た光の場所が次の目的地なのは間違いない。そしてリムダ山の言い伝え通りならば、そこは水がなくても草木が枯れないところであり、万病に効く花が咲くところでもある。

 悠久の理が咲く場所が永劫の園ではないかというヴォロンの考えは当たっていたのだ。


「ライカ、どうした?」


「え、ああ、うん、大丈夫。ちょっと考え事をね」


 顔を覗き込んでくるロウジュに何でもないと首を振り、食事を再開する。ディーは酒と料理を持ってきたミラと楽しげに話したりしていたが、雷華は無言で手を動かし続けた。

 そして、皿を空にし水を飲んだところで、おもむろに口を開いた。


「あの、ディーさんが花を探した場所ってリムダ山のどの辺りですか?」


「どの辺りって、ライカちゃん行くつもりなの? あそこは許可証がないと入れないわよ」


 ミラが他の客に呼ばれ、ようやく食べ始めたディーはきょとんとした顔で雷華を見る。ルークとロウジュは、雷華がリムダ山についてディーに訊ねた時点で次の行き先だと理解したのだろう。驚いた様子はなく、ただじっと雷華を見つめている。

 

「でもディーさんは持っているんですよね? 山に入ったことがあるわけですから」


「まあね。前に助けた貴族を脅し……貴族様にお願いして書いてもらったからね」


 どうやらあまり大っぴらには出来ない方法で手に入れたらしい。だが、今重要なのは入手方法ではなく、ディーが許可証を持っているということだ。


「私たちをリムダ山に連れて行ってもらえませんか?」


「うーん、おっさんこう見えて意外と忙しいのよねえ」


「リムダの骸が眠る場所を教えると言っても?」


 言い終わった瞬間、ディーの纏う空気と彼の表情が一変した。たるんでいた糸が、ぴんと張ったような、しかもその糸が凍りついたかのような変わりようだった。


「……それ、本当?」 


 表情はすぐに元に戻ったが、空気は戻らない。賑やかで騒がしい食堂兼酒場にいたはずなのに、突然全く知らない場所にいるような錯覚を、雷華は覚えた。


「悠久の理が咲いているという保証はありませんが」


「…………分かった。明日で構わないか」


「構いません。ありがとうございます」


「朝三の刻に宿の前で待ってる」


「分かりました。では、私たちはこれで。ルーク、ロウジュ、部屋に戻るわよ」


 席を立ち出口に向かう。扉を開けるとき振り返ると、ディーは机に置かれたグラスに視線を落としており、彼がどんな表情をしているのかを窺い知ることは出来なかった。


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