三十三話 ヲ
ロウジュの外套を地面に置き、フードを被って取り出した眼鏡をかけ、意識のない男に意識を集中させる。
カダリは、蒼色の花をどこかの岸壁にぽっかりと開いた洞窟で見つけていた。崖の上にある岩に縄をくくり付け断崖絶壁を下りる勇気は称賛に値する。だが、薄暗くてごつごつした洞窟は、どう見ても“夢のように美しい花園”には見えない。おそらく、本当の発見場所を言うより、よりそれらしい場所を言った方が信憑性が増すとでも思ったのだろう。
「花が偽物って分かったときから予想はしてたけどね」
呟きながら過去を遡って見ていく。しかし、いくら見てもこの男がどうしようもない人間だという情報しか得られなかった。
これ以上は見ても意味がないと判断した雷華は、カダリから顔を上げ立ち上がった。
視線の先ではロウジュとディーが激しく剣をぶつけ合っている。
「どんな鍛え方したらあんな重そうな剣を自由に振り回せるようになるのかしら」
ロウジュの素早い攻撃のほとんどを、ディーは避けることはせずに受け止めている。尋常ではない反射神経と、大剣を完璧に使いこなせる筋力がなければ到底不可能だろう。
「賞金稼ぎというのは嘘だな。あれは厳しい訓練を受けた者の動きだ。かなり変則的ではあるが」
「それってつまり、ルークと同じってこと?」
「ああ。おそらくどこかの国の兵士だろう」
ディーが大剣を振るうたび、斬られた黄金色の草が空に舞い、風に流され飛んでいく。
「身分を偽っている理由は何なのかしら。ん? いま何か光ったけど、ルークは見た?」
ディーのすぐ傍で一瞬だけ見えた光。剣が陽の光を反射したのかと思ったが、ルークは首を振った。
「いや、俺は何も見ていない」
「ということはディーさんの過去の何かが……ああっもう、遠くてよく見えないし、それ以前に動きに眼がついていけない。終わってからでないと無理だわ。でもなんて言えば」
動かず眼を閉じてじっとして欲しい。初対面の人間に、いや初対面でなくとも突然そんなことを言われて無条件で実行してくれる人間がそういるとは思えない。結果的に承諾してくれるとしても、大抵の人間はまず理由を訊ねてくるだろう。雷華自身、もし誰かに言われたら確実に何故と訊き返す。だが、それでは困るのだ。
「“貴方の過去を見たいんです”なんて言ったら完全に頭がおかしいと思われるわよね。どうにか自然に見る方法はないかしら」
「占いだと言えばいいのではないか」
「それは無理よ。あの人の探し物は悠久の理なんだから。見たこともない花を見つけるなんて出来ないわ」
「そう、か。そうだな」
「睡眠薬を盛って……いや、私刑事だし犯罪に手を染めるわけには……そもそも睡眠薬なんて持ってないし」
一緒に野宿でも出来ればいいのだが、ここから王都までは馬で半日もかからない。夜には宿に戻れてしまう。かといって同じ部屋に泊まるわけにもいかない。相部屋を申し出る理由がないし、それ以前にルークとロウジュが首を縦に振らないだろう。
ロウジュとディーの流れるような動きを眺めつつ、腕を組んで雷華は唸る。人間の姿に戻って戦いたいのか、ルークは前足で地面をかりかり引っ掻いていた。
雷華とルークの背後でゆらりと人影が動く。
「う、動くなよ」
人影は雷華の腹に手を回すと、首に剣を押し当てた。
「なっ!?」
「ライカ!」
「あ、貴方、意識が」
視界に入る薄い刃が陽光を反射して鈍く光る。
「怪我したくなければ動くなよ」
雷華の耳元でそう囁くのは、地面に横たわっていたはずのカダリだった。ディーに殴られた腹が痛むのか、声には張りがない。しかし、剣を握る手は震えておらず、下手に動けば危険なのは間違いなかった。
「貴様、殺す!」
牙を剥き出しにしたルークが、体勢を低くして吼えた。その声が聞こえたらしく、ロウジュとディーが慌てた様子で駆けてくる。それを見た雷華の頭に一つの考えが閃いた。
(これって利用できるんじゃない?)
「ルーク待って。私なら大丈夫だから」
「しかしっ」
雷華はカダリに飛びかかろうとするルークを止めた。彼ならば容易くカダリを倒せるだろうし、自分一人でも今の状態から逃れることは出来る。だが、今はまだ早い。
「大丈夫だから」
戦闘の構えを解かないルークの眼を見て頷き、視線をディーに移す。その視線の動きで雷華が何を考えているのか理解したルークは、しぶしぶといった感じで体勢を元に戻した。
「へっ、ちゃんと躾がされてるみてえだな。感心感心」
「なんでこう悪人ってしぶといのかねえ。もっと力入れて殴れば良かったわ」
「汚い手でライカに触れるな。死ね」
ルークの隣までロウジュとディーがやってくる。あれだけ激しく動き回っていたにも拘わらず、息ひとつ乱れていない。
「色々言いたいことがあるとは思うけど、とりあえず二人とも動かないで。なんだか私の命が危ないみたいだから」
カダリに気付かれないよう指でフードに隠れた自分の顔を指し、ディーを指す。雷華の指の動きを見たロウジュは、不満そうな表情をしながらも構えていた短剣を下ろした。




