三十一話 ノ
翌日の昼過ぎ。雷華の眼前に広がるのは、一面の黄金色の草。風に揺られるその姿は、まるで海のようだ。遠くに見える蒼い海に勝るとも劣らない美しさ。この丘に座り、きらきらと輝く金と蒼の海を眺める。きっと一日中飽きずに居られるだろう。今は昼だが、夕陽や月に照らされていても美しいに違いない。
こんな場所に住んでいる賞金稼ぎのカダリが雷華は羨ましいと思った。
「あそこね」
「そのようだな」
二人と一匹は馬を降り、金の海の中に佇む小屋に近づく。あまり立派とは言えない、どちからといえば粗末な造りだ。
「誰か他にいる」
ロウジュが小屋の脇にある、馬を繋いでおくための柵を指差す。栗毛と黒毛の馬が繋がれていた。「あれは、黒翔馬ではないか」と、ルークが驚いた様子で呟く。
「来客中みたいね。出てくるのを待った方がいいかしら?」
木蘭を黒毛の馬の隣に繋いだ雷華は、足許にいるルークに意見を求める。
「中にいる人間の意向を訊けばよいだろう」
「それもそうね」
頷いて扉の前に行き、叩こうと雷華が腕を上げた。そのとき、
「危ない!」
「わわっ!?」
上げた腕をロウジュに引っ張られ、大きくよろめく。次の瞬間、ばんっ、と勢いよく扉が開き、中から金色の髪の男が転がり出てきた。男の頬は真っ赤に腫れ上がっている。
雷華の頬を汗がつたう。ロウジュが止めてくれなければ、間違いなく扉と激突していただろう。
「シルグの情報だったし、期待してたんだけどねえ。お前さん、ふざけるのもほどほどにしといた方がいいわよ。長生きしたいでしょ? ――もう一度だけ訊くわね。これは何?」
小屋の中からもう一人、無精髭を生やした灰色の髪の男が現れ、陽の光を受けた海のように美しい蒼色の花を、地面に倒れている男の鼻先に突き付ける。雰囲気からしてどうやら金髪の男を殴り飛ばしたか蹴り飛ばした人間のようだ。
「だ、だからっ、それが悠久の理だって言ってるだろ!」
「えっ?」
金髪の男の口から出てきた言葉に雷華は驚く。あれが悠久の理なのか。ヴォロンが言っていたとおり、確かに綺麗な花だ。ということは、金髪の男が賞金稼ぎのカダリなのだろう。
しかし、灰色の髪の男は口元に浮かべていた笑みをさらに深めると、カダリの胸ぐらを掴んだ。
「よっぽど死にたいらしいねえ。あのね、俺はこれが何だか知ってんの。これはローディスの花。戦いの際に身につけていれば勝利をもたらしてくれると言われていることから“戦の護”と呼ぶ人もいるわね。滅多に見ない珍しい花だけど、でも悠久の理じゃない」
そう言うと、灰色の髪の男は蒼色の花を無造作に投げ捨てた。
「さてと、何か反論することは――ないよね。じゃあ死んでくれる?」
「ちょ、ちょっと」
何も殺すことはないだろうと、止めに入ろうとした雷華だったが、言葉に反して灰色の髪の男はカダリから手を離した。
「と言いたいところだけど、俺ってば心が広いから許してあげるわ」
「たっ、たすかっ、ぐふぅぇっ」
解放されたカダリは心底ほっとした顔で起き上がろうした。が、灰色の髪の男に腹に拳を叩きこまれ、どさりと地面に倒れこむ。完全に意識を失ったようで、ぴくりとも動かなくなった。
「無駄足踏まされたんだからこれくらいは当然。殺されないだけありがたく思いなさいな」
面倒だねえ、とぼやきながら灰色の髪の男はカダリを肩に担ぐ。そして、いま気付いたとばかりに――それが演技であることは一目瞭然だった――雷華たちに目を向けた。男の左眉の上には小指ほどの長さの傷があり、癖のある髪の隙間から見え隠れしている。年齢は三十代半ばぐらいだろうか。
「こんなところに美人のお姉さんが何の用? あ、もしかしてコイツが目当てだったりする?」
男は肩に担いだカダリを揺すった。
「ええ、まあ。悠久の理について訊きに来たんですけど……偽物だったみたいですね」
多少警戒しながら答える。ロウジュは数歩離れた場所で懐に手を入れている。ルークは雷華にぴったりと寄り添い、男を睨みつけていた。
「なになに、お姉さんも悠久の理を探してるの? どうして?」
面白そうにルークを見ながら男は会話を続ける。
「いえ、花ではなく花の咲いている場所が知りたかったんです」
「あらら、そりゃ悪いことしたわね。多分半刻は起きないわよ。あ、でもコイツが持っていたのはローディスの花だから別に問題ないのか」
「そういうことになる、んでしょうね」




