三十話 ル
『王様っすか? そうっすねえ、遠くから一回しか見たことないっすけど、普通の子供って感じだったっす。そういえばもうすぐ生誕祭っすね。気になるんだったら見物していったらいいっすよ。王様が下層区画まで下りてくる唯一といってもいい日っすから。あ、ここが『星狩り』っす。値段も手ごろで飯も美味いんすよ。俺のおすすめは――』
机についた傷をぼうっと眺めながら孤児院から宿に着くまでにキールと交わした会話を思い出していた雷華だったが、注文した料理がくると視線を上げ、深々と溜息を吐いた。
「確かにキールの言った通り、値段の割にいい宿だと思うしご飯も美味しい。それについては何の不満もない。ないけど」
ここは『星狩り』の一階にある食堂兼酒場。賞金稼ぎの紹介ということで宿泊代が少し安くなったことに気を良くした雷華は、部屋に荷物を置き、美味しそうな匂いの漂うこの場所に上機嫌でやってきたのだが――扉を開けた瞬間、一歩引いた。七割がた埋まっている席、そこに座っていたのが全員男だったのだ。それも暑苦しいとかむさ苦しいという言葉がぴったりの。
「賞金稼ぎだろうな」
「でしょうね」
外の食堂に行けばよかったと後悔しながら熱々のスープを飲む。別に客が全員男なのは構わない。まさか一人の女性客もいないとは――そんな宿をマールが勧めるとは考え難いので、たまたまなのだろう。賞金稼ぎの大半は男と考えれば納得もできる。しかし、食堂に入ったときから感じる男たちの無遠慮な視線には、いい加減うんざりだ。
「脅す?」
「駄目だって。捕まったらどうするのよ」
チーズが載ったパンを齧るロウジュの頭を軽く小突く。
「冗談なのに」
「ロウジュが言うと冗談に聞こえないのよ」
雷華がうんと頷けば、ロウジュは即実行に移すだろう。酒場で乱闘騒ぎ。すぐに兵士が飛んできそうだ。想像して雷華はぷるぷると身体を震わせた。
(早く食べて部屋に戻ろう)
絡まれても厄介だし長居は無用だと皿の中身を次々口に放り込んだ。せっかくの美味しい料理をゆっくり食べられないのは非常に残念なのだが、仕方ない。
「二人とも、とっとと部屋に戻るわよ」
「分かった」
「ああ」
二人と一匹は無言で食べ続け、あっという間に皿を空にした。店員にご馳走様といって席を立つ。誰とも視線を合わせず食堂から出て行こうとしたのだが、出口まであと数歩というところで声をかけられた。振り返ると、食堂の中を忙しく動き回っていた店員の一人だった。
「貴方たち、初めて見る顔ね。新人の賞金稼ぎ?」
金色の髪に綺麗な碧の眼の女性。雷華と同じくらいの年齢に見える。大きく胸の開いた服を着ており、自然と眼がそこにいってしまう。自分の胸に視線を落とした雷華は、何となく負けた気がした。
「あ、いえ、ここは知り合いの賞金稼ぎに紹介されただけで、私たちはただの旅人です」
「ふうん、そうなの。ここへは生誕祭を見物しに?」
近くの席から「ミラちゃん、注文取ってくれよ」と声がかかる。どうやら女性はミラという名前らしい。店員は他にもいるのに彼女を名指しするのは、知り合いからなのか、それとも下心があるのか。ミラを呼んだ客の表情を見る限りでは、おそらく後者だろう。
ミラは振り返り「ちょっと待ってね」と言って投げキスする。自分には到底真似できないなと、雷華はよく分らない敗北感を感じた。
「違います。ちょっと人を捜していまして」
「誰を捜しているの? わたし下層区画なら結構詳しいわよ」
「あ、大丈夫です。もうカダリさんの居所は分かったので」
すでに双子から場所は聞いている。明日の朝出発すれば、昼過ぎには着けるだろう。
「でも、ありがとうございます、えっと、ミラさん」
礼を言うと、ミラは二、三度瞬きをしてからにっこりと笑った。
「どういたしまして。良かったらまた来てよね」
手を振って客のところに歩いていくミラ。彼女の後ろ姿を見ながら、何故か口から溜息が零れる雷華だった。




