二十九話 廻
「ライカさん!」
「ライカ姐!」
「ライカ姐様!」
「うえっ!? わっ、わわっ!」
玄関の扉が開いたと思った瞬間、三人の人影が突進してきた。何の心の準備もしていなかった雷華は、受け止めきれずに尻もちをつく。頭を打ちはしなかったものの、自分一人の体重ではないためかなり痛い。
「だ、大丈夫か、ライカ」
足元にいたルークは危険を察知して難を逃れたらしい。心配そうにしながらも罪悪感があるのか、眼が泳いでいる。
「っ重い! こら双子、早くどきなさい。まったく、君たちの体重を私が支えられるわけないでしょう」
「ご、ごめんなさいっす。つい嬉しくって……ほら、マールも早く立てって」
目尻に涙を浮かべながら睨むと、一番大きな人影――キールがぱっと立ち上がり、二番目に大きな人影――マールを引っ張り起こした。
「ごめんなさい姐様ー。まさか本当に来てくれるとは思わなくて、はしゃいでしまいましたー」
ぺろっと舌を出して謝るマールの姿は、まったく反省しているように見えない。
「ベル君、大丈夫だった?」
「平気です。また会えて嬉しいです、ライカさん」
一番最初に飛び付いて双子と雷華に挟まれる格好になってしまった一番小さな人影――ロベルナは嬉しそうに笑った。
「よいしょっと。まあ三人とも元気そうでよかった。いつ着いたの?」
ロベルナを先に立たせてから雷華も立ち上って外套についた土を払った。彼はリーレグランで会ったときに着ていた高価そうな服ではなく、黄緑色のシャツに薄茶色のズボンを穿いていた。目立つからと双子が着替えさせたのだろう。
「えっと、四日前っすね。ライカ姐は?」
「さっきよ。ベル君の様子を見にね。どう? 孤児院の生活に馴染めそう?」
「はい。キールさんとマールさんが色々教えてくれますし、院長も優しいです。孤児院の子、って今は僕もそうなんですけど、彼らと遊ぶのは本当に楽しいです」
いきいきと嬉しそうに言うロベルナは、廃城の一室で怯えて泣いていたときとは別人のようで、双子に頼んで正解だったと雷華は胸を撫で下ろす。親と子を引き離すということに抵抗がなかったわけではない。しかし、これでよかったのだとロベルナの頭を撫でながら思った。
「元気そうで安心したわ。あ、ねえキールとマール。貴方たちと同じ賞金稼ぎのカダリって人を捜しているのだけど、知らないかしら?」
「カダリっすか?」
「そう、訊きたいことがあるのよ」
「うーん、知ってると言えば知ってるっすけど……」
キールは言いよどむ。マールを見れば、彼女も困ったような笑みを浮かべていた。
「何か問題でも?」
「感じ悪い奴なんっすよねー、カダリって。腕はそこそこ立つみたいなんすけど、俺は嫌いっす」
「貴族からの依頼しか受けないんですよー。だからこの辺りの賞金稼ぎからはあまり好かれてませんねー。私たちは困っている人の味方ですから。お金持ちの道楽に付き合う暇なんてありませんー」
「そうなの。まあでも、私は彼に依頼したいわけじゃないから、多少感じが良くなくても我慢するわ」
「ライカ姐は美人だから心配っすー。後ろの兄さんがいるから大丈夫だとは思うっすけど、用心して下さいっす」
双子やロベルナには眼もくれず雷華しか見ていないロウジュをちらりと見てから、キールはカダリの住処を教えてくれた。王都から西に馬で二刻半から三刻ほどの、海が見える丘に居を構えているのだという。
「ありがとう、明日行ってみるわ」
「宿はもう取ったんですかー? まだなら『星狩り』がいいと思いますよー。手配依頼所の近くにあるんですけど、安くって評判ですー。定宿にしている賞金稼ぎも多いらしいですー。私たちは孤児院があるので泊まったことはないんですけどー。もちろんワンちゃんも大丈夫ですよー」
相変わらずののんびりとした口調でマールが答える。ワンちゃん呼ばわりされたルークは、怒っているのか恥ずかしいのか、その両方なのかよく分からないが、身体をぷるぷる震わせている。そしてロウジュは顔をそむけ、声を出さずに密かに笑っていた。
「助かるわマール。お勧めの宿を訊こうと思っていたところなの。場所を教えてくれる?」
「いいっすよ。ここからだと、下層南区を抜けて南東区画の中通りを、おごっ!」
「馬鹿キール、王都に初めて来た姐様がその説明で分かる訳ないでしょー」
キールの後頭部をマールが叩く。すぱんっと小気味良い音が辺りに響いた。
「ってーな、何も叩くことないだろ、ったく」
頭をさすりながらキールは双子の姉を睨んだが、マールはしれっとした顔をしている。キールは軽く舌打ちをして雷華に道案内を申し出た。
「いいの?」
「お安いご用っす! 今、馬とってくるっす」
言うが早いかキールは孤児院の裏手へと消えていった。
「何だか悪いわね」
「気にしないで下さいー」
「ありがと」
実際に案内してくれるのはキールなのだが、とりあえずマールにも礼を言っておくことにした。
「で、その下層なんとかっていうのは?」
「リムダエイムは三つの層に分けられているんです。王城と高位貴族の屋敷がある上層、中・下位貴族と一部の裕福な平民が住む中層、そしてそれ以外の平民が住む下層。南東区画というのは、その三つの層を方角で八つの区画に分けた呼び方なんです」
「ちなみにここは下層南西区画と下層西区画の境目でーす。どちらかといえば治安は良くないですー」
ロベルナの説明のあとにマールが腰に手を当てて自慢げに言った。何を自慢したいのかはさっぱり分からないが。
「西区画は貧しい人が多いんですよー。衛生もあまりよくないし、まともな仕事に就ける人も少なくて……国がどうにかしてくれたらいいんですけどねー。ま、期待はしてませんけどー」
「どうして国に期待していないの?」
「だって今の王様って絶対馬鹿ですもん。宰相の操り人形なんですよー。大きな声では言えないですけどー」
「マールさん、声が大きいです! 兵士に聞かれたらどうするんですか」
けっこうな大きさの声で話すマールの袖を、慌ててロベルナが引っ張る。
「大丈夫だよー、こんなところにまで兵士が来ることなんて滅多にないもん。心配性だねー、ロベルナは」
ぽんぽんとロベルナの頭を撫でて、にこにこ笑うマール。それなりに真面目な話をしてるはずなのに、緊張感の欠片も見当たらないのはどうしてなのか。少女と少年のやり取りを聞きながら雷華は苦笑した。
「ライカ、気配が消えた」
双子とロベルナが来てから一言も喋らなかったロウジュが、雷華にだけ聞こえるよう小さな声で囁いた。
「えっ、ああ、さっき二人が言ってた」
「追う?」
「ううん、いいわ」
ロウジュの提案に雷華は首を振った。敵意や殺意を向けられていたのならともかく、ただ見られていただけなのだ。迷子になる危険を冒してわざわざ追いかける必要はないだろう――元暗殺者のロウジュにその心配は無用かもしれないが。
「待たせたな。キール様参上だぜ!」
孤児院の裏手に消えていたキールが馬に乗って戻ってきた。拳を前に突き出し片眼を閉じている姿は、本人としては格好良く決めているつもりなのだろうが、はっきり言ってかなり微妙だ。沈黙とともに生温かい空気が辺りに流れた。
「……そろそろ行くわ。また来るわね」
見なかったことにするのが一番だというのが雷華の出した結論だった。そしてそれはキールを除いた全員の出した結論でもあった。
「お待ちしてますー」
「ちょ、なんで無視」
「絶対に来てくださいね!」
「ルークも震えてないで袋の中に入って、よっ……と。じゃあ、二人ともお休み」
ロウジュに手渡された手綱を握って木蘭の背中に跨る。ロウジュはすでに孤児院の敷地から出ようとしていた。
「お休みなさいですー」
「お休みなさい、ライカさん」
「俺を無視するなあぁぁぁぁっ!」
その夜、雷華たちを宿まで案内して孤児院に戻ったキールは、夜に大きな声を出してはいけませんと院長にこってり絞られた。




