二十八話 ハ
橋を渡り二つ目の門をくぐると、途端に喧騒が聞こえてきた。客引きの声、それに応じる声、大きな荷物を抱えて走る少年のどいてと叫ぶ声、露天の商品を手に取り可愛いとはしゃぐ少女たちの姦しい声、犬や猫の鳴き声、それらが一斉に耳に飛び込んできて、声だけで圧倒される。
「もうすぐ夜になる。カダリを捜すのは明日にして、宿を見つけた方がよいな」
「そうね、ってちょっと待って。いいこと思いついた」
歩きだしかけたものの、手を叩いて立ち止まる。先に進んでいたルークとロウジュは、振り返って雷華を見た。
「どうかしたか?」
「双子のいる孤児院に行ってみない? いい宿教えてくれるかもしれないでしょ。それに同業者のカダリの居場所を知ってるかも。行く価値はあると思うわ」
もうすぐ夜になる。どこかに出かけていたとしても戻っているだろう。一石二鳥の素晴らしい考えだと、雷華は自分を褒めたくなった。しかし、二人の反応はあまり芳しいものではなかった。行きたくないという感情を見事に顔で表現している。
「二人とも嫌そうね」
「いや……」
「子供、嫌い」
「子供みたいなことを……」
片手を腰に手を当てて、ふぅ、と溜息を吐く。
「いいわ、私一人で行ってくるから。貴方たちはどこか、そうね酒場ででも待ってて」
雷華はそう言うと、二人の答えを待たずに傍を通りがかった女性に孤児院の場所を尋ねた。道順を頭に叩き込み、礼を言って木蘭に跨ろうとすると、足に重みを感じ視線を下に落とす。そこには、前足で一所懸命に雷華の服の裾を掴んでいる黒犬がいた。
「ルークさん? 何をしているのかしら」
「…………俺も行く」
耳をへにょっと曲げ、これ以上ないほど顔を顰めているルーク。好きな雷華と共に子供の大勢いる孤児院へ行くか、嫌いなロウジュと共に酒場に行くかを天秤にかけ、辛うじて前者が勝ったらしい。
「そう。ロウジュはどうする? 待ってる?」
「行く」
ロウジュはそう言うと、さっと馬に飛び乗った。
(本当によく似た二人だこと)
吹き出しそうになるのをこらえながら、馬に跨る雷華だった。
「すいません。どなたかいらっしゃいませんか?」
馬から降りて玄関の扉を叩く。
孤児院は西の片隅、あまり治安が良いとは言えなさそうな場所にあった。孤児院の前の灯りのほとんどない通りの隅には、木箱や樽が乱雑に置かれており、その陰から誰かが、もしくは何かが不意に飛び出してくるのではないかという不安を抱かせる。夜に一人で歩くには危険だと思えた。
三角屋根の二階建ての建物には蔦が這っており、明るい日差しの下で見れば何とも思わないのだろうが、少々不気味だ。あまり広くはない庭には、片付け忘れたのかボールがぽつんと落ちていた。
「何かご用ですか?」
しばらく待っていると扉越しに年配の女性の声がした。開けないということは警戒しているのだろう。それは緊張を孕んだ女性の声からも伝わってきた。
(ま、当然かな)
「夜分に申し訳ありません。私は雷華といいます。キールとマールに会いに来ました。もし、彼らがいるのでしたら呼んでいただけないでしょうか」
「……少々お待ち下さい」
しばらくの沈黙の後、女性はそう言って扉から遠ざかっていった。こつこつという足音が聞こえなくなると、雷華は軽く息を吐いて後ろにいるロウジュを振り返った。
「よかった、いるみたい。ってどうかした?」
二頭の馬、璃寛と木蘭の手綱を握っているロウジュが、微かに緊張していた。
「人の気配、する」
「え?」
「ああ、少し離れたとことから誰かがこちらを窺っているな。敵意は感じられないが……」
足元にいるルークも鋭い目つきで耳をぴくぴくさせている。
正体を確かめた方がいいのか。敵意がないのなら知らない振りをした方がいいのか。どうしようか迷っていると、孤児院の中からばたばたと複数の人が走る音が聞こえてきた。




