二十七話 界
ゆっくり帰るというジグレイドとアムジットのフィエマ商会親子に別れを告げ、王都の背後に聳える山から流れる川を辿りながら進むこと一日と半日。徐々に沈みゆく陽を左手に見ながら、雷華たちはイシュアヌの王都、リムダエイムに辿り着いた。
「ここがイシュアヌの王都……」
まだ王都を囲んでいる外壁の外側から見ているだけなのだが、マーレ=ボルジエに勝るとも劣らぬ大きさなのが分かる。山のように徐々に土地が高くなっており、中央、つまり頂上には王城があった。どういう材質なのか、城壁が陽の光を反射して茜色に輝いている。幻想的ともいえるその光景に、雷華はしばらくの間、息をするのも忘れてただただ見入っていた。
「そろそろ入ろう。陽が落ちれば門が閉まるかもしれん」
「あ、ごめん、そうね」
ルークの言葉でようやく王城から眼をはなした。木蘭から降りて王都に入るため順番待ちをしている人たちの後ろに並ぶ。身分証や許可証なしではすんなり入れないのは、どこの国でも同じらしい。面倒だとは思うが、思ったところでどうにかなるわけでもない。ロウジュと話したり、前に並ぶ人たちから王都の情報を聞いたりしながら、大人しく順番が来るのを待った。
「身分証、もしくは許可証を提示せよ」
大人二十人が一列に並んで入れるほど大きな門の前に立つ、灰色の制服を着た兵士に言われ、雷華とロウジュはそれぞれ懐から身分証を取り出して見せた。ルークは黒犬の姿なので、当たり前だが何も見せない。兵士は七人いて、一様に皆厳つい人相をしている。マーレ=ボルジエの騎士は雷華が見た限り全員が整った顔立ちをしていて、違うとは分かっていても顔で選んでいるのではないかと勘ぐってしまったが、ここにいる兵士たちも、もしかしてそうなのかと思うほど全員が似通った雰囲気を持っていた。一言で言えば顔が恐い。
「マーレ=ボルジエから来たのか。何用だ?」
本人にそのつもりはないのかもしれないが、ぎろりと睨まれる。身分証をしまいながらこの人たちは刑事に向いているかも、などとつい考えてしまった。
「えーっと……観光、です」
「答えるまで時間がかかったような気がするが……まあいい、通っていいぞ。と、一つ忠告しておこう。知っているかもしれんが、もうすぐ陛下のご生誕祭が行われる。その関係で警備が厳重になっていてな。おかしな真似をすれば他の国の者であろうと容赦なく捕らえるつもりだ。くれぐれも気をつけるように」
(生誕祭?)
「分かりました」
聞き慣れない言葉に内心首を傾げつつ、雷華は大人しく頷いて厳つい顔をした兵士たちの間を通り、王都の中へ足を踏み入れた。が、
「え……何、これ?」
呟いて足を止める。雷華の眼前には外壁の外からでは想像もつかない光景が広がっていた。隣にいるロウジュを見れば、彼も知らなかったようで微かに眼を見開いている。
「ルークは知ってたの?」
足元にいるルークに訊ねると、彼はこくりと頷いた。
「ああ、俺も初めて見たときは驚いた。護りの水、リムダエイム最大の特徴だな」
「護りの水、ねえ」
改めて視線を前に向ける。雷華たちの前にあるのは、門とほぼ同じ幅の頑丈に造られた十数mほどの長さの橋。橋の向こうにはまた門と、外壁より少しだけ低い石壁。そして下には底が見えないほど深い水。つまり、壁と壁の間に水掘が造られているのだ。城ではなく王都全体を囲う、その規模の大きさに驚いた。と、同時に複雑な気分になった。
(ここにはこんなに水があるのに)
豊かな水で守られている王都と、井戸が枯れることを不安がる村。同じ国なのに何故こんなにも違いがあるのか。もっと雨が降ればいいのだろうが――幸か不幸か、自然を操る術を人は持たない。
「早く行こう。そろそろ暗くなる」
「……そうね、行きましょう」
頷いて雷華は橋を渡り始めた。考えていても仕方ない。ここに来たのは水が豊富にあるということを実感するためではないのだ。あまりよそ見をしていては目的を見失ってしまう。
「よーし、頑張るぞーー!」
ルークとロウジュを含めた橋を渡る人間全員が、突然叫んだ雷華に注目するなか、彼女の言葉は夕焼け色に染まる空へと消えていった。




