二十五話 ニ
『碧玉の安らぎ』に戻り、満腹になるまで夕食を食べた雷華は、ヴォロンから聞いた話をルークとロウジュに伝えた。手には果実酒の入ったグラスを持っている。林檎から作られた酒に蜂蜜を混ぜているらしく、少し甘味が強い。
「賞金稼ぎ、手配依頼所に行けば居場所分かる」
同じようにグラスを持ったロウジュが言う。彼が飲んでいるのは麦酒だ。どの町にもある一般的な酒だが、独特の苦みがあり、雷華の口には合わなかった。
「手配依頼所?」
「賞金稼ぎが依頼を受けたり捕まえた奴を引き渡すところ」
「だが、悠久の理など、そのような花が本当に存在するのか」
ルークはベッドの上で恨めしそうな顔をして伏せっている。酒が飲みたいのに、雷華に止められたからだ。
「さあねえ。でも可能性があるなら会いに行ってみるべきだと思う。花は偽物でも新しい情報がもらえるかもしれないでしょう?」
「それは、そうだが」
「犬は反対? なら、俺とライカだけで行けばいい」
表情と雷華の言葉からルークが乗り気ではないことが分かったらしい。ロウジュが雷華の肩に手を置いて嬉しそうに言う。
「犬と呼ぶな! 行かないとは言っていない」
ベッドから飛び降りたルークが吼えた。
「じゃあ決まりね。明日、その手配依頼所? に行くわよ」
グラスの中身を一気に飲み干し、椅子から立ち上がる。まだ夜は更けきっていないが、風呂に入って早くベッドに潜りたかった。カダリがセンティードにいればいいが、いなければまた移動になる。明日もベッドで眠れるとは限らない。快適な睡眠は貴重なのだ。
ロウジュを部屋から送り出した雷華は、鼻歌まじりに浴室へと向かった。
「カダリ? あいつなら王都に行ったぜ。何か困りごとかい? 他の賞金稼ぎでいいなら依頼受け付けるよ」
次の日の朝、町の隅にある手配依頼所にやってきた雷華は、目つきの悪い受付の男にそう言われ、がっくりと肩を落とした。
薄暗い部屋の壁一面には紙が張られており、賞金稼ぎと思しき屈強そうな男たちが、依頼所の人間と言葉を交わしたり紙を眺めたりしている。紙には手配依頼所が受け付けた依頼や、賞金首となっている人間の情報が書かれている。賞金稼ぎはその中から自分に合ったものを選び、依頼をこなす。言うまでもないことだが、安全で簡単でなものほど報酬は安く、危険で複雑なものほど高くなる。数をこなしこつこつと稼ぐか、一度に大金を稼ぐか。どちらを選ぶも本人たちの自由だが、大多数の賞金稼ぎが後者を望んだ。命より金ということなのだろう。
「……大丈夫です。カダリさんは悠久の理をお持ちなのですよね?」
額に手を当てて首を振った雷華は、気持ちを切り替えて受付の男に尋ねた。足元ではルークが忙しなく動き回っている。触ろうとしてくる子供から逃げているのだ。隣の受付で依頼を申し込んでいる女性の子供のようだった。ルークにとっては迷惑以外のなにものでもないが、子供には格好の遊び相手に見えたのだろう。
「なんだ、あんたもあの花が目当てなのかい」
雷華が依頼しに来たのではないと分かったからか、男はつまらなさそうに答えた。
「あんたも? 他にも誰かカダリさんの居所を訊きにきた人がいたんですか?」
「ほんの半刻前にな。買うつもりなら急いだ方がいいぜ」
男の顔に意地の悪い笑みが浮かぶ。が、ロウジュに睨まれ、すぐに真顔に戻る。
「あ、いえ、花が欲しいわけではないんです。咲いていた場所が知りたいだけで。まあ、どんな花なのか興味はありますけど」
この世界に咲くどんな花よりも美しいと言われている花なのだ。手に入れたいとは思わないが、一目見てみたいという気持ちはある。
「綺麗な花だったぜ。と言っても、花びらをちらっと見ただけだがな。不老不死になれるなんてのはまず嘘だろうが、そんな効果がなくても欲しいと思う人間は大勢いるだろうよ」
目つきの悪い受付の男は、顎に手をやり眼を細めてそう言った。己の見た花の美しさを思い出しているのだろう。
訊きたいことは全て聞いた。雷華たちは男に礼を言って手配依頼所を後にした。子供がルークを追いかけてこようとしたが、母親に手を引かれて止められていた。
軋む扉を開け、外に出る。眩しさで一瞬眼が眩んだ。
「次は王都、か」
また新しい町への旅が始まる。この旅はいつまで続くのだろう、どこまで続くのだろう――《色のない神》は何をさせたいのだろう。
次で終わりかもしれないという期待、そしてまだ終わらないでほしいという期待。相反する期待を抱きながら、雷華は新たな一歩を踏み出した。




