二十一話 驚キ事
うっすらと空が夜の黒から朝の白に変わっていくのを眺めながら雷華たちはキトゥガ村に着いた。鶏が鳴く声を背中に一目散に宿に駆け込み、女将に不審に思われながらも部屋を二つ用意してもらい、ご飯も食べずにベッドに倒れ込む。昼を過ぎても起きないことを心配したルークに肉球で揺さぶられるまで、雷華は夢も見ずにひたすら寝続けた。
大きな欠伸をしてベッドから下りた雷華は、顔を洗って簡単に身支度を整えると、隣のロウジュに声をかけて宿の食堂に向かった。今まで寝てたのかと呆れた顔をした女将に、本日のおすすめ定食だった豚肉の香草焼きを食べながら、シュローグランから岩石地帯を通ってきたのだと言うと、彼女の呆れた顔が心底呆れた顔に変わった。
「ワッケ地帯を通って来ただってぇ? あんたたち、あそこがどんなところかシュローグランで聞かなかったのかい?」
「ワッケ、地帯……? えと、最短距離で来たつもりなんですけど、普通は違うんですか?」
向かいにいるロウジュと顔を見合わせて、首を傾げてから女将に訊ねる。地図があったので特にシュローグランでキトゥガまでの行き方を聞いたりはしていなかった。
「あんたらが通ってきた岩だらけの場所のことをワッケ地帯っていうのさ。まずいってもんじゃないよ。あそこには腐猿っていう腐った人間の肉を好む獣と、焔蛇って名の猛毒の蛇がいてね。この辺りに住むもんは誰も近づかないんだ。遠回りでも一度西に進んでワッケ地帯を避けて北上するのが、シュローグランから来る一般的な方法なのさ」
「そ、そうだったんですか」
女将の話を聞いてごくりと唾を飲み込んだ。十中八九、雷華たちを襲ったのが焔蛇で様子を窺っていたのが腐猿だろう。まだ生きていたから腐猿は何もしてこなかったのだ。
「あんたたち運がよかったよ。焔蛇に噛まれたら全身を焼かれているような痛みに襲われて死ぬっていうからね。両方とも夜行性だっていうし、よく無事だったもんだ」
背筋が寒くなるどころか全身が凍りつくような衝撃の発言をして、女将は他の客のところに行ってしまった。
「私たちよく無事だったわね……」
もしかするとあそこで死んでいたかもしれないのだ。地図があるからと言ってこの村への行き方を誰にも訊かなかったのは失敗だったと、雷華は後悔した。
「そうだな」
机の下で野菜のたっぷり入ったスープを食べ終えたルークが、雷華の隣にある椅子に飛び乗る。普通の犬であればスープは十分な量なのだが、成人男性としては少なすぎるので、女将に頼んでパンを別で用意してもらっていた。
「二十くらい殺したかな」
定食をとっくに食べ終わっているロウジュがお茶を飲みながら、さらりと言う。
「そ、そう。すごいわね、ロウジュ」
平然としている彼を羨ましく思いながら、雷華はフォークに刺さっていた豚肉をぱくりを口に入れた。美味しい。衝撃の事実を知った後でも食欲が衰えていないことに軽く落ち込む雷華だった。
「永劫の園? うーん、知らないねえ」
「そうですか。リーレグランの北にあるって話なんですけど……」
「久しぶりだねえ、その名前を聞くのは。あたしの母親がリーレグランに住んでたんだよ。もう死んじまったけどねえ。あ、ごめんよ、年を取るとつい余計なことを喋っちまう。リーレグランの北にあるのはセンティードと王都だね。どっちもあたしらみたいな貧乏人には縁のない町さ。なんでかって? そりゃあんた、決まってるじゃないか。土地が肥えてるからだよ」
「雨が降らないのにですか?」
「王都の背後に聳える山から流れる川がセンティードにある湖まで続いていて、その川はどんなに雨が降らなくても常に一定の水量を保っているんだ。だから土地が干上がることがないんだよ」
夕食時に女将と交わした会話だ。
この話を聞いて雷華たちはセンティード経由で王都に向かうことに決めた。キトゥガ村から北東にあるオウロという町を通って行くというのが一般的な王都への行き方らしいが、探している場所がセンティードか王都にあるかもしれない以上、オウロに向かうという選択肢はなかった。
翌日の朝、必要な物を買い足したあと、雷華たちはキトゥガ村を後にした。センティードまでは馬で二日から三日の距離らしい。少し多めに買った食料と水でいつもより荷物が膨らんだ。
「次はセンティードかぁ。早く見つかるといいんだけど」
変わり映えのしない平野を璃寛と木蘭が軽やかに駆ける。まる一日身体を休めた二頭の馬はとても元気で、重い荷物を背中に積んでも機嫌が良かった。
(もう蛇には出会いませんように)
心の底から願う雷華だった。




