二十話 潜ム影
荒れた平野をひたすら北西――地図上での左上――に進んでいくと、夕暮れ時に差しかかるころ辺りの景色が一変した。手で抱えられるものから見上げるほどまでの、大小様々な大きさの岩石があちこちに転がっており、視界も悪く馬を走らせることも出来なくなった。
「ねえ、この道……本当に合ってるのかな?」
辺りが見渡せないことに少し不安になってくる。白と茶色が混じった岩石を馬上から触ってみた。少しざらついていてひんやりと冷たい。焦げ茶色の蜥蜴のようなものがいたと思ったら、もの凄い速さで岩をよじ登っていき、あっという間に視界から消えてしまった。雷華たちに驚いて逃げたようだ。
「方角は間違いない。ライカ、替わった方がよいか?」
雷華の前で皮袋から頭だけ出しているルークがくるりと振り返った。
「ううん、大丈夫。木蘭が自分で進んでくれてるから」
木蘭は初心者の雷華の言うことをよく聞いてくれるし、手綱で指示を出さなくても行きたい方向にちゃんと進んでくれる。今も、前を行くロウジュの後ろを遅れることなくついていってくれていた。
「そうか」
「ライカ、開けた場所がある。今日はここで休もう」
ルークが前に向き直るのと同時に、今度はロウジュが後ろを振り返った。
「どこどこ……あ、ほんとね。ここなら休めそうだわ」
ロウジュの隣まで木蘭を進めると、今まで狭かった視界が少し広がり、三十人くらいは寝ころべそうな平地があった。
「ライカ、起きろ」
「ん……なに……まだ夜じゃない」
ルークに揺り起こされ雷華は眼をしょぼしょぼさせながら上体を起こす。月と星が空から地上を照らしている。まだ真夜中と呼べる時間だ。
「囲まれてる」
「え!? 誰に?」
寝ていた頭が一気に覚醒した。慌てて木刀を持って立ち上ろうとしたが、ロウジュに止められてしまった。
「ライカ、落ち着いて。人間じゃない」
「何らかの動物がこちらの様子を窺っているようなのだ。すぐに移動した方がいいだろう」
「わ、わかったわ」
頷いて静かに立ち上る。木刀を腰に差し、外していた荷物を璃寛と木蘭にくくりつけた。彼らは寝ておらず、足踏みをしたりしてそわそわしていた。何かを感じているようだ。
ルークが入った皮袋を木蘭の背中に置き、自分も跨ろうとするとロウジュが緊張を孕んだ声で小さく叫んだ。
「急いで! 来る!」
「嘘でしょ!?」
無我夢中で木蘭の背に乗る。それを確認するとロウジュは璃寛の腹を思いきり蹴った。雷華もすぐ後を追う。馬を走らせるのは苦手なのだが、とてもそんなことを言っていられる雰囲気ではない。雨の中シュロ―グランに向けて走ったときと同じくらいの速さで岩と岩の間を駆け抜けていった。
「伏せろライカっ!」
「ひゃっ!」
ルークの鋭い声に反射的に頭を下げる。雷華の頭上すれすれを何かが通り過ぎていった。ルークの声がなければ間違いなくぶつかっていただろう。
「な、なにいまの」
振り返ってみたが、暗くて何も見えない。
「蛇のようだったが……油断するな。まだいるぞ」
「蛇ですって!? もうっ、一体何で蛇が襲ってくるのよ!」
叫んでも状況が変わることはないと分かっていても叫ばずにはいられなかった。見通しが悪いうえに今は夜。そんななか、得体の知れないものに襲われるなど恐怖以外の何ものでもない。野盗に襲われたほうが正体がはっきりしているだけに、まだましというものだ。襲われないに越したことはないが。
ロウジュは跳んでくる物体を全て短剣で斬りおとしていたが、雷華にそんな真似が出来るはずもなく、ルークの声を頼りにひたすら避け、馬を走らせ続けた。早く蛇の襲撃が終わりますようにと祈りながら。




