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十七話 神ノ雫

「それで、その透明の存在に何と言われたのだ?」


 木蘭の背中の上、灰色の皮袋から首だけを出しているルークが、後ろで手綱を握っている雷華を振り返って見た。

 現在、雷華たちはリーレグランから北東にあるというシュローグランの町に向かっている。次に目指す場所らしい永劫の園は北にあると目覚める直前に聞こえた声が言っていたが、具体的な場所はさっぱり不明なので、とりあえず一番近い町に行こうということになった。なにせ三人はイシュアヌの地図を持っていない。最初に立ち寄った村、サルテで手に入れようとしたら、品切れだと言われてしまったのだ。地図なしで旅ができるほどルークもロウジュもイシュアヌに詳しくはなかった。 


「“汝は何を望む 何を願う 何を思う”。あと“彼の地にて我に示せ”よ」


 緑の少ない荒涼とした平野を二頭の馬が進んでいく。リーレグランを出て二時間近く経っているはずだが、未だ人の姿を見ていない。たまに鳥が頭上を通り過ぎるだけだ。何とも淋しい景色だと雷華は思った。


「それだけか?」


「本当はもうちょっと長いけどね。どういう意味だと思う?」


 並走するロウジュに雷華は訊き返した。

 急がなくても今日中にシュローグランに着けると、瓦礫をどけてレヴァイアの遺体を捜す嘲狼ちょうろうたちから聞いたので、雷華の体調を考えて馬の速度はゆっくりだった。


「どこかの場所で、ライカが望み願い思う何かを言う」


「うん、私も同じように思った。でもね、それだと違和感があるのよね」


「違和感?」


 ルークが首を傾げる。ずっと振り返ったままだと首が疲れるだろうと、彼に前を向かせてから雷華は自分の考えを口にした。


「うーん、何て言えばいいのかな。私たちはルークを人間の姿に戻すために、どこにいるか分からない《色のない神》を捜しているわけでしょ?」


「そうだな」


 こくりとルークが頷く。


「でも“彼の地にて我に示せ”なんて、私たちが来るのを待ってるみたいな言い方だと思わない? だとするのなら、どうしてすんなり居場所を教えずにこんな回りくどい方法をとるの? それに私はその“彼の地”で何を言えばいい? “何を思う”ってどういうこと?」


 次々と疑問が口をついて出る。望みと願いだけであったのなら、こんなに疑問に思うことはなかったのかもしれない。しかし、一度感じた疑念は簡単には消えない。


「確かに……」


「ライカはその透明の存在を《色のない神》ではないと思ってる?」


 ロウジュの問いに雷華は首を振った。あれがどういう存在なのか、あんな短い時間では分かりようもなかった。せめて会話でも出来ればよかったのだが。


「分からない。けれど違うのかもしれないとは思っている。私たちの旅の目的は、《黒い神の宿命を持つ者》と《白い神の宿命を持つ者》が《色のない神》を捜し出して、姿を変えられた《黒い神の宿命を持つ者》を元に戻してもらうこと……だけど、本当にそれだけなのかしら。透明の存在と逢って、何か別の意図があるような、そんな気がしたのよ」


 透明の存在が言った“彼の地”に辿り着いたとき、自分は何か重大な選択をしなければならない。そんな予感が雷華の心に芽生えた。

 空はどこまでも蒼く、高く、果てしなく続いている。では自分たちの旅は? どこまで続くのだろう……終わりはどこにあるのだろう。

 自分たちの行く先を見定めようと、雷華は澄み渡った蒼を見上げた。





「ライカ、急いで!」


「これ以上は無理よ!」


 (あんなに晴れていたのに、どうして急に雨なんか……! 降るなら私たちが町に着いた後にしてほしかったわ!)


 心の中で悪態をつきながら、雷華は前を走るロウジュの後を必死に追う。

 先ほどまで晴れていた空から、今は大粒の涙が次々と零れている。とても町までゆっくりと、とは言っていられなくなり、馬を飛ばしているわけなのだが、いかんせんまだ慣れない雷華は速度を上げきれていなかった。

 ちなみにルークが入った皮袋はロウジュが持っている。持ったままでは馬を走らせ難いだろうと、雨が降り出したときに引き取ってくれたのだ。緊急事態だと分かっているのでルークは何も言わなかった……心底嫌そうな顔はしていたが。


「町が見えたぞ、ライカ、もう少しだ!」


 袋から僅かに顔をのぞかせているルークが、雷華に向かって叫ぶ。雨で霞む視界の中、眼を凝らして前方を見れば、遠くに確かに町らしき建物が見える。すでに一時間以上走り続けており、身体がそろそろ限界だと訴えていた。


「木蘭、もうすぐだから」


 だから頑張れと馬と自分に言い聞かせ、雷華は手綱をしならせた。

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