十三話 新ニ生
呼び方について、やめて欲しいと頼んだものの全く聞き入れてもらえず、盛大な溜息とともに諦めた後、改めて双子にここにいる理由を訊ねたところ、驚くべき事実が明らかになった。
なんと二人はイシュアヌの生まれでしかも、三年前、十五歳になるまでフェリシアがいた孤児院で育ったというのだ。
何という偶然。雷華は世界は狭いのだということを思い知った。
キールとマールは十五歳で孤児院を出て、イシュアヌよりも豊かだと言われていたマーレ=ボルジエに行き、賞金稼ぎになった。孤児院の経営を助けるために選んだ道だという。危険を伴う職業だが、その分稼ぎもいいらしい。二人は金が貯まると都度、仕送りをしていたが、ここ二年ほど孤児院には帰っていなかった。
そこで、まとまった金――雷華が倒した野盗に懸けられていた賞金――が手に入ったことだし久々に帰ろうという話になり、二年振りにイシュアヌ王都リムダエイムにある孤児院に意気揚々と向かったところ、フェリシアの悲劇と嘲狼の噂を聞き、慌ててここにやって来たということだった。ルークとロウジュには城に入ろうとする少し前に会ったらしい。
「俺たちレヴァイアさんが貴族の子供を攫ってるなんて信じられなくて、本人に会って確かめようと思ったんだ。でも会いに行く途中でその子を見つけて……」
キールは唇を噛みしめて拳をわなわなと震わせている。
「私たちその黒髪の方……ライカ姐様のお知り合いなんですよね? その方に子供を頼むと言われて外に出たので、まだレヴァイアさんに会ってないんですよー。今の揺れで城は崩れちゃいましたし、逃げ出した人の中にも見当たらないし……姐様、レヴァイアさんがどこにいるか知らないですかー?」
キールの言葉の続きをマールが引き継ぐ。いつのものんびりとした喋り方だが、声と顔には不安と緊張がはっきりと表れてした。二人の様子から、彼らがレヴァイアを慕っていることは明白だった。そのことに雷華は胸が痛くなる。
「レヴァイアは……」
答えようとして言い淀む。現実は変わらないが、言葉にするには勇気がいった。ロベルナに回す腕に思わず力が入る。ロベルナが身じろぎしたのですぐに力を緩めたが。
黙っているわけにもいかないと、レヴァイアの死を伝えようと閉ざした口を開きかけたとき、俯いて拳を震わせていたキールが、何かを思い出したかのようにはっと顔を上げて雷華を見た。
「レヴァイアさんのこともだけど……ライカ姐こそ何でこんなところにいるんだ? いや無理矢理連れて来られたってのは、そこの馬鹿みたいに強い兄さんから聞いたけど、でも理由が分からない。レヴァイアさん……嘲狼は子供を攫うだけじゃないのか?」
「それは……」
「俺も知りたい……ライカが知っているのなら」
後ろから聞こえた声に振り向けば、そこにはいつの間にかロウジュの姿があった。ルークの隣――と呼べるぎりぎりの位置――で、紫水晶の瞳を雷華に向けていた。
「ロウジュ、いたのね……嘲狼の人たちを助け出してくれてありがとう」
礼を言えばロウジュは、視線を逸らして「助けないと嫌われると思った……さっき約束破ろうとしたし」とかろうじて雷華の耳に届くくらいの小さな声で呟いた。ふと視線をルークに向けると、彼も何とも言えない表情で雷華から視線を逸らせている。どうやら二人とも反省はしているらしい。
「ルークもロウジュも、私を助けようとしてくれたのはすごく嬉しいわ。だけどもうあんなことはしないで欲しい。えっと、私が攫われた理由とレヴァイアの行方よね? ええ、どっちも知っているわ」
ルークとロウジュが頷くのを見て、雷華はキールたちの方に向き直った。
「本当か!? 教えてくれ!」
「教えて下さいー!」
雷華を押し倒す勢いで詰め寄ってきた双子を落ち着かせ、長い話になるからと座らせる。抱きしめていたロベルナも座らせ、自らも地面に腰を下ろす。黒髪の二人は立ったままだった。
乾いた風が雷華たちの間を通り過ぎていき、それぞれの髪がふわりと舞う。風がおさまるのを待って雷華は静かに話し始めた。
「キールとマール、それにベル君にとって辛い話になるけれど落ち着いて聞いてね。まず――」
「ベル君、元気でね。キールとマールが君の力になってくれるから、強く生きるのよ」
キールの後ろでこわごわと馬に跨っているロベルナに声をかける。ロベルナは泣きそうになりながらも、しっかりと頷いた。
「はい、ありがとうございますライカさん」
「二人も気を付けて。ベル君のこと、お願いね」
ロベルナの前で手綱を握るキールと、別の馬に跨っているマールを順番に見れば、二人とも頼もしい笑顔を雷華に向けた。
「任せてくださいー」
「ああ。だけど、嘲狼の人たちのこと、本当にいいのか?」
声は明るいがキールもマールもロベルナも、目元が真っ赤に腫れている。雷華の話を聞きながらずっと泣いていたのだ。
「ええ、もう誘拐はしないって言っていたし、私はこの国の人間じゃないしね。それにベル君もいいって言ったし、ね?」
「はい」
確認するようにロベルナに視線を向ければ、彼はこっくりと頷いた。その仕草がまたなんとも可愛らしい。
雷華が全て話し終わった後、嘲狼とロベルナをどうするかという話になった。本来であれば嘲狼は捕らえて国に突き出し、ロベルナは家に帰すというのが正しいのだろう。しかしイシュアヌでは貴族に対して犯罪を犯した者はどんな理由があろうとも極刑になるとキールから聞いて、雷華は迷った。
そもそもレヴァイアたち嘲狼が子供を誘拐したのは、貴族に虐げられたからなのだ。
やられたからやり返すというのが正しい行いだとは思わない。だが、極刑を受けなければならないほど、彼らは悪人なのだろうか。この国の法律だからと言われればそれまでだが、どうしても納得がいかなかった。たとえ嘲狼の人たちが刑を甘んじて受け入れたとしても。
悩んだ末、刑事としてあるまじき行為だが、雷華は何もしないことにした。ルークとロウジュは好きにすればいいと言い、誘拐されてきたロベルナもそれがいいと雷華の意見に賛成した。
そこで、崩れた城の傍で集まって茫然としている、或いは呻き声を上げて地面に横たわっている嘲狼のところに行き、レヴァイアの死を伝え、もう復讐をやめてほしいと言うと、彼らは自分たちの頭の死を悼み、泣きながらもう誘拐はしないと誓ってくれた。
もう一つの問題であるロベルナだが、彼はもうシュローグランの家に戻りたくないと言った。嘲狼が誘拐するのは虐待を受けている子供。ロベルナが家に帰るのを拒むのも当然のことだろう。
全員で話し合った結果、ロベルナを双子がいた孤児院に入れるのがいいのでは、ということになった。貴族でなくなってしまうが、本人は全く気にしておらず、むしろ喜んでいた。
「じゃあ、もう行くよ。しばらくはリムダエイムにいるから、ライカ姐の用事が終わったら来てくれよな!」
用事というのはここで次の手掛かりを見つけることだ。一緒に行こうという双子の誘いをまだ用事があるからと断っていた。
「そうね、行けたらいくわ」
「絶対ですよー! あれ? そういえば一人見当たりませんけど、どこに行っちゃったんですかー? っていうか今思い出したんですけど、ライカ姐様って黒い犬連れてませんでした?」
マールののんびりした口調とは裏腹の鋭い突っ込みに、雷華は暑くもないのに汗が噴き出る。確かにこの場にロウジュはいるがルークはいない。限界が来たからだ。今ごろどこか人目につかないところでいつもの姿に戻っているだろう。
「え!? あ、ああ、彼はちょっと馬の様子を見に……い、犬もそこにいるわよ。さ、ほらもう行くんでしょ、気を付けてね!」
「え、あ、はい……??」
視線を彷徨わせ意味もなく手を振りながら早口で喋る雷華の姿はかなり不自然だったが、首を傾げながらもマールはそれ以上突っ込んではこなかった。手綱を引いて馬の向きを変え、走りだす姿勢になる。
「じゃあ行きますねー。またお会いしましょー」
「ライカ姐、またな!」
「さようなら!」
双子が腹を蹴ると二頭の馬は勢いよく駆けだした。振り返って手を振る三人に雷華も手を振り返して見送った。
辺りは暗闇に包まれ、まだ夜は明けそうにない。だけど、雷華は知っている。明けない夜がないように、どんなに深い闇に閉ざされた心にも、いつかは光が差し込むということを。




