十二話 抱ク祈
城であったものが瓦礫と化していく様を、雷華はただ見ていた。見ながら思い出していた。レヴァイアが見せた最期の表情を。
笑っていた。昏く濁った瞳ではなく、太陽に照らされた海のように蒼く澄んだ瞳で、雷華に向かって微笑んでいた。一瞬のことだったので、もしかすると見間違いなのかもしれない。そうあってほしいと望む心が生んだ幻だったのかもしれない。しかし、彼の笑顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。
レヴァイアは最期の瞬間何を想っていたのだろう。少なくとも怒りや憎しみではなかったと思う。自分の手を掴んでいたときから彼の様子は少しおかしかった……いや、それすらも願望なのかもしれないが。永遠に知ることのできない答え。
けれど、確かなことが一つだけある。
(貴方は私を助けた)
それは紛れもない事実。狂気の闇に囚われた人間のする行動ではない。ならば、彼の心は救われていたのだろうか。
「ありがとう、レヴァイア」
呟きが風に乗って夜空へと飛んでいく。レヴァイアのしたことは決して許されることではないけれど、それでも願わくば、彼の死が安らぎに満ちていますように。
「ライカ……大丈夫か」
眼を閉じて祈りを捧げていると、躊躇いがちにルークが声をかけてきた。
「ルーク……?」
振り返ってルークの顔を見て、外に連れ出されてから今まで彼が傍にいなかったことに気がついた。外に出てすぐ何か言われたような気もするが、レヴァイアが死んだことで頭がいっぱいで、全く聞いていなかった。
「ええ、もう大丈夫。心配かけてごめんなさい、どこかに行っていたのよね?」
申し訳ない気持ちになりながら首を傾げると、ルークがそっと抱きしめてきた。
「逃げ遅れた奴らを助けに……殺さない約束をしたからな。……本当に、無事でよかった……っ!」
触れたところから体温が伝わってくる。その温もりが優しくて、雷華は泣きそうになった。ルークの鍛えられた胸に額を当てて深呼吸を繰り返し、ぐっと涙を押し戻して気持ちを落ち着ける。そして最後に大きく息を吐くと、今度は両手で胸を押してルークから離れた。
これ以上彼に触れていたら縋ってしまいそうだった。変えられない過去を憎み、避けられなかった運命を呪って、何故どうしてと叫んでしまいそうだった。言えば楽になるのかもしれない。だけど、レヴァイアに助けてもらって、でも彼は死んで、それなのに自分は楽になるというのは間違っている気がした。ちゃんと消えない痛みとして抱えていかなくては駄目なのだと思った。だから離れた。
「ありがとう、ルーク。じゃあロウジュも、嘲狼……この城にいた人たちを助け出しているのね?」
「あ、ああ」
無理に笑みを浮かべて問いかければ、ルークは戸惑いながら頷いた。雷華の行動を意外に感じたのかもしれない。彼は宙に浮いた己の手と雷華を交互に見て、静かに腕を下ろした。
「そう…………ああっ!」
頷き返して、何人いたのか分からないが全員が助かっていればいいのだが、と思ったところで雷華は重大なことを思い出した。
「ベル君! ルーク、男の子がいなかった!? 十歳ちょっとくらいの!」
ルークの両肩を掴んで前後に揺さぶる。城の中にはロベルナがいたのだ。まだ幼い彼が自力で脱出できるとは考え難い。何故もっと早くに思い至らなかったのだろうと、雷華は自分の頭を殴りたくなった。そんなことを考える余裕はつい先ほどまでなかったのだけれども。
「お、落ち着けっ……こっ、子供なら、双子、が」
激しく揺さぶられ顔色を青くしながらルークが途切れ途切れに話す。マーレ=ボルジエで最強に近い位置にいる特務騎士の彼も、こういう揺れには弱いようだ。
「双子?」
雷華の動きがぴたっと止まる。双子とは誰のことなのだろう。どういう意味かと再びルークを問い詰めようとしたとき、遠くの方で自分を呼ぶ声が聞こえた。それに合わせて複数の人間が走ってくるのが見える。
「ライカさーーん!」
一番前を走っていた人物が雷華に向かって飛びついてきた。
「ベル君! よかった、無事だったのね!」
自分にしがみつく子供――ロベルナを雷華はぎゅっと抱きしめる。そして彼と一緒に走ってきた人物に眼を向けた。雷華の背後では、揺れから立ち直ったルークが納得いかないといった表情をしてロベルナを睨んでいた……誰も気づいてはいなかったが。
「マールとキールじゃない! 貴方たちどうしてこんなところに!?」
ルークの言った双子とは、旅の途中で会った愉快な少年少女のことだった。マーレ=ボルジエで賞金稼ぎをしていた彼らが何故、他国の、しかもこんな滅んだ町にいるのか。考えられるのは嘲狼に関する依頼を受けたか、もしくはロベルナの保護なのだが、それにしても奇妙な話だ。イシュアヌには賞金稼ぎがいないのだろうか。
「久しぶり、ライカ姐」
「ライカ姐様にまた会えて嬉しいですー」
雷華の驚きをよそに、双子は嬉しそうに挨拶をしてくる。確かにまた会えて嬉しい。嬉しいがここにいる理由が知りたい。いや、それよりもさらに気になることが……。
「なに、その呼び方」




