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黒犬と旅する異世界 ~人の意思、世界の意思~  作者: 緋龍
突然攫われるに至った理由
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十一話 狼ノ心

 この話には地震が出てきます。

「ライカっ! いるのか!?」


「ルーク! ロウジュ!」


 部屋に入ってくると同時に辺りを見渡しながら雷華を捜すルークに向かって叫ぶ。そして二人の元に近づこうとしたが、すぐ傍にいたレヴァイアに腕を掴まれ止められた。


「ライカ! 無事、ではないようだな」


 ロウジュが恐ろしく冷たい眼でレヴァイアを睨みつける。ルークも怒りに満ちた眼で同じように睨んでいる。

 彼らは本気で怒っていた。全員殺してやりたいと思っていた。だが、雷華と交わした約束を守り、二人はここに来るまで一人もあやめてはいなかった。

 しかし、今二人はレヴァイアに腕を掴まれた雷華の手首や首に残る痕を見て、約束を破ってでも目の前の男を殺してやりたいという衝動に駆られていた。


「たった二人でここに辿り着くなど――貴様ら何者だ」


 レヴァイアの雷華を掴む手の力はそれほど強くなかった。彼女が離れていくのを反射的に止めた、そんな感じだった。ここから逃げるのであれば雷華を人質にするのは当然なのだが、彼にそのつもりはなかった。にも拘わらず何故自分は雷華の腕を掴んだのか。問いかけはルークとロウジュに向けられていたが、その声に含まれる驚きは、自身の行動に感じたものだった。


「貴様が知る必要はない。今すぐライカを放せ。そうすれば殺さずにいてやる」


 初めて会ったときと同じ、感情の籠らぬ声でロウジュが言い放つ。彼の手にはいつの間に取り出したのか、短剣が握られていた。


「ロウジュ!」 


「すまないライカ、俺も同じ気持ちだ」


 そう言ってルークも攻撃の構えをとる。手にしているのは雷華の木刀。


「ルークまで何を言い出すの!? 二人ともやめなさい!」


 止めさせようと叫ぶが、ルークもロウジュも攻撃の構えを解こうとしない。雷華は焦った。このままでは二人はレヴァイアを殺してしまう。彼らにそんなことは絶対にしてほしくなかったし、何よりレヴァイアに死んでほしくなかった。たとえ彼が心の底では死を望んでいたとしても、それでも生きて欲しかった。


「レヴァイア、手を放して!」


「……それは出来ない」


「放してっ! でないと貴方が……っ!」


 己の身が危ないというのに何故レヴァイアは解放してくれないのか。彼の考えが雷華には読めなかったが、放さないと言うのであれば、自分でこの手から逃れるしかない。雷華は掴まれている腕をほどこうと、レヴァイアの手に触れた。その時――

 ごごごごごごという音とともに建物が大きく揺らいだ。


「な、何!?」


「くっ!」


 立っていられないほどの揺れに、ルーク以外の全員が床に膝をつく。ルークは木刀を床に突き立て、耐えていた。


「地震!?」


 この世界にも地震があるのかと驚く。だが今重要なのはそんな事ではない。半分朽ちたようなこの城が、これだけ揺れれば――


「ライカっ!」


 ルークとロウジュが同時に声を上げる。雷華の不安は現実のものとなった。部屋にいくつもある支柱のうちの一つが、雷華とレヴァイアに向かって倒れてきたのだ。


 (避けられないっ!)


 揺れが激しく身体が動かせない。迫ってくる巨大な柱を目前に、雷華は己の死を予感した。

 しかし―― 


「わっ!?」


 突然強い力で押され、地面に転がる。一瞬何が起きたのか分からなかったが、はっとなってレヴァイアの方を振り返った。

 眼が合った、と思った。


「レヴァイアっ!?」


 雷華が叫んだ次の瞬間、レヴァイアの姿は支柱の下に消えた。


「じょ、冗談はやめてよ。さっきまで、私を殺そうと、してたじゃない。なんで、助けるの、レヴァイア……答えてよ、ねえっ、答えなさいよおぉぉぉっっ!」


 雷華の絶叫が、崩れつつある城に響き渡る。レヴァイアが死んだ。娘を殺され、絶望し、貴族を憎み、世の中を憎み、己を憎み、狂気に身を委ねた、彼が。ついさっき殺そうと首を絞めていた相手を助けて、死んだ。最期に眼が合ったとき、彼は……彼は……。

 激しい揺れの中、ずりずりと床を這って倒れた支柱に近づく。支柱の下からは、紅い……彼の身体に流れていた紅い命の源が、溢れてきていた。


「ライカ、よせ」


 支柱に、紅い水溜りに向かって伸ばした震えた手をルークに掴まれる。


「るー、く」


 掴まれたところから視線を順に辿らせて、ルークの顔を見上げれば、彼は厳しい表情でゆっくりと首を横に振った。

 大きな音を立てながら次々に支柱が倒れ、壁が崩れていく。城が崩壊するのも時間の問題だと思われた。


「ライカ、そいつはもう死んでる。早く外に出ないと俺たちも危ない」


 ロウジュが気絶している男を担ぎながら、先ほどとは違う感情の籠った声で言った。


「ロウジュ……」


 弱々しい声で呟けば、ルークに抱えられるようにして立たされた。ふらりと身体がよろめくが、しっかりとルークが支えてくれた。だが、いつもならすぐに出てくる礼の言葉は、口の中に留まったまま発せられることはなかった。


「行くぞ」


 そう言うとルークは雷華の手を引いて走りだした。揺れは止まったが、城の崩壊は止まらない。がらがらと崩れていく天井や壁やを避けながら、雷華は手を引かれるがまま走った。灯りのない階段を駆け下り一階の通路を走り抜け、外に飛び出る。

 哀しい狼たちの城は、跡形もなく崩れさった。

           

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