十話 銀ノ想
(この人の本当の心が知りたい!)
「……ぐぅっ!」
ありったけの力を振り絞って強く願うと、雷華の長い銀の髪が淡い光を放ちはじめた。
「なっ!?」
狂気に支配されるがまま雷華の首を絞めていたレヴァイアの手の力が緩まる。髪が光るというあり得ない現象を目の当たりにして、さすがに動揺したらしかった。
――憎い、フェリシアを殺した貴族も、その原因を作った女も、ただ怯えて傍観していた孤児院の人間も……誰もが憎い!
「ごほっ、ごほっごほっごほっ、っはぁっはぁっ……」
しばらく喉を押さえつけられていた反動でむせかえる。身体に酸素を取り込もうと荒い呼吸を何度も繰り返す。しかし、掴んでいたレヴァイアの右手は放さなかった。
――俺がもう少し早く帰っていれば……そうすればフェリシアが死ぬことはなかったのだ!
「おれがもう少し、はっ、はやく帰っていればっ、そうすればフェリシアが、死ぬ、ことは、なかったのだ」
「な、何を言って、いる?」
頭に響いてくるレヴァイアの心の声を口に出す。まだ上手く喋れず途切れ途切れになってしまったが、言葉はちゃんと伝わっているようだ。その証拠にレヴァイアの顔が驚愕の色で満ちていく。
――生きてなどいたくないのに。だが女を見つけ出すまで死ぬわけにはいかない。
「生きてなどいたくないっ、のに。だがおんなを、見つけ出すまでっ、ごほっごほっ……しぬ、わけにはいかない!」
「お前……お前は……」
掴んでいた手を放し、掴まれていた手から雷華の手を引きはがすと、レヴァイアはふらふらと彼女の上から立ち上りよろめきながら壁にもたれかかった。
「あ、貴方はフェリシアさんを助けられなかった自分を責め続けている。本当はっ、死にたいと思っている。だけど復讐するまで死ねないとも。その矛盾が、貴方を暗く深い狂気へと駆り立てた」
流れ込んできたレヴァイアの感情は、後悔と憎しみ、それに死を渇望する思いが入り交じっていた。やはり彼は憎しみの感情だけで動いていたわけではなかったのだ。
雷華はゆっくりと上体を起こしながら、自分の持つ特別な力に感謝した。力がなければ彼の本心を知ることは出来なかったし、止めることも出来なかっただろう。髪を見るとすでに輝きは失われていた。
「……お前は一体何者なんだ」
顔を隠すように手を当て眼を見開いたレヴァイアの声は掠れていた。手に隠れて見えないが、その下の顔には恐れがあるような気がした。本心を言い当てられたことによる恐れ、そして、ずっと被り続けてきた狂気という名の仮面を剥がされたという恐れが。
「ただの人間よ、ちょっと特殊な事情があるというだけの、ね。レヴァイア……私は、貴方に同情するわ」
「同情などっ」
怒りの言葉をぶつけてこようとするレヴァイアを手で制して、雷華はぐっと足に力を入れて立ち上る。そして金と蒼の色を持つ目の前の男を真っ直ぐ見据えた。
「まっぴらごめんだと言われるのは分かっているけれど、それでも私は同情する。フェリシアさんが亡くなったとき、貴方を支えてくれる人がいなかったことに。一人でもいればきっと貴方はこんなことをしなかっただろうから。ここにいる嘲狼の人たちは、多分貴方と同じ憎しみや苦しみを持つ人ばかりなんでしょう? 自分が啼けない代わりに刺青に啼いてもらうような……。そんな仲間も必要だったかもしれない。だけど、だけど一番必要だったのは、一緒に啼いてくれる、貴方が涙を見せてもいいと思える、そういう人だったのだと、私は思う」
今更何を言ったところで過去が変わることはない。フェリシアが死んだことも、レヴァイアがした許されざる行いも、どちらも変わりようがない事実なのだ。しかし、それでも言わずにはいられなかった。少しでも彼の心の闇を晴らしてあげたいと思った。哀しみの連鎖を止めたかった。
「レヴァイア、今からでも……?」
さらに言葉を続けようとしたとき、扉の外から騒がしい音が聞こえてきた。ばたばたと複数の人間が走る音、それに大声で叫び合う声。部屋の外で何かが起こっているようだ。
「何事だ?」
レヴァイアが手で顔を隠したまま、壁から離れて扉の方に向けて足を踏み出そうとしたが、その時、勢いよく扉が開き、男が転がり込むように入ってきた。その只ならぬ様子に一体何事かと雷華は身を硬くする。
「お、お頭っ、し、襲撃ですっ! おっ、男が、ふたっ、二人っ!」
よほど慌てているらしい。舌がもつれて言葉が片言になってしまっている。
(二人の男!?)
男の言葉に雷華は、はっとなる。まさか、そうなのだろうか。
「たった二人だと? ここには二十人以上いるのだぞ」
顔から手を放したレヴァイアは、表情こそ無に戻っていたものの、その声には信じられないという感情が多分に含まれていた。
「そっ、それが二人とも、異常な強さで、ぎゃっ!」
「っ!?」
「え?」
レヴァイアに報告していた男が叫び声を上げて地面に倒れた。あまりの突然な出来事に思考がついていかず茫然となる。カツンという石が落ちる音を聞いて、ようやく男の側頭部にその石が当たったのだということを理解した。
(こんなことが出来る人ってそんなにいないわよね)
雷華の考えが正しいことはすぐに証明された。倒れた男が言っていた二人の襲撃者が部屋に飛びこんで来たからだ。雷華が最も頼りにする、漆黒の色を持つ二人が。




