第一話
一時間目、社会。
「……最初に百六十万年前、火の使用の始まり。次に十八世紀、蒸気機関の発明。さらに十九世紀後半に電気が日常に広まりました。そして第四次エネルギー革命が十年前でしたね。日本近海に眠っていたメタンハイドレードを資源として利用する技術が開発され、日本は大きく生まれ変わったのです」
二時間目、技術。
「……いいか。みんなの家も同じだろうが、今はPCで全てを管理している時代だ。コンピュータに関する知識がなければ、将来一人暮らしもできないからな。必ず今日やった内容は覚えておくように」
三時間目、理科。
「……日本の技術はここ数年で飛躍的な進歩を遂げました。農作物は田畑でなく工場で作られるようになり、今では農業に従事している人もほとんどいません。また、畜産業や漁業に至るまで、全てコンピュータの管理下に置かれています。これらは全て遺伝子工学の賜物だと言えるでしょう」
授業終了を告げるチャイムが、鳴った。夏休みまであと一週間。学校は短縮日課となり、今日もあと体育をこなし、食事と清掃をするだけで終了となる。四時間目の体育は嫌ではない。勿論、うわんと広がる入道雲の真下での運動は体力を消耗するだろうが、それでも椅子に座って退屈な授業を欠伸をしつつ聞くよりは、よっぽどましに思えた。
中学校生活も半ばを過ぎるというのに、最近何に対しても興味がわかない。幼い頃は女だてらに当時はやりだった科学だの技術だのに執心だったが、今ではその面影すらない。馬が合う友人は何人かいる。クラスメイトのコイバナにも付き合うし、定期試験も平均よりは上を維持している。最低限中学生らしい生活はしていると思う。何か問題があるわけではない。ただ、つまらない。それだけだっだ。
オートロックのロッカーに学生カードをかざし、自分の名前の書かれた扉を開く。女子更衣室特有のかしましさの中、私も他の生徒と同じようにジャージを取り出した。
「ねえねえ、昨日のドラマのさぁ……」
「ねえねえ、今日どっか遊びいかない?」
「ねえねえ、佐藤君って彼女いると思う?」
思春期に限らず、女という生き物はとにかく自分の思っていることを口に出したがるものだ。それにしても、よくもまあ色んなことに心を砕いていると思う。きっと彼女たちのまだ小さな世界は、その小ささの中だけでも充分に種が育っているのだろう。同じ思春期の女子なのに、私のはもう干上がってしまい、僅かな収穫さえも期待できそうにない。
「香澄、どうしたの?早く行こうよ」
霧ちゃんに呼ばれて気づいた。あと三分しかない。
「やっば……。ごめん霧ちゃん。行こ行こ」
「まったく、香澄の天然は相変わらずね」
クラスメイトの霧ちゃんは、いつでも明るい。
私とは正反対の性格で、なのになぜか心がかみ合う。恋愛とは、お互いの足りない部分を補える異性を探すことだという。私にとっての霧ちゃんはそれと同じ役割なのかもしれない。それに感づいているかどうかはわからないが、霧ちゃんはいつも笑顔で私を見ていてくれる。
「ごめんね。待っててもらって」
「いいよ。別にいつものことだし!」
ジャージを着た私たち二人は、急がなければならないにも関わらず、そんな軽い会話をしながら太陽が白く照らすグラウンドに向かった。
体育は無事終わった。今学期最後の体育の授業だったため、先生も生徒の意向を反映してドッヂボールをすることになったのだが、私はさっさと外野に回ってしまったので、それほど体力を使わずに済んだ。その後は食事と掃除、あとはHRをすれば、今日の学校も終わりになる。
「さて、ではみなさんお待ちかねの、アレを発表しましょうか」
クラスにざわめきが広がった。先生は勿体ぶった言い方をしているが、既に全員が、それが何かわかっていた。教卓の上にどんと積まれたプリント。夏休み前のこの時期にそんなものを見れば、ある程度検討はつく。現に、もう配られている前のほうは、ざわざわしながら何か文句を言っている。私のところにもプリントが回ってきた。教科別にいろいろ書かれた表。予想、ドンピシャだ。
「はい、今配られたのが夏休みの課題の一覧です。二学期の始業式で回収しますので、必ず持ってきてください」
先生はクラス全体を見渡しながら“必ず”のところをやたらと強調して、そう言った。
(国語……数学……。うん、まあ普通にやれば終わるかな)
一教科ずつ上から順に見ていくと、一番最後にこう書かれていた。
理科自由研究。
テーマは自分で考える事。
「香澄、自由研究どうする?」
HRが終わったあとに、霧ちゃんに声をかけられた。
「どうしよっかな……。全然アイデア浮かばないよ」
「そうだよね。私もいっしょ。でもこれ、早めにテーマ決めないと、後で絶対苦労すると思う」
「うん。そうだと思うよ。ヒマワリを育てるとかすれば、1ヶ月かかっちゃうもんね」
「でしょ。だからさ、今から自然博物館に行かない?」
霧ちゃんの話はこうだった。そこの博物館で、いとこが学芸員をやっている。そこにいけば何か面白いテーマを教えてくれると思う。うまくいけば、自由研究を手伝ってくれるかもしれない。
私は別にテーマは何だってよかったが、霧ちゃんの誘いに乗れば楽に仕上がりそうなのはわかった。
「いいよ。いっしょに行こ」
「じゃあ決まり! とりあえずいとこに連絡しておくね」
慣れた手つきでケータイで電話を掛け、二言三言喋り、そして切った。
「今から行ってもいいって!」
「よかったね。霧ちゃん」
どこか他人事めいた言い方だったが、霧ちゃんは少しも気にするそぶりを見せなかった。