土用の丑
「今日って、鰻を食べる日だよね」
とてもきらきらした目で、高校2年で双子の姉にあたる井野嶽桜が、双子の弟の幌に聞いていた。
「そうだな」
「じゃあさ、じゃあさ」
「今日の晩飯は、鰻重な」
「やったーぃ」
喜んでいる桜に幌は続けていった。
「じゃあ、ひとつ問題。土用の丑とは何か」
「土曜日の牛じゃないの?」
「なんでだよ、耳で聞くとよく間違うけどな」
「じゃあ本当は?」
冷蔵庫を開けながら、幌が桜に説明をする。
「土用というのは、雑節の一つで、今じゃ立秋の前の土用が一番人気だけども、もともとは春夏秋冬すべてにあったんだ。五行によって春夏秋冬には木火金水のそれぞれがあてはめられて、境目に土があてはめられたんだ。それが土用」
「じゃあ丑は?」
「干支ってあるだろ。あれからとったんだよ。まあ、年によっては2回あったりするけどな」
「あれなんだぁ」
桜はそう言いながら、すでに意識は別のところへ向いていた。
「でも、土用の丑と言えば、やっぱりうなぎだよね」
「土用の鰻を考え付いたっていうのは、平賀源内だって説が有力だな。知り合いの鰻屋から夏場の販売方法を聞かれた時に、元々、丑の日に“う”がつく食べ物を食べたらいいっていう伝承があって、それにうなぎもあてはまるからどうかなっていう話をしたそうだ。それがヒットして、みんな真似するようになったっていう説だな。まあ、他にも、ひらがなで“うし”と書いた時に、2匹の鰻に見える説や、甕の中に漬けておいた鰻が、丑の日に漬けたものが一番うまかったからだっていう説もあるな」
「そんなことはどうでもいい。早く晩御飯にならないかなぁ……」
遠いところを見ている桜を、現実に引き戻す幌。
「んなことよりも、麦茶飲みながらでも、宿題さっさと終わらせるぞ。こっちは残り半分ぐらいなんだからな」
「大丈夫、私も残り半分ぐらいだから」
桜は幌に、すぐに答えて、シャーペンをノートに走らせ始めた。