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国境の都にて その3

 中天にかかった太陽は灼熱の日差しで大地を焼き、立ち昇る熱気が蜃気楼を生み出している。

 ロアンが伝令に走ってから少しの時が経ち、アーサーの乗る巨人騎士に先導されて、アクタシャールは港内を歩いていた。

 ふと、視界の端で人間ではない何かが動くのに気付いて洸兵は目を向ける。そこに見えたのは巨人騎士が立ち並んでいる場所に併設されている建物の後ろから、二本の脚で歩く大きな鳥のような生き物が歩み出てくる光景だった。

 どこか竜のような雰囲気もあるその生き物は、河に向けて走り出したかと思うと翼を広げ、そのまま空中に舞い上がったのである。


「あ……ドラゴン、か?」


 背には鞍が取り付けられ、人が乗っているのも遠目ながら確認できる。街へ急ぎの連絡がある時はあれを使うのだろう。河の上空を滑るように飛んでゆく姿は、とても美しいと思えた。


竜騎兵(バーン・ファレス)ですね。昔の騎士達は皆、あれに憧れていたと聞きました」


 ユディーラが答えてくれたのも上の空、洸兵は飛び去ってゆく彼らを目で追い続けていた。

 アクタシャールにズームカメラ機能がないのがとても口惜しい。ダウティアは、アクタシャールの操作法だけは完璧に”シェルガンナー”と同じにしてくれたが、それ以外まで手が回らなかったらしい。

 後方、上空の視界を小さく映すサブウィンドウや、前方一部分のピックアップ等、あれば役立つ便利な機能はアクタシャールにはない。残念な事に、レーダーも見た目だけの雰囲気再現だった。


「気になりますか?」

「うわっ!」


 小さくなってゆく竜騎兵をぼんやり追い続けていると、ユディーラが突然顔を覗き込んできた。

 狭苦しい操者宮(コクピット)だからといって、近付きすぎにも程がある。慌てて離れようとした洸兵だが今はアクタシャールを動かしている最中だ。座席をずり落ちて変な姿勢になり、アクタシャールも両手を持ち上げた滑稽なポーズをとる羽目になった。


「な、何をなさっているのですか」


 少し面食らった様子でアーサーが声をかけてくる。焦って姿勢を戻す洸兵が面白かったのか彼女はひとしきり笑ったあと、ある提案を出してきた。


「他にも居るはずですが……近くに行ってみましょう」

「いいの!?」


 ロボットも好きだが竜にも男心をくすぐられるものがある。地球上には生息していないことが確定している憧れの生き物を、安全な状態で見られる機会は逃せない。

 洸兵は一も二もなく頷き、アクタシャールを竜騎兵が飛び立ったあたりに向き直らせた。


「待って。彼に伝えないと」

「あ、そうか。ダウティア、外部音声を」

――承知した。


 巨人騎士に必要不可欠な機能の一つ、外部音声出力。操者の言葉をマナの流れで捉えた巨人騎士がそれを増幅、自らの装甲を振動させることで再現し、外に伝える。

 外からの音はその逆で、装甲表面で捉えた空気の振動が巨人騎士を流れるマナに乗り、同調している操者がそれを受け取ることで聞くことができる。

 洸兵が騎士達の言葉を理解できているのもそのおかげである。アクタシャールの中にいる限り、マナが同調している洸兵には言葉が全て翻訳されて聞こえるのだ。


「アーサー卿」

「は、如何されましたか」

「わたくしはワイバーンの様子を見たいのです。先導して頂けますね?」

「は! 喜んでっ!」


 声とともにひときわ深く頭を下げた巨人騎士は、立ち上がると見事な方向転換を見せ、竜騎兵が飛び立った場所に向けて歩き出した。


「彼の後に。案内してくれます」

「わっかりましたっ」


 軽く頷き、右足を少し踏み込む。洸兵の操作に呼応して、アクタシャールはゆっくりと歩み始めた。

 竜を見たら、次はあの並んでいる巨人騎士を見せてもらおう。同じような形をしているからきっと量産型だ。あの列の真ん中に立ったら物凄い壮観なんだろうなあ。

 建物からは騎士達が姿を見せ、整列を始めた。彼らの驚きと好奇の視線に晒されながら、アクタシャールは港へと入っていった。






「ダウティア、降ろしてくれ」


 詰め所の横にアクタシャールを停めて装甲を開かせると、右手がゆっくりとその横につけられた。

 外に出た洸兵は安全を確認し、ユディーラに手を差し出す。彼女を引き込んでからふと下を見ると、騎士達がなにやらどよめき、不穏な空気を出している。

 二人を案内してくれたアーサーは少し不安げな面持ちで、乗っていた巨人騎士の横に待機していた。


「何だ、あの妙な男は」

「ユディーラ様が動かしていたのではないのか?」

「あのような者にお手を……」


 疑問、怒り、嘆き。様々な言葉が飛び交う中を、二人を乗せた右手が降下してゆく。

 騎士達の見せる気配を不思議に思いはしたが、それもすぐに散ってしまう。衆人環視の中で異性と手を取り合ったまま高いところから降りてゆくというある種異様な状況に、洸兵は周りを見る事が出来なくなっていた。何を言われているかが頭に入らなくなるくらいの羞恥心に、彼は襲われていたのである。


「待て、あの色は?」

「いかん、もしやユディーラ様は……っ」


 こんな事になるなら見たいなんて言わなければよかった、やっぱり羞恥プレイだこれは。

 あまりの恥ずかしさにわくわくしていた心も萎み、今更遅すぎる後悔をしている間にアクタシャールの右手が地面につき、ユディーラが何か言いかけて――


「動くな!」

「へ?」


 突然若い騎士が目の前に立ち、首筋に冷たい何かを押し当てられた。

 殺意を込めた目線で洸兵を睨みつけている騎士、その手に持っている鈍く銀色に光るモノ、平たく長い金属の塊――これは、剣?


「あなた達、一体何を?」


 ユディーラも事態が把握できないらしく、訝しげな声で騎士達に問いかけている。


「ユディーラ様、離れて下さい。この者はここで始末します。この髪と瞳の色、それに見慣れぬ衣装……こ奴は魔物の類であるに違いありませぬ」

「何を言っているのです? その方は魔物などでは――」

「ご無礼っ!」

「あっ!?」


 叫び声と同時に、ユディーラの手が洸兵から離れていった。後ろからこっそり近付いていた騎士に引き離されたらしく、彼女が抵抗する声が聞こえてくる。


「何をするのです、お離しなさいっ!」

「###、#######」

「わたくしは操られてなどおりません!」


 手が離れたことで騎士達の言葉が理解できなくなり、それでもなんとなくわかるのは自分が殺されかかっているということだけ。首に当たる冷たい刃の感触が、洸兵の心を恐怖で染め上げる。

 真っ白になった頭で微かに捉えた疑問。何がどうなって俺が魔物なんだ? こいつは始末すると言った。殺すって事か、俺を?

 沸々と怒りが湧き上がってきた。異世界くんだりまで来て敵と戦っているわけでもなく、妙な誤解で魔物と一緒にされて同じ人間に殺されるなんて、冗談じゃない!


「……ふ、ふざけんな! 俺は魔物じゃ――」

「剣を引きなさいっ!!」


 耐え切れなくなって叫ぼうとしたその時、鋭い声が場を切り裂き、当てられた剣がびくりと震えた。はずみに刃が薄皮を切り裂き、赤い筋が首に刻まれる。


「あなた方もです。いつまでわたくしに触れているのですか、下がりなさい!」

「##、####?」

「わたくしの声が聞こえませんか? 剣を引き、道を開けなさい。これ以上するならば、わたくしはあなた方を処断しなくてはなりません」

「……#!」


 底冷えするほどに冷たい声を出している女が、果たして本当にユディーラなのか。振り返って確かめたくなるが、状況がそれを許さない。たとえ許されたとしても振り返る勇気は出なかったかもしれないが。

 声に押され、首筋から剣が離れてゆく。相手の顔を見れば、洸兵を未だ睨みつけたままのその顔に、怒りとともに幾分かの不安が浮かんでいた。


「この方は巨人騎士アクタシャールが選んだ操者であり、わたくしの命を助けてくださった恩人でもあります」


 歩み寄ってきたユディーラが洸兵の手を取り、威圧感たっぷりに彼らを睥睨する。彼女が話を進めるにつれて、二人を囲んだ騎士達の間に動揺が広がってゆく。

 命の恩人。そう彼女が言った時には皆一様に居住まいを正し、表情が悔恨に染まっていった。洸兵に剣を向けていた騎士は泣き出しそうな勢いだ。


「よく確かめもせず見た目だけで判断し剣を向けるなど、騎士としてあるまじき行為です。今回はわたくしも説明不足でした故、不問といたしますが……次に同じ事があれば、わたくしの名においてその者を騎士団より、除名します」

「はっ! 申し訳ありませんでした!!」


 一斉に唱和する騎士達を前に、一気に緊張が解けた洸兵はその場にへたり込んでしまった。

 上を見上げて大きく深呼吸をする。圧迫感から息も満足にできていなかったので、脳が酸素を求めているのである。

 ふと前を見れば、彼に剣を向けていた騎士も同様に腰を抜かしていた。謝罪した後に力が抜けたのだろうか、座り込んだまま猜疑心が残る目線を彼に向けている。

 洸兵はどんな顔をすればいいのかわからず、とりあえず軽く頭を下げておくことにした。魔物扱いされて殺されかけた怒りもどこかへ溶けて消え去り、今はただ、心理的圧力からの開放感のみが彼の心を埋め尽くしていた。


「はあぁ……」

「降りる前に何か言うべきでした……大丈夫ですか?」


 上を向いたまま溜息をついていると、地面に投げ出した手の甲にユディーラの手が重ねられた。彼女は洸兵の横に腰を下ろし、心配そうな顔をして洸兵の顔を覗き込んでいる。どうしてこんなに近いんだろう。働かない頭で漠然とそんな事を考えた。

 実に簡単に、とても気軽に、彼女は洸兵の距離に踏み込んでくる。それが嫌なわけではないのだが、彼にとってその距離は近すぎた。異性にここまで近付かれたことがついぞなかった彼に、それはあまりにも刺激が強すぎるのである。

 だからそんな彼女と目を合わせることができず、彼は顔をそらしてしまうのだ。


「うん、大丈夫……だと思う」


 小声で呟くように返事を返す。横目でちらりと伺えば、小さく笑うユディーラの口元だけが、やけに鮮烈な印象を洸兵に残した。

 触れてみたい。一瞬頭をよぎったその感情を、無理やり他の事を考えて追い出そうと試みる。腹が減った、喉が渇いた、服を着替えたい、風呂に入りたい――


――洸兵、奴らが来た。

「は?」

「……っ!」


 今、ダウティアは何を言った?


――早く乗れ、時間がない。

「ここに……来るのですか?」


 ユディーラがアクタシャールを見上げ、かすれた声で問いかける。彼女の顔は蒼白に染まり、洸兵の手をいつしか握り締めていた彼女の手は、血の気を失って震えていた。

 ダウティアの声が聞こえていない騎士達も、急に様子が変わった二人に何か異常を感じたのか、耳をそばだてている。


――騎士達にも伝えよ。この転移波動は……かなりの数だ。

「マジかよ……」


 正直、今来られても上手く戦える気がしない。昨晩から飲まず食わずのままな洸兵に、そんな体力はもう残っていないのだ。

 ユディーラも同じような状況の筈だが、それでも気丈に立ち上がり、騎士達に向けて声を張り上げた。


「蟲が来ます!! 皆、戦いの準備をして下さい。フルーメにも伝令を。こちらはわたくしが指揮をとります、レイズロート殿にはフルーメを守るようにと! それから、わたくし達に水と軽食の用意を!」

「な、何と!」

「本当なのですかっ!?」

「巨人騎士アクタシャールの封魂、ダウティアが転移波動を感知しました。敵はかなりの数だと推測されます。騎士達よ、フルーメを護りなさい!」

「御心のままに!」


 一瞬信じられずに唖然としていた騎士達だが、ユディーラの言葉を正しく理解するやすぐさま、それぞれが自らの持ち場へと戻り始めた。巨人騎士に取り付く者、停泊中の船へ知らせにゆく者、伝令のためワイバーンで飛び立つ者、港の利用者や職員等、非戦闘員を避難させる者。兵隊達とも協力し、戦闘準備は瞬く間に整ってゆく。


「お持ちしました!」

「ありがとう、アーサー卿」


 洸兵達に水と食べ物を届けたのは、二人を最初に出迎えここまで案内してくれた騎士、アーサーだ。先程起こった騒動の時、彼は自らの巨人騎士から離れず、洸兵を責める同僚達にどこか非難するような目を向けていた。

 それを覚えていたのだろう。ユディーラは彼に礼を言い、微笑みかけながらそれを受け取る。直接声をかけられて余程嬉しかったのか、緊張と恐怖でこわばっていた彼の頬が、少し緩んでいた。


「コウヘイ様、これを……申し訳ありません、満足な休憩もできずに」

「あ、ああ」


 差し出されたのは金属製の水筒と、木皿に乗ったサンドイッチだ。ゆっくり味わって食べたい気分を無理やり押し込めて、水で強引に流し込む。

 疲れているのはユディーラも同じはず。それなのに彼女は文句の一つも言わず洸兵を気遣っている。このまま倒れて寝てしまえればどんなに楽だろうと考えるも、彼女の顔を見たらそんな情けないことを言ってはいられない。俺は騎士になったんだ。ユディーラと一緒に戦うと決めたんだ。そう心に言い聞かせながら、洸兵はもくもくとサンドイッチを飲み込んでゆく。

 味を感じる暇もなく食事を終え、待っていたアーサーに食器を渡すと、立ち上がって差し出されたままだったアクタシャールの手に片足をかけた。

 手を差し出せば、待ってましたとばかりにユディーラの手が重ねられる。彼女の目には迷いも不安もない。自分が信頼されている事を実感できて、残っていた疲れが吹き飛んだ。


「ユディーラ様! ……その、待たれていたほうがよいのでは」


 アーサーが躊躇しながらも、ユディーラを心配してか引き止めようとする。

 一国の王女が、戦いに赴く巨人騎士に操者でもないのに乗り込もうとしているのだから、止めようとするのは当然の行為だ。

 しかしユディーラはそんな彼に得意げな笑みを見せ、高らかに宣言した。


「ご心配ありがとう。でも大丈夫です、コウヘイ様はわたくしが選んだ騎士なのですから」


次回、戦闘でござる。

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