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国境の都にて その2

 

 半球状に広がった内壁が、目の前に外の景色を映し出す。今そこにあるのは、目覚めた時に見えていた河と街が、ゆっくり近付いてくる光景だ。

 河の両岸にはそれぞれ大規模な港があり、傍らには警護騎士の詰め所や、彼らの操る巨人騎士が待機している姿も見えている。

 最初はどこに戻ってきたのやら検討もつかなかったが、今ならわかる。ここはユディーラの祖国イリーシャスと、隣国ガシェナ帝国との国境だ。二人が転移した場所は、どうやら国境からガシェナに少し入り込んだ場所だったらしい。

 ほっと息をつき、同じ空間に居るもう一人に視線を向ける。

 操者席に座りアクタシャールを動かしている青年は、内壁が映し出す景色に目を輝かせてはしゃいでいた。彼が持つ漆黒の髪と瞳は、ユディーラの国やその近辺では見かける事のない珍しい色をしている。

 彼女より少し年上に見える彼は、戦いを生業としている人間にはとても見えない。

 体の線は細く、短剣を向けた時も怯えるばかりで立ち向かおうとはしなかった。敵が現れた時ですら彼は恐怖で固まって動けなくなり、危うく死ぬところだったのだ。

 ただの平民にすら劣るだろう貧相で情けない男。それがその時の彼女の、彼に対する認識だった。

 それが何故だろう、アクタシャールに乗り込んでからしばらくして、彼の怯える気配は消えていた。それどころか満足に戦えず、恐怖に呑まれて泣き出してしまったユディーラを見て彼は言い放ったのだ。

 そこを代われ、と。

 それまでの彼の様子から一転して、揺るがない自信に溢れているように思えた。大丈夫、と言ってくれた彼の笑顔に、あの時は本当に救われたものだ。

 その後彼が見せたものは、予想を遥かに超えるものだった。

 席を譲ってすぐの事だ、操者席の周囲が光を放って形を変えたのは。それだけでも驚きだったというのに、その直後、何者かの声が頭に直接響いてきたのだ。

 どこかで聞き覚えのあるその声の主は、このアクタシャールを建造する時に聞いた声。そう、この騎体の魂とするべく封印された、ダウティアという精霊の声だ。

 それを聞いた時、体に走った戦慄はいかほどの物だったか。

 この騎体が建造されてから今まで、様々な人間がこの騎体に乗り込んだが、その誰もがダウティアの力を借りることすらできなかった。

 それを彼は力を借りるどころではなく、滅多にできることではない封魂(アニマ)との契約をすら成し遂げてしまったのだと、それに思い至った時、己が目を、心を、疑ってしまった。

 並の巨人騎士よりも遥かに強大な力を持つべく、多大な時間と費用をかけて建造された筈のアクタシャールは、だがそれ故にか誰も乗りこなす事ができず、欠陥騎とさえ呼ばれて神殿に安置――事実上の放置――されていたのである。

 しかし、彼はそれを乗りこなしてみせた。

 普通の騎士がさせる重々しい動きとはどこか違う、機敏で軽やかな独特の戦い方。七体もの”蟲”に囲まれて致命傷を受けることもなく、彼は単騎で倒しきってしまった。

 そんな事ができる者は、彼女の国では数人しかいないだろう。

 思えば転移の瞬間に攻撃を受けてあの場に、あの平らな継ぎ目の無い石に囲まれた謎の空間に出てしまい、そこでアクタシャールが反応を示さなくなってしまった時だ。

 土煙の立ち込める中からふらふらと彼が現れアクタシャールに触れた途端、アクタシャールが息を吹き返したかのように反応して、この世界へと戻ってこられたのだ。

 何故あんな事が起こったのだろう。どうして彼なのだろう。彼は何者?

 湧き上がる疑問を押さえきれずに、ユディーラは目の前ではしゃぎ続ける青年――コウヘイから、目が離せないでいるのだった。






 重厚な足音を大地に響かせながら、白き巨人がゆったりと歩みを進めてゆく。

 アクタシャールが一歩踏み出すごとにその足音は操者宮(コクピット)まで聞こえてくるのだが、驚くほどに揺れは感じない。不思議に思いユディーラに聞いてみれば、巨人騎士の中に居る限り、多少の揺れならば巨人騎士を巡るマナによって緩和されるのだとか。

 昨晩あれほどのことがあったのに打撲ぐらいで済んでいたのはそのおかげらしい。魔法で慣性制御してるのか、と何の気なしに呟いたところ、魔法ではなく法術です、と怒られてしまう。

 そうこうしている間に遠く見えていた河と街がすぐ近くにまで迫り、港やその周囲に並べられた巨人騎士が目に入ると、洸兵はその光景に圧倒されてしまった。


「っはー……なんてまたファンタジーな……」

「コウヘイ様は、こんな景色を見たことはありませんの?」

「うん、俺はない……」 


 海外に行けば似たようなものはあったのかもしれないが、生憎と洸兵は行った事がない。ネットを徘徊している時に風景写真を見つけたりはしていたが、興味を持っていないので記憶には残らなかったのである。

 しかし、目の前に広がる壮観は、興味があるなしの次元を飛び越えて彼の心をがっちり掴み取った。

 片膝をついてずらりと並んでいる巨大な人型――巨人騎士。日本では、いや、地球に生きている限り生涯見られることはなかっただろうその光景は、それだけでも彼の心を魅了して離さない。

 そしてその向こうにあるのは幅が広い、一見湖かと錯覚してしまうほどとてつもなく広い河だ。岸の周辺は石で補強されて港になっており、いくつも突き出た桟橋には、船尾や舷側に水車のような外輪をつけた船が係留されている。

 大陸中央のジャトーパ山脈から流れ出し、数々の支流を飲み込みながら海まで続いているテンニと名付けられたこの大河は、平時は物流の血路として、戦時には自然の堀として、イリーシャスを助け、支えてきたのだという。

 対岸にある港の奥には、長大な石壁に護られた美しい街が見えていた。イリーシャスとガシェナの国境近くに位置するフルーメと名付けられたこの(みやこ)は、交易の、そして国土防衛の要衝として、長らくイリーシャスに貢献してきた功労者だ。


「でも、今はもう防壁としての役目は無くなりましたけれど」

「え、どうして?」


 もう戦争をすることはありませんから。そう言ったユディーラの顔から無事に帰還できた喜びがさっと隠れ、悲しげな表情がそれに取って代わった。

 人間の作った国家同士の大規模な争いが、大陸上より無くなってからもう60年以上になる。”蟲”が現れたことで、人と人とが争っている場合ではなくなったからだ。

 大陸に散らばる各国は協定を結び事に当たっているが、そんな中ですら己の利権を貪る者、弱い立場の国をないがしろにする者が後を立たない。そしてそんなことをしている間にも、異常すぎる力を持った怪物どもが大陸を蹂躙し、人々を、獣を、魔獣ですらも喰い滅ぼされてゆく。

 ガシェナ帝国は、内部での覇権争いに足を引っ張られているうちにその領土の半分以上を蟲どもに喰い荒らされ、国力を極端に落としていった。イリーシャス国内でもいつ同じような事が起きてもおかしくはない。

 石壁を見上げながら憂いを帯びた表情で話すユディーラ。沈みかけた空気を払うべく、洸兵は話題を変えることにした。


「あのさ、フルーメってどんな街なのかな」


 おいしいものがあると嬉しいんだけど。そう続けた洸兵に向けられた視線が、少しずつ和らいでいく。

 ふふ、と笑ったユディーラを覗き見れば、沈んだ雰囲気は欠片も残されていなかった。


「交易の要衝だと言ったでしょう? おいしいものなど数えきれないくらい――」

「何者だ!?」

「そこの巨人騎士、止まれっ!!」


 突如かけられた誰何の声に、自慢げに語ろうとした彼女の口が閉じられる。並んでいたものと同じ形状をした二体の巨人騎士が走ってくる姿。左肩に太陽を模した紋章が描かれているそれは、国境を守護するために配備されている騎士団のものだ。

 アクタシャールよりも太く、力強く見える四肢。分厚い装甲が形作る丸みを帯びたシルエットが、この巨人騎士の頑強さを表している。左腕には小さな円形の盾を装備しているが、些細な攻撃など盾がなくとも弾き返してしまうだろう。手に携えた長槍は先端が二股に分かれ、敵を倒すよりは捕縛することに重点が置かれているように見えた。

  二体はアクタシャールの眼前で立ち止まり、槍を突きつけてきた。この状況で無闇に逆らってはいけない。心の中で鳴った警鐘に従い、アクタシャールの歩みを止める。

 緊迫した空気に気圧され、気持ち悪い汗が背中に滲む。これは確実に怪しまれているな、と思いながら、洸兵は出ない唾を飲み込んだ。

 今の彼らは誰が見ても、国境を越えてやってきた不審者にしか見えないだろう。なにせこの世界の最強兵器たる巨人騎士に乗っているのだ。普通なら――洸兵の知る常識内ならば、だが――こんな兵器を移動させる時は、事前に連絡するのが筋なはず。

 ましてやこのアクタシャール、ユディーラの言によれば建造された後使われずに放置されていたらしいのだ。末端の兵士なら知らなくて当然である。


「コウヘイ様、わたくしを外へ出してくださいませ」

「へ?」


 ここで戦闘になったら、なってしまったら、人間と戦うことになるのか。そんな思いが膨らみ不安になってきた洸兵とは裏腹に、ユディーラはやけに冷静な声を出していた。

 操者席の背に手をかけて外の景色を見据えている彼女に、不安や怯えといったものは欠片も見当たらない。


「で、出てどうするのさ?」

「わたくしが出れば解決いたします」


 失敗することなど少しも考えていないだろう堂々とした態度のユディーラを、洸兵はぽかんと口を開けて見つめるしかできなかった。

 今まで彼に見せてきたものとは全く違う彼女の雰囲気に、彼は気圧されてしまったのである。


「早くお開けになって」

「は、はい。ダウティアっ」

 

 語気を強めた口調に慌てて反応してダウティアに呼びかけると、内壁に映し出された外の風景が消え、ただの壁に戻る。束の間暗闇になったかと思うとがちり、と濁った金属音がどこかで鳴って、その壁がゆっくりと前へ倒れていった。

 強烈な外の光が差し込んで眩しさに思わず目を細める洸兵の横を、ユディーラがすっと通り抜けてゆく。何をする気なんだ、そう声をかける間もなかった。

 開ききった胸の装甲を足場とし、まばゆい陽光の中シルエットだけになり立ち上がるユディーラ。目を覆った指の隙間からその姿が見えた時、洸兵の胸がどきりと跳ねた。

 白金(プラチナブロンド)の髪が彼女の影に輝きを与え、きらきらとまたたくその姿はまるで幻想の世界から抜け出てきたよう。視線が吸い込まれて離す事が出来ない――いや、離したくない。


「国境守護の任、ご苦労様です」


 小さな柔らかい声がそよ風のように広がり、その場を包み込んでゆく。

 ようやく光に慣れた視界の端に、操者の動揺を受けてたじろぐ二体の巨人騎士が映った。


「な……何と」


 かすれた喉からようやく搾り出したような、そんな声が向かって右側の巨人騎士から微かに聞こえた。

 彼らの持つ槍が震えているのは何故だろう?


「武器を収め、道をあけて下さい。わたくし達に戦う意思はありません」

「そ、それは、ならんっ! 素性がわからぬ巨人騎士を通す道理はない――!?」


 ユディーラの言葉に左側の騎士は使命を思い出したのか、槍を構え直してこちらを威嚇する。

 洸兵は思わず操縦桿を握り締めたが、向けられた槍は右側の騎士によって押さえられた。


「ロアン! 何をするのだっ」

「武器を下ろすんだアーサー! ……不敬罪に問われたくなければな」

「何?」


 アーサーと呼ばれた騎士はうろたえながらも、槍を押さえられたまま下げようとしない。

 あいつと俺はきっと同じこと考えてるんだろうなあ、とそれを見て洸兵は思った。何故不敬罪なのかという疑問を、彼もまた感じていたからだ。


「気付かないのか? この方は――」

「慌てずともよい。あなた方は任務を果たしているだけです、わたくしは咎めません」

「は、はっ!」

「おいロアン、貴様どうしたんだっ?」


 ロアンと呼ばれた騎士は、ユディーラの臣下にでもなったかのような態度になっている。

 洸兵は目まぐるしく変わってゆく状況を飲み込めていない。アーサーもきっと同じなのだろう、戸惑いが巨人騎士の動きに現れている。

 そして彼女は、その場の趨勢を決める決定的な言葉を口にした。


「わたくしの名はユディーラ。ユディーラ・ダウル・トラサ・イリーシャスです。フルーメ太守、レイズロート・ネアロ・フルーメ伯に取次ぎを。巨人騎士アクタシャールと共にわたくしが生還したとお伝えください」

「ははぁッ!!」

「ユ……ユディーラ第三王女殿下!? し、失礼致しましたっ!!」


 二体の巨人騎士は彼女が言い終わるや片膝をついてひれ伏した。ロアンと呼ばれていた騎士は礼をした後すぐさま巨人騎士を立ち上がらせ、港へ向けて駆け出してゆく。

 信じられない気持ちと、ああやっぱりという気持ちが胸のうちで入り混じり、洸兵はそれをただぼんやりと見送っていた。

 どこかで感じてはいた。

 ユディーラの言葉や仕草の端々に見える洗練された優美さ。見ているだけで彼女に魅了され、吸い込まれてゆくような感覚。彼女が見せるそんな雰囲気から、ファンタジーのような世界なのだから貴族かもしれない、くらいには考えていたのだ。

 それがまさか、ただの貴族などではなく、一国の王族だったとは。


「ほら、解決しましたでしょう?」


 ふわりと微笑みながら自慢げに言ったユディーラに洸兵は小さく頷くだけで、言葉を返すことができなかった。


同じような表現を頻発しすぎてて自分で気になってしまうなあ。

言い回し被ってたりとか、誤字とかそーいうのを見つけたら是非にお知らせください。

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