序章 ~炎となりて~ その4
両手に収まった操縦桿の感触を確かめ、握りなおす。
本物のロボットに乗れるなら一度は言ってみたかった、出撃前の名乗りが頭に浮かぶ。
さあ、今がその時だ。大きく息を吸い、気合を入れて――
「穂坂洸兵、アクタシャール! 出撃っ!!」
叫ぶと同時、巨人騎士の背中から、ぶわ、とマントが広がる。
瞬間、炎が燃え上がるようにふくらんだかと思うと、そこには巻き上げられた土だけが残されていた。
「おおおあああああああああっ!!」
洸兵の気迫を乗せ、炎の渦となって疾駆する巨人騎士。
虫どもは頭が弱いのか、今頃になって迎え撃つ動きを見せている。だが、
「っは、遅い!」
踏み込んだ勢いのままに右から左へ一閃。一番近くにいた虫の、左の巨腕を斬り飛ばす。
「キィッ!! ギュアァァァ……!」
虫は奇妙な鳴き声を上げて右腕を振り回すが、上がった剣を戻すついでにさっくりそれを落とすと、そのまま剣を上段へと振り被り――
「ぉらあァ!!」
一刀両断。
ずるり、と真ん中から分かたれて、倒れてゆく半身が互いに引き合うかのように、粘液が糸を引く。
死体から噴出する体液が剣にかかって次々に蒸発し、焼け焦げたニオイがあたりに立ち込める。
残りの虫達は何故か向かってくる気配を見せない。
四本の腕を高く掲げ、顎を打ち鳴らしている。その姿は、まるで踊っているように見えた。
「はあ、はぁ――よしッ!」
「凄い……!」
「どう、少しは信じてくれた?」
――浮かれるでない。あ奴ら、まだ増えるぞ。
「何っ?」
見れば、怪しげな幻光が虫達の頭上に広がり、そこから新たな虫が姿を現したではないか。
黄色と黒の警戒色で覆われた腹部に、つり上がった複眼。
虫達に共通する特徴らしい両肩の巨腕は、先端に爪ではなく、ねじくれた鋭い針をつけている。
薄い羽根を震わせて浮かんでいる、その姿は、
「蜂――か……。」
姿を現した巨大蜂は、五体。
先からいるモノと合わせ、総勢七体の巨大昆虫に巨人騎士は取り囲まれた。
「いきなり楽勝、なんて甘かったか」
冷たい汗が洸兵の頬をつたう。
蜂の凶悪な針を見たことで、これは命懸けの戦いなのだということを、今更洸兵は思い出していた。
陸に二体、空に五体。飛び道具もない状態で、一対七とは分が悪すぎる。
おまけに彼らは死など躊躇しないだろう。死ねば後が無いこちらとは違うのだ。
「無限に増えるなんてことはないよな……うわっ!」
左前に居た蜂が突如突進、なんとか半歩引いて避けたはいいものの、それをきっかけにして周囲の虫達が一斉に動き出した。
蜂の針が連続で突き出され、巨人の装甲をかすめてゆく。
「――ッ!」
いびつに捻じ曲がった針がかすめるたびに、巨人がよろめく。
ただ鋭いだけの針なら避ければすむのだが、この針は違う。かすれば装甲の角や隙間に引っかかり、そのたびに姿勢が崩されるのだ。
前から、横から、後ろから。突き出され、またそれが戻されるたび、たたらを踏む巨人。
できた隙を狙って、最初の二体は爪を叩き込んでくる。
踊らされ、何度か直撃をもらい、巨人の装甲がじわじわと削られてゆく。
「っく! 速いぞこいつらっ!」
速度と数を生かした連携に洸兵は苦戦していた。
ゲームがいくら上手かったといっても所詮ゲーム、やはり実戦では敵わないのか。
(……そんなことはない! 何かできるはずだ、何かっ)
避け続け、防ぎ続けながら勝機をうかがい続ける洸兵に、チャンスが訪れた。
アクタシャールが左手に持つ盾は、剣を収めるために中央が二股に分かれている。
左脇を狙い刺し入れられた針が、その間に引っかかったのだ。
「こ、れ、だあああああ!」
間髪入れず腕をねじり引っ掛かりを固定して、間抜けな蜂を振り回す。
後ろから突っ込んできた蜂に上手く当たり、二体は仲良く地に落ちた。
できた隙間に踏み込み、剣を振るう。横合いの一体が上下に分断され、その場で燃え上がる。
「数が減ればっ」
振り返れば正面から二体、まとめて頭を撥ね飛ばす。
「――こっちのもんだろうが!」
地面に落ちてもがいていた残り二匹は踏み潰した。
生き残ったのは最初に出現した黒いヤツらだけだ。
――呼ばれる前に倒さなければ。
「わかってる!」
敵は再び腕を上げて仲間を呼び始めたが、何度も同じ事をさせる気はない。
「ラストおおおお!!」
盾を構え一気に突撃。二体を一箇所に押し集め、まとめて深々と刺し貫いた。
貫かれた場所から燃え上がり、崩れ落ちてゆく虫達。
その炎で巨人騎士は紅く染め上げられ、業火に焼かれる神像のごとく、その場に佇んでいた。
「――――うぅ……」
重量感のある音とともに、規則的な揺れが洸兵の体をゆさぶる。
「何してたんだっけ……?」
目を開けば、やけに大きく見える月が頭上にさしかかっていた。
こんなに大きいものだっただろうか? ぼんやりと考えながら眺めていると、
「お気付きになりましたか」
「へ?」
どこかで見覚えがある女の顔が、すぐ目の前で微笑んでいた。
後頭部に感じる柔らかな感触――これはもしかして、膝枕されている?
「あっごめ――うあッ!?」
「起きてはなりません……まあ、今は無理でしょうけれど」
慌てて飛び起きようとした途端、体中に筋肉痛に似た、しかしそれ以上の激痛が走った。
呻く洸兵の額に、彼女はそっと柔らかい手で触れる。
「あなたはアクタシャールと同調し過ぎたのです。体を巡るマナの勢いが強すぎて、あなた自身を傷つけてしまった……あなたは良く戦ってくれました」
「同調? 良く、戦った……?」
まだ頭がはっきりせず、言われている意味が飲み込めない。
「私とアクタシャールをお守りくださって、ありがとうございます。そして……申し訳ありません」
何故、このひとは謝っているのだろう。
「あなたをこんな――」
彼女は言い淀み、唇を噛み締めた。
「こんな地獄のような所に連れて来てしまった……巻き込んでしまった……」
嗚咽交じりの声。洸兵の頬に、彼女の涙が染みを作る。
「本当に、申し訳ありません……!」
洸兵の頭上で、彼女は泣き出してしまった。
そんな彼女の姿を見て、やっと洸兵は事の次第を思い出す――そうだ、戦ったんだ俺は。このひとに剣を向けられて、あの変なでかい虫に襲われて、ロボットに乗って。
それに、彼女は連れて来たと言った、ということはやはり――
「ここは、地球じゃないのか……」
「はい」
うつむき、しゃくりあげながら彼女は答える。
「ここは、あなたがおられた世界ではありません」
「マジか……」
嘆息し、空を見上げる。
そう言われればそうなのだろう。ゲームセンターから今までの事を考えれば、むしろここが地球だと言われても納得できない。
錯乱して叫ぼうにも疲れきった体がいうことを聞かず、洸兵は頭を切り替えることにした。
「洸兵」
小さく言った声が聞こえたのか、彼女がはっと顔を上げた。
「……名前ですよ、俺の名前。穂坂洸兵」
とりあえず名を名乗る。
彼女が何者かはわからないが、せめて名前を知らないと何も始まらない。
しかし、これまでの人生で女性付き合いがほとんどなかった洸兵は、恥ずかしさからそれができず、自分の名をぶっきらぼうに告げるだけに留まった。
「――!」
彼女は一瞬、息を飲み洸兵を見つめて、
「わたくしの名はユディーラ。ユディーラ・ダウルと申します」
答えた時には、目尻に涙を湛えたまま、満面の笑みを浮かべていた。
頭上にかかった月の光が、彼女の髪を美しく彩る。きらきらと輝くその姿に洸兵は目を奪われた。
「――やばい、これは惚れる……」
「何かおっしゃいまして?」
小声で呟いたその言葉は届かなかったらしく、彼女は不思議そうに小首をかしげる。
その姿がまた絵になりすぎていて、洸兵は慌てて目を逸らした。
洸兵と、ユディーラ。
広げた手のひらに二人を乗せて、白き巨人が荒野を歩む。
後に奇跡と呼ばれるこの出会いだが、今の二人にそれは知る由もなく。
天空に佇む月だけが、彼らの運命を見守るようにその道を照らし出していた。
やっと導入部終わりました。
1年ものアニメだと2話ほどかかってるイメージ。
最初が長いというお叱りは正座して聞きます。