序章 ~炎となりて~ その1
生命の気配が途絶えた廃棄都市の中で、砲声が幾重にも響き渡る。
夜闇を切り裂く、幾筋もの閃光。
廃墟の間隙を縫って動き回る、巨大な影。
その足は踏み出すたびに大地を砕き、その腕は身の丈ほどもある武器を軽々と振り回す。
横転した列車も、崩れたビルも、潰れた自動車も、そこに埋もれているだろう骸すらもかえりみることはない。彼らはただ敵を求めて戦場を駆け回り、飛び回る。
人の形を持たされた、人よりもはるかに大きな機械人形。
その胸の内に魂持つ兵士を乗せて、彼らは戦場を支配すべく、その巨体をぶつけ合う――!
コクピット内に甲高いアラームが鳴り響き、男はモニタの右下にあるレーダーを確認した。右後方四時から敵機接近、長槍を持った重装甲近接機だ。
ロックオン警報がもう一つ鳴ると同時に足元に弾着。左方十時から狙撃機がこちらを狙っている。
腕を包み込んだ肘掛けの先、突き出た操縦桿を外に開けば機体はジャンプする。そのまま足元のペダルを蹴りつけ、ブースター起動。機体の向きは変えないまま、左後方七時に向けてダッシュする。
操縦桿を左右逆に倒して旋回し、狙撃機の位置を確認して適当に数発。
そのまま近くのビル影へ逃げ込み狙撃機から隠れると、先程接近してきた近接機の背後に回り込んだ。
(まずはお前からっ)
射撃ロック完了、牽制射撃を撃ち込み体勢を崩させて、一気に接近する。
敵との距離が狭まり、右腕のライフルが近接攻撃モードに。銃身の周囲に光が固定され、幅広のビームソードへと変形した。同時に左腕のマシンガンをばら撒いて動きを押さえる。
「気付くのが遅い!」
相手はようやくこちらに向き直りその手に持った槍を薙ぎ払ってくるが、光剣で払い退け、そのまま壁際に追い詰めてコクピットを刺し貫く!
敵機撃破の文字がモニタの真ん中にでかでかと表示されるが、今は邪魔なだけだ。
(こんなの最後だけでいいってのに)
爆発四散する敵機から離れようとした瞬間、ミサイルが雨のように降り注いできた。
男は面倒臭そうに舌打ちし、自機を前方のビル陰に隠れさせた。同時に今まで居た場所が粉微塵に粉砕される。
レーダーにはミサイルしか映っていない。頭上から降り注ぐミサイル群を確認し、飛来方向を狙撃機が居た方向だと見定めると、そちらへ向かいブーストダッシュで移動開始。
倒れたビルの隙間を、ミサイルを避けながら高速で掻い潜る。
道路上に狙撃機の残骸を発見し、直前で急停止。レーダーを見れば右方三時に僅かな反応、これはどう見たって怪しい。
「うん、罠だよねそうだよね」
思ったとおりだった。後方にダッシュすると同時に横合いから銃撃音。
残骸が爆発し、爆風で少しダメージを受けた。モニタ左上に表示された緑色のゲージが減ってゆく。
そうだ、そうでなければ。男はにやりと笑い、レーダー上の光点とは逆、九時方向に旋回。背部ランチャーから榴弾を数発打ち込んだ。
榴弾が空中で爆発、迎撃されたのだ。レーダー反応の方向からは追加のミサイル。
旋回しつつジャンプし、ミサイル群へ向けマシンガンで弾幕を展開。即座に右後方へダッシュしつつ、旋回して榴弾が迎撃された辺りを視界に納める。
ビルの上に着地し、陰に隠れていた敵機を確認する。囮を兼ねた連装ミサイルランチャーを戦場に設置できる、かく乱タイプのステルス機だ。固定武装は小型ナイフとハンドガンのみ。
(うわー、こんなネタ機でよく生き残ったなコイツ)
悠長に考えていたら弾幕を掻い潜ったミサイルが迫ってきた。敵機も回避先を潰すべくハンドガンで牽制してくる。
背部ランチャーを展開、近くのビルへ榴弾を撃つとその爆風へと突っ込む。追いかけてきたミサイルは誘爆、消滅した。
爆風の中から敵機に向けて榴弾を撃ちつつ、右腕武装をライフルモードで放つ。
敵機の左腕に当たったビームは、ハンドガンを左腕ごともぎ取った。
爆風の中ダメージ覚悟で真正面から突撃してくる敵に対し、右腕のライフルを光剣に変形させて迎え撃つ。
敵機の放つ刺突を、右に回りこんで回避。そのまま斬ろうとするが攻撃をキャンセルした敵機はダッシュで逃れ、そこにミサイルが飛んできた。
こちらも行動をキャンセルし、地面に榴弾を放つ。爆風の中から再度突撃。ミサイルを数発喰らったが
(まだまだ余裕っ)
マシンガンで弾をばらまいて牽制。左右の逃げ場を塞ぐつもりだったが、敵機は後方のビル壁へと跳び、壁を蹴ってこちらに突っ込んできた。
しかし、それも想定内だ。右腕武装は既にライフルモード、一撃必殺のチャージバスターだ。
「読めてるって」
トリガーを引き絞る。右腕ライフルから放たれた長大なビームは、敵機を貫きその背後のビルを崩壊させた。敵ステルス機は空中で爆発、破片が周辺に飛び散る。
モニター表示が切り替わり、今まで自分の操作していた機体がガッツポーズを取っている。そこに被せてcongratulation!と表示されているのを横目に、男は席を立ち、後ろのドアを開けて外へと足を踏み出した。
「やりました、やってくれました! 優勝はバンカー選手ですおめでとうございまぁぁぁす! 今大会も危なげなく勝利を飾り、シェルガンナー全国大会、見事3連覇、達成ですっ!!」
出た途端に司会役の店員が五月蝿くがなり立てる声が耳を叩き、観客と大会参加者の拍手、歓声が巻き起こる。それを聞いてバンカー選手と呼ばれた男――穂坂洸兵はふふん、と鼻を鳴らした。
そう、ここは戦場ではなく、とある大型ゲームセンターの店内。
彼が今まで居た場所は、架空の人型兵器のコクピットを模したアーケード筐体の中。彼はそこでアーケードゲーム”鉄機戦線シェルガンナー”をプレイしていたのである。
歓声に答え僅かに手を振り返していると、店員がマイクを向けてきた。
「どうでしょう。今の心境を一言、お願いします」
「いや、まあその、嬉しいです。今回も勝てるとは思っていなかったので……運がよかっただけ、だと思います。ありがとうございますっ」
勢い良く頭を下げる洸兵。その姿にまた歓声が巻き起こる。
その後は表彰だ何だと慌しく進み、無事に大会は終了して店内は通常営業へと戻っていった。
「なんだよさっきのアレは。運が良かっただけとか吹き出しそうになっちまったぞ」
参加者達の囲みからなんとか脱出し、トイレに避難ついでに用を足していた洸兵の肩に、後ろからぽん、と手が置かれた。
洸兵は振り向いて相手を確認し、含み笑いを漏らす。
「あぁ泰志か。だってああ言っとかないと、また叩かれるだろ俺。前だって酷かったんだから」
「そりゃーまあそうだけどさあ。お前ぜんっぜんあんなこと思ってないだろー、あれだけ圧倒的に勝っておいて。だいたいお前、攻撃受けたのだってわざとなんだろ」
泰志、と洸兵に呼ばれた男――浜宮泰志は、苦笑交じりに返してくる。
同じ大学のサークルに所属しゲーム仲間でもある彼は、洸兵とは中学校からの付き合いがある、一番の親友――もしくは腐れ縁と言ってもいい存在だ。
「ああ、やっぱわかる? ノーダメでもいいけどさ、絵的に面白くないでしょ」
「お前さーそんなんだから叩かれんだよ。お前がロボゲーの天才なのはもうわかってるけど、やられる側からしたらかなりウゼェんだぞ?」
「相手さんにバレてたかな」
「ありゃきっとバレてるな、俺だって気付いたんだから。普通避けられるタイミングだろあのミサイル」
もう少し考えろよ、と浜宮は呆れ顔だ。
しかし、彼が言うのも仕方が無い。洸兵は一般的に魅せプレイ、舐めプレイと言われるものを、一般の対戦中どころか大会ですらしてしまう癖があった。
他に何の取り得もないが、ロボットアクション系ゲームにのみ天才的な才能を発揮し、どこに行っても敵無しな洸兵。
その戦い方は、少しでもドラマチックな戦いにしたいという彼の思いが表れた結果ではあったが――やられたプレイヤーにしてみれば、侮辱されすぎというものである。
「ま、仕方ないよ。言われるのはもう慣れた。っつーか文句言う前に俺に勝ってみろって話なんだけど」
「だーかーらー、それが駄目なんだってのっ」
「ッてぇなー」
洸兵の頭を一発はたき、戻って一戦やろうぜ、と声をかけて浜宮はトイレから出てゆく。
ぼっこぼこにしてやるよ、と笑って返しながら洸兵も後に続いた。
筐体にできた長蛇の列に並んで数十分、やっと順番が回ってきた。二人はいそいそと筐体に入り込む。
浜宮と二人、ヘッドセットを通じてくだらない会話をしながらゲームの設定をしている時だった。
――っく……このままでは……ぁあっ!
微かに、声が聞こえたような気がした。
「ん、泰志。何か言ったか?」
「何かってなんだ? さっきから喋ってるぞ俺」
「ああ。ならいいんだけど」
ヘッドセットから帰ってくるのんびりした声に、気のせいかと思い頭を振る洸兵。
だが、頭の内側から湧き上がってくるように、声は僅かずつだが確実に、明瞭に聞こえるようになってくる。
――嫌……! こんな所で……ッ。
それは、女の声だ。何かに襲われ、必死に生きようとしている女の声のように、洸兵には聞こえた。
――死ぬのは嫌、死ぬのは……うあぁぁっ!
「な、なんだこれ……なんだよこの声っ。あ……あぁあ……うあぁああッ!?」
「おいコーヘイ? どうしたんだよ、オイッ」
声がだんだんはっきりしてくると同時に、頭を内側からハンマーで叩かれるかのような激痛が洸兵を襲った。動悸も激しくなり、胸が苦しい。
頭を抱え、座席に蹲る洸兵。投げ捨ててしまったヘッドセットからは、今そっちに行くからな、と叫ぶ声が漏れ聞こえてくる。
――だ、脱出を……転移、早く……きゃあああああ!!
「ぅ……あっ……があ゛ぁあ゛ぁぁぁあぁッ!?」
脳裏に響いた女の悲痛な叫び声と同時に、激痛に耐えられなくなった洸兵は絶叫を上げる。そのまま暫く蹲っていたが、筐体のドアを激しく叩く音と、自分を呼ぶ声に我に帰った。
あれだけ聞こえていた声も、激しい頭痛も、何時の間にか嘘のように収まっていた。
「な、何だったんだ、今の……?」
聞こえてくるのは自分を気遣う親友の声と、事態に気付いて集まってきた店員の声。それにゲームセンターの喧騒だけだ。しかし、徐々にそれが遠く、聞こえなくなってゆく。
何に対してかわからない激しい焦燥感を覚え、洸兵はそこから動けないでいた。心臓の鼓動は先程よりはマシになったものの、それでも早鐘のように脈打ち続けている。
筐体の扉が開かれる音が微かに聞こえた。誰かに声をかけられているようだが、何を言われているか判別できない。
未だ収まらないどころか、益々激しくなってゆく危機感。不安を募らせながら後ろを振り向こうとしたその時、
「うわああああっ!?」
激しい轟音と、振動。開け放たれた扉の向こうから、粉塵が激しく吹き込んでくる。突然の事に動揺し、座席から転がり落ちる洸兵。その拍子に粉塵を思い切り吸い込んでしまい、激しく咳き込んだ。
粉塵は目にも入り込んだのだろう、刺すような痛みを覚え、思わず目をこする。
地震でも起きたのだろうか。自分が居る筐体は無事のようだが、外が気になる。先程までの楽しげな喧騒から一転、外から聞こえてくるのは悲鳴や苦悶の声と、瓦礫が崩れる音だけとなっていた。
「お、おい……泰志……?」
友は無事なのだろうか。さっきまで自分が居る筐体のすぐ外に居たようだったが……?
目を細め、口元を手で覆い、洸兵は恐る恐る筐体の外へと足を踏み出してゆく。土煙はまだ晴れず、視界が極端に悪い。
「痛った。くそ、何だってんだよっ」
数歩も進まないうちに躓いて、何かに頭をぶつけ、尻餅をついてしまった。
崩れ落ちた天井の破片にでもぶち当たったのだろうか。頭を抑えながらも、土煙の向こうを確認しようと目を凝らしたその途端――
風が、吹いた。
「……な……ぁ……!?」
粉塵立ち込める淀んだ土臭い空気から一転、清涼な空気が洸兵の周囲に流れ込んでくる。
ゆっくりと視界が晴れてゆき、今しがた彼が頭をぶつけたモノが――巨大な何かが、徐々にその姿を現してゆく。
「何だ。何だよ、コレ……ッ」
一言で言うなら”顔”だ。
洸兵がぶつかったのは、こちらを向いた巨大な”顔”だった。
鎧を着た巨人のような姿をしたそれは、洸兵の居るフロアに上半身を突き出す格好で、力なく倒れている。下半身は瓦礫と土煙に隠されていて、どうなっているか確認できない。
西洋の甲冑のような雰囲気を漂わせるその巨躯は、崩れ落ちた天井から差し込む陽光に照らされ、どこか神々しい雰囲気を漂わせている。
艶のあるクリーム色をした装甲の表面には細かな紋様が刻まれ、額にあたるであろう部分には蒼い宝玉が二つ、縦に並んではめ込まれていた。
「す、すげぇ……」
我を忘れ、目の前の異物を唖然として見つめる洸兵。
その顔には、明らかに眼であろうとわかる意匠の穴が開いていた。全ての光を吸い込むかのような虚ろで、幽暗な穴。
見ているうちに得体の知れない畏怖と歓喜が、心の内から湧き上がってきた。心地よい力が宝玉から放射され、自分の体に取り込まれてゆく感覚を感じる。
そうして何時の間にか洸兵は立ち上がり、呆けたまま無意識にそれへと近付いてゆく。その顔面、眼窩のある鋭いフェイス部分に手を伸ばして――
手が触れた瞬間、その虚ろな眼窩の奥から瞳が現れ、洸兵と目が合った。
その途端に意識を取り戻した洸兵は、蛇に睨まれた蛙のように、その場に凍りついた。
本能が激しく警鐘を鳴らす。何かマズい事が起きる、よくわからないがとてつもなくマズい事が……!
逃げようとするが体が動かず、手は顔面に張り付いたように離れない。それどころか頭の向きすら変えられなかった。まばたきもできず、巨大な瞳とは目が合ったままだ。
体中から嫌な汗が吹き出してくるが、洸兵は立ちすくんだまま、声一つ上げることもできなかった。
そして、また地響きが起こる。
洸兵の周囲で陽光とは違う穏やかな色とりどりの光が渦を巻き、彼と、巨大な鎧を覆い隠してゆく。
その光の美しさは、どこか優しさと癒しを感じるものだった。柔らかな光に包まれて、洸兵は安らかに、眠るように意識を失っていった……。
シェルガンナーは戦場の絆にオラタンとアーマードコア少し足したようなゲームだと思って下さい。
現実にこんなゲームが登場するのはいつのことでしょうか(´・ω・`)