三人の雌豚
セバスチャンには前世の記憶がある。
ここではない世界。
ここよりも遥かに進んだ文明。
毎日が同じ事の繰り返しで徐々にすり減っていく心を無視して仕事漬けな生活。
自分を心配した家族――特に妹――から、たまには気晴らしに、と休みの日にいくつか趣味になりそうなものを紹介されたが、結局どれも長続きはしなかった。余暇を楽しむという余裕がなかったというのもある。
なので少しだけできた暇を潰すという点で妹が読んでいた漫画や小説を借りて読むくらいが精々であった。
そしてそんな作品の中の一つが、やけにここと似通っているのだ。
全く同じというわけではない。
けれども似ているけど気のせいかな? で済ませるのも難しい。
(なるほどこれがラノベでよくある異世界転生というやつか)
その事実に気付いた時、セバスチャンは妙な感慨深さを実感したものだ。
そんなセバスチャンの脳内では、現在三匹の子豚という童話の内容が思い出されていた。
童話や昔話は時代が進むにつれて、こんな残酷な内容をこどもに見せるのは良くない、という大人たちの思惑で時には話の内容を思い切り捻じ曲げる事もある。
わかりやすい具体例としてはかちかち山や桃太郎だろうか。
かちかち山では本来おばあさんが狸に殺されるし、その復讐に狸も酷い目にあって最後は命を落とす。
だが改変された内容ではおばあさんはギリギリで死ななかったり――ただし怪我はする――狸もなんだかんだギリ生きていたりする。おじいさんが狸汁と称したばばあ汁を食わされる展開もおばあさん生存ルートではマイルド仕様である。
桃太郎に至っては、退治されるはずの鬼が最後に改心し、皆で仲良くめでたしめでたしである。
下手をすると悪事の内容がどれだけ酷くても最後に改心して謝れば許される、とおかしな方向に間違った考えが植え付けられるのではないだろうかと懸念する声もあったような気がするが、まぁそこら辺は今のセバスチャンにとってはどうでもいい。
そんな事より今は三匹の子豚である。
正直セバスチャンは三匹の子豚の内容をふわっとしか憶えていない。
子豚の兄弟がそれぞれ家を建てるのは憶えている。
コストカットも大概な藁の家。それよりはマシな木の家。
しかしそれを作った子豚はオオカミに殺され、レンガで家を作った子豚だけが生存する。
なんかそんな話だったはず。
兄豚はオオカミに食われたと記憶しているが、もしかしてレンガの家の弟のところに避難していたような気もしている。どっちだったかマジで憶えていない。
それくらいふわっとしか憶えていなかった。
まぁ、上の兄二匹がオオカミに食われていたとしても、なんやかんやして最後に救出されてたりしていてもおかしくはない。赤ずきんちゃんだっておばあさんがオオカミに丸呑みにされても腹を裂いて救出されているのだ。
現実ではどう足掻いてもアウトであっても、童話ならセーフ。
ともあれ何故セバスチャンが三匹の子豚なんてものを今更のように思い出しているかというと。
セバスチャンが今世で働いている場所は、侯爵家だ。
実家が少々難ありで、跡取りにもなれないセバスチャンはさっさと実家に見切りをつけて働き先を見つけた。それがこの侯爵家である。
セバスチャンが仕えているお貴族様には、三人の娘がいた。
三匹の子豚と数は同じ。
そのせいだろうか、セバスチャンの脳内では三匹の子豚ならぬ三人の雌豚、というタイトルが浮かんでいるのである。
その考えがちょっとでも外に漏れだした時点で不敬としてぶち殺されても文句は言えない。
そんな三匹の雌豚――いや、三人の雌豚――いや、三人のお嬢様にはそれぞれ婚約者がいた。
いた、である。過去形だ。
三匹の子豚に倣うなら、最後の一人の婚約者はまだ残っていてもよさそうなものだが、いずれも婚約破棄、あるいは解消されてしまった。
お嬢様に非はあったか、と問われるとセバスチャンからは何も言えない。
相手がどうしようもないだけと言い切ってしまえばそれまでにも思える。
セバスチャンのなんかこの世界あの話に似てるな、と思える原作と同じであるのなら、お嬢様たちの婚約が駄目になってしまったのはある種の必然であったのかもしれない。
けれど、だから原作の通りになるか……と問われるとそうもならないと思うのだ。
セバスチャンがお仕えしているのはハングリッド侯爵家。地位も名誉も財産もたんまりあるので没落とは縁遠い、セバスチャンからすればなんとも羨ましい限りな家だ。まぁその分責任とか大変なものは色々あるのも重々承知である。
お嬢様の婚約がなくなってしまった、となってもいかんせんお嬢様たちの父親が娘を甘やかしていたりするので、これといったダメージは受けていないように見える。
そうはいっても、一人二人が駄目になったならいざ知らず、三人全員ともなれば家全体がちょっとどうかという目を向けられそうではあるけれど、だがそれくらいでダメになる程この侯爵家は脆くはなかった。
本来の貴族ならば、娘など家のための駒、くらいに扱われていたりするはずなのに、ハングリッド侯爵は娘たちをいっそ溺愛といっていいくらいに愛情を注ぎ込んでいた。
愛されて同じように育てられはしたものの、三人のお嬢様の性格はバラバラである。
成程これが個性……! とセバスチャンはおかしな方向に感心したのを憶えている。
結婚なんてしなくたっていい。ずっと家にいたっていいんだ。
そんな風に父が甘やかしているせいで、本来なら婚約がなくなった令嬢なんて瑕疵がついて後がないとか言われそうなのに全然そんな事がない。
勿論口さがない連中はそういった噂をするかもしれないが、侯爵家的にノーダメージ。
父親がそんな感じだから、お嬢様たちはそれを見越していたのかもしれないな、とも思う。
何故って婚約がなくなったというのに全然将来の事を心配している様子がないのだ。
それどころか以前よりイキイキしているようにも見える。
それは周囲に心配をかけまいとして空元気で、あえて明るく振る舞っているだとかそういう風にも見えない。
なんというか無理に明るく振る舞っているというよりも、本当に本心からのようにしか見えないのだ。
この家が貴族として普通だとは思わないが、それでもそこまで異端視されていないのならやはりこの世界はセバスチャンが知る前世とは異なる世界で、やっぱり自分が知っている原作のあの世界なのかもしれない。
仕事をしながらも、セバスチャンは脳内で今までの顛末を思い返す事にした。
手記などには残さない。
何故なら、もしうっかりそれが旦那様や奥様、はたまたお嬢様たちの目に触れるような事になれば。
あまりの不敬っぷりにセバスチャンの命が露と消えるかもしれないのだ。
セバスチャンはまだ若いので早々に死ぬつもりはない。前世の自分が死んだ年齢よりもまだまだ若いので、生き急ぐつもりも死に急ぐつもりもない。
大往生とまではいかなくても、そこそこの年齢までは生きていきたい所存である。
ちなみに三人のお嬢様それぞれの顛末に関しては、何故か方々から情報が集まってしまったり、セバスチャン本人がその場に居合わせたりしたせいで、びっくりするくらい詳しく把握できてしまっている。
家政婦だってこんな詳細に見ないでしょうに……と内心で思いながらも、ともあれセバスチャンはまず長女であるお嬢様の顛末から思い返す事にした。




